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「IKKβは筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因タンパク質TDP-43 の凝集を選択的に抑制する」-No.288




IKKβは筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因タンパク質TDP-43

の凝集を選択的に抑制する




ポイント


1.IKKβ*1 は TDP-43*2 のアミノ末端*3 側をリン酸化*4 することを発見


2.IKKβによる TDP-43 リン酸化が TDP-43 の分解を促進することを解明


3.IKKβは細胞質の TDP-43 発現を特異的に抑制し凝集体の毒性を軽減させる効果がある

 ことを解明



細胞内で TDP-43 は核と細胞質を行き来している。ALS では、TDP-43 は細胞質に凝集体を形成して蓄積する。凝集した TDP-43 はカルボキシ末端*5 が過剰にリン酸化されている。IKKβは細胞質に局在し、細胞質内の TDP-43 のアミノ末端をリン酸化し、TDP-43 分解を誘導する。その結果として細胞質でのTDP-43 凝集を抑え凝集体毒性が軽減する。




要旨


 IKKβは筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因タンパク質TDP-43 の凝集を選択的に抑制する。

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学の勝野雅央教授、井口洋平 講師(筆頭著者)らの研究グループは、リン酸化酵素である IκB kinasebeta (アイ・カッパ・ビー・キナーゼ(IKKβ))は筋萎縮性側索硬化症(ALS)における神経変性の原因タンパク質である TDP-43 凝集を選択的に抑制することを解明しました。

 

 ALS は運動ニューロンが選択的に細胞死を来すことで筋肉が萎縮する進行性の神経変性疾患です。最終的には呼吸や嚥下をつかさどる筋肉を含む全身の筋肉が動かせなくなります。ALS の9割以上を占める孤発性 ALS の発症原因は未だ不明で、進行を十分に抑制できる治療法は存在しません。ALS 病態では、TDP-43 が運動ニューロンの核から脱出して細胞質に凝集体として過剰に蓄積することがわかっていて、TDP-43 の細胞質での凝集が運動ニューロン死の主要な原因と考えられています。


本研究グループは、タンパク質をリン酸化するキナーゼといわれるタンパク質の1つである IKKβが核内で機能する正常な TDP-43 には影響を与えず、細胞質で凝集した病的な TDP-43 を分解に導くことを解明しました。ALS では TDP-43 はカルボキシ末端のセリンが過剰にリン酸化されていることが知られていましたが、IKKβはTDP-43 のカルボキシ末端以外の、特に 92 番目のセリン (Ser92) をリン酸化することでTDP-43 自身の分解を促進することを解明しました。IKKβは同じくリン酸化酵素である IKKα、足場タンパク質*6 である NEMO と複合体を形成し、免疫反応や炎症など様々な細胞活動に関わる NF-kB の活性を制御する酵素ですが、ALS における役割は研究されていませんでした。

本研究では TDP-43 Ser92 に対するリン酸化特異抗体も作製しました。この抗体を用いて ALS 患者さんの脊髄の免疫染色*7 を行うと、運動ニューロン内の凝集体の一部が染色されることがわかりました。ALS 病態においても、TDP-43 を積極的に分解する機構が一部では働いているものの、その機能が不十分なために病態が進行してしまう可能性が示唆されました。最後に本研究グループは IKKβが TDP-43 凝集を減少させるだけでなく、凝集体による神経細胞のダメージも軽減することを、マウスの海馬神経細胞を利用した実験で証明しました。


 本研究により、IKKβが細胞質の TDP-43 を選択的に分解することが明らかとなりました。この成果は、ALS の進行を抑制するための病態抑止療法につながると期待されます。




背景


 ALS 患者の多くは中高年以降に特別な誘因や前兆もなく発症します。病初期は限られた領域の筋力低下に留まりますが、徐々に全身の筋力が低下し、平均3〜5年で呼吸筋麻痺のために自力での呼吸ができなくなります。現在 ALS 治療薬として保険収載され使用可能なリルゾールとエダラボンの2剤は進行を遅らせる効果はありますが病態抑止効果は十分とは言えません。ALS 患者の9割以上は血縁者に同様の患者がいない孤発性であり、発症原因が特定されていません。しかし亡くなった ALS 患者さんの脳や脊髄の病理学的・生化学的解析から、ALS の運動ニューロンでは本来核に存在する TDP-43 というタンパク質が核から脱出し細胞質に凝集体を形成することがわかってきました(図1)。



