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「「出血指向型CADASIL」-新たな疾患概念」-No.334




新たな疾患概念「出血指向型CADASIL」を確立




 国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)の脳神経内科、石山浩之医師、齊藤聡医師、猪原匡史部長、京都府立医科大学脳神経内科の水野敏樹特任教授、慶應義塾大学神経内科の中原仁教授、韓国のアサン病院脳神経内科、キム・ヒュンジン医師らの国際共同研究グループは、若年者に脳梗塞や側頭葉に特徴的な白質病変など脳虚血病変を引き起こす遺伝性疾患CADASIL(カダシル、皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体顕性脳動脈症)の原因遺伝子、 NOTCH3の日本や韓国を含む東アジアで最も多い変異の一つであるp.R75P変異例で、脳出血病変が目立つ一方、側頭葉病変が乏しいといった、通常のCADASILとは一線を画した所見を示すことを発見し、新規疾患概念「出血指向型CADASIL」を確立しました。




背景


 CADASILは、 NOTCH3遺伝子変異が原因となり、常染色体顕性遺伝形式 注1)で発症し、若年者における脳梗塞や認知症をきたす遺伝性疾患です (厚生労働省指定難病124)。CADASILでは、遺伝子変異によりアミノ酸が置き換わることで変異したNOTCH3タンパク質 注2)が主に径の小さな血管(小血管)の壁に蓄積し、血管の伸縮性が失われることで、ラクナ梗塞や側頭葉を中心とした白質病変などの虚血性病変が引き起こされます( 図1)。



 一方、ときに脳出血やその前駆病変である脳微小出血など出血性病変が目立つCADASIL症例が存在し、特に日本や韓国など東アジアでは欧米と比較してその頻度が高いことが知られ、何らかの遺伝的背景の違いが考えられていました。約300種類確認されている NOTCH3遺伝子変異のうち、東アジアで最も頻度の高い変異の一つであるp.R75P変異 注3)は、欧米において報告がありませんでした。そこで我々は、「 NOTCH3遺伝子p.R75P変異はCADASILにおける脳出血病変と関連する」という仮説を立て、本研究で検証しました。

 

注1) ある一つの遺伝子は、両親からそれぞれ受け継いだ2つの組み合わせから成り立っています。変化を持つ遺伝子を1つでも受け継いだ場合に病気を発症する遺伝の仕方を顕性遺伝と呼びます。両親のどちらか一方が変化のある遺伝子を持っていた場合、50%の確率で罹患者が出生する可能性があります。


注2) NOTCH3は19番染色体上の NOTCH3遺伝子がコードするタンパク質で、おもに血管平滑筋を構成する細胞に発現し、血管壁の機能を保つ役割を持ちます。


注3) NOTCH3タンパク質の75番目のアミノ酸のアルギニン(R)がプロリン(P)に置き換わる変異をR75P変異と表現します。




研究手法


 国立循環器病研究センターを受診したCADASIL患者を対象とし、 NOTCH3遺伝子p.R75P変異例とそれ以外の変異を有する群に分け、p.R75P変異と症候性脳出血、多発する脳微小出血(脳微小出血6個以上)、側頭葉(側頭極)の白質病変との関連を調査しました。また、韓国アサン病院のCADASILコホートにおいて結果が再現されるか検証しました。

加えて、AlphaFold2(アルファフォールド2)という、Google社が開発したタンパク質の構造を高精度に予測するソフトウェアを用い、典型的なCADASILの所見(側頭極の白質病変が必ず存在)を示す変異とp.R75P変異により引き起こされるNOTCH3タンパク質の構造変化の違いを比較しました。

さらに、皮膚病理検体を用いて、血管壁に蓄積した変異NOTCH3を検出する免疫染色を行い、染色の程度を4段階のグレードで分類し、p.R75P変異と他の変異での違いを検証しました。




成果


 国立循環器病研究センターのCADASIL患者(63例)において、p.R75P変異例(15例 [24%])は、年齢・性別・高血圧症の有無・抗血栓薬内服の有無で補正後も、有意に症候性脳出血、多発脳微小出血、側頭極病変がないこと、と関連しました。この結果は、韓国アサン大学のコホート(全体55例、p.R75P変異13例 [24%])でも再現されました。( 図2)




 また、構造解析において、典型的な NOTCH3変異例では、NOTCH3タンパク質内のアルギニン[R]から置き換わったシステイン[C]が外側に露出した構造を示しました( 図3、矢印)。システインはお互いに結合して凝集することから、典型的なCADASILでは凝集体を形成しやすいと考えられました。一方、p.R75P変異では、システインの露出はありませんが、置き換わったプロリンが隣のシステインに影響を与えることで、典型的なCADASILより弱い凝集性を示すと考えられました( 図