図1 A. 脊髄運動ニューロンの免疫染色。TDP-43 は通常主に核に多く局在するものの、

    ALS 病態では細胞質で凝集体を形成し蓄積する。

  B. ALS 病態では核における TDP-43 の「機能喪失」と細胞質におけるTDP-43 の凝

    集体毒性が運動ニューロン変性の主要病態と考えられている。



 ALS 病態では、TDP-43 の核内における「機能喪失」と「細胞質における凝集体毒性」が運動ニューロン死の主要因と考えられています。ALS における TDP-43 異常を正常化できれば良いわけですが TDP-43 がこのような異常を来す原因が特定できていないため、現状では「TDP-43 の機能を補う」ことと、「凝集体を減らす」ことが現実的な治療戦略となります。「凝集体を減らす」為には遺伝子治療技術を用いて TDP-43 タンパク質全体の発現を低下させることは可能ですが TDP-43 の「機能喪失」を増悪させる危険性があります。

ALS 運動ニューロン内で凝集した TDP-43 はカルボキシ末端(C 末端)のセリンが過剰にリン酸化されていて、C 末端のリン酸化抗体は病理診断マーカーとして汎用されています。しかし、そのリン酸化自体が直接的に TDP-43 の代謝には影響を与えていないと考えられています。TDP-43にはリン酸化される可能性のあるアミノ酸が多く存在しますが C 末端以外のリン酸化に関しては十分に検討されていませんでした。




研究成果


 本研究では、まず Neuro2a 細胞*8 を用いた実験で、IKKβの過剰発現は野生型 TDP-43 には影響を及ぼさないものの、変異を加えた細胞質凝集体 TDP-43 を減少させることを解明しました(図 2)。



図2 A. 野生型と核以降シグナル(NLS)と RNA 結合モチーフ(RRM)に変異を加えた

    TDP-43。

  B. Neuro2a 細胞に TDP-43 と IKKβを同時に発現させた。IKKβは細胞質局在であ

   り野生型 TDP-43 とは共存しないが、凝集型 TDP-43 とはよく共存する。スケー

   ルバーは 10μm。C. Neuro2a 細胞から抽出したタンパク質を用いたウェスタンブ

   ロット解析*12。TDP-43 と同時に IKK 複合体サブユニットIKKα、IKKβ、NEMO

   をそれぞれ共発現させた。IKKβは野生型の TDP-43 には影響を与えないが、凝集

   型 TDP-43 の発現を低下させた(赤矢印)。



 さらに、プロテオミクス*9 と in vitro キナーゼアッセイ*10 により、IKKβは TDP-43のアミノ末端側の複数のアミノ酸、特に 92 番目のセリン(Ser92)を直接リン酸化することでTDP-43 自体のプロテアソーム分解*11 を促進することが明らかにしました(図 3)。



図 3 A. プロテオミクスで 8 番目のスレオニン(Thr8)、92 番目のセリン(Ser92)、

    180/183 番目のセリン(Ser180/183)が IKKβ特異的なリン酸化部位として

    同定。

   B. in vitro キナーゼアッセイによって IKKβが直接 TDP-43 Ser92 をリン酸化する

    ことを確認。

   C. それぞれのリン酸化部位に対する擬似リン酸化変異体*13 を作製し Neuro2a 細胞

    に発現させウェスタンブロット解析を行った。Ser92 の擬似リン酸化(S92D)

    で TDP-43 の発現が顕著に低下。

   D. TDP-43 S92D を発現させた Neuro2a 細胞にプロテアソーム阻害剤(MG132)を

    付加すると TDP-43 の発現が回復した。オートファジー*14 阻害剤(Bafilomycin)

    の付加では変化しない。



 注目すべきことに、IKKβは主に細胞質に局在するため、核において正常に機能する TDP-43 を低下させることなく、細胞質で増加した TDP-43 の分解を促進することで、結果として TDP-43 の凝集を抑える効果があることがわかりました。

 本研究では新たに Ser92 がリン酸化した TDP-43 に対する抗体を作製しました。ALS の病理診断マーカーとして使用されている TDP-43 C 末端のリン酸化抗体とともに、ALS 患者脊髄の免疫染色を行うと、運動ニューロンのすべての凝集体で C 末端のリン酸化を認めましたが、一部の凝集体では Ser92 のリン酸化も検出されました(図 4)。



図 4 ALS 脊髄に対し TDP-43 Ser92 に対するリン酸化抗体(pSer92)と病理診断マーカ

  ーとして汎用される TDP-43 C 末端に対するリン酸化抗体(pSer409/410)を用いて

  蛍光免疫染色を行った(緑:pSer92; 紫:pSer409/410)。運動ニューロンの凝集体は全

  て pSer409/410 が陽性である一方、一部の凝集体は pSer92 に対しても陽性であっ

  た(矢頭)。*はリポフスチンによる自家蛍光で凝集体ではない。スケールバーは

  10μm。



 ALS 病態では細胞質の TDP-43 を積極的に分解する機構が働いているものの、その機能が不十分なために病態が進行している可能性が示唆されました。

さらに、マウスの海馬ニューロンで TDP-43 凝集体と IKKβを同時に発現させる実験を行い、IKKβが TDP-43 の凝集体毒性を緩和する効果があることが示されました(図 5)。



図 5 A.マウス海馬ニューロンに凝集型 TDP-43-GFP と IKKβ-Flag を同時に発現させ

    て IKKβの凝集体毒性に対する効果を検証した(緑:GFP; 紫:Flag)。WT は野生型、

    SA は不活性型。

   B, C. 細胞死マーカーである Cleaved caspase 3 陽性ニューロンが IKKβの発現によ

     り有意に減少した。スケールバーは 100μm。




今後の展開


 本研究により IKKβには細胞質の TDP-43 の分解を促進し、TDP-43 凝集体毒性を軽減させる効果があることがわかりました。


 今後は ALS 病態を反映したモデルマウスに対し IKKβの長期的な治療効果を検証する予定です。




用語説明


*1) IKKβ:

セリンスレオニンタンパク質キナーゼ。IκB タンパク質をリン酸化し NFκB 経路を活性化させる酵素。本研究では TDP-43 が IKKβの新たな基質として同定。


*2) TDP-43:

RNA 結合タンパク質。通常は主に核に局在し RNA 代謝に関わっている。


*3) アミノ末端:

タンパク質の断端の一側。


*4) リン酸化:

タンパク質の翻訳後修飾の一つで様々な細胞機能を制御している。


*5) カルボキシ末端:

タンパク質の断端の一側。


*6) 足場タンパク質:

複数のタンパク質に同時に結合する事により、それらのタンパク質の細胞内局在や、シグナル伝達の効率を変化させるタンパク質。


*7) 免疫染色:

抗体を用いて組織内の抗原を検出し顕微鏡で観察する。


*8) Neuro2a 細胞:

マウス由来神経芽細胞腫株。


*9) プロテオミクス:

生物の細胞や組織などに含まれるすべてのタンパク質の種類や量、構造、相互作用、機能などを総合的に解析する技術。


*10) in vitro キナーゼアッセイ:

精製したタンパク質リン酸化酵素を用いてリン酸化酵素活性能の解析やタンパク質のリン酸化部位の同定を行う手法。


*11) プロテアソーム分解:

細胞内でタンパク質を分解する主要な機構。ユビキチン化されたタンパク質を選択的に分解する。


*12) ウェスタンブロット解析:

電気泳動と抗原抗体反応の特異性を組み合せて、タンパク質混合物から特定のタンパク質を検出する手法。


*13) 擬似リン酸化変異体:

セリンやスレオニンをアスパラギン酸に置換した変異体。リン酸化状態を擬似的に再現できる。


*14) オートファジー:

細胞が自らの一部を分解する作用(自食作用)のこと。プロテアソーム分解とともに細胞の主要なタンパク質分解機構。

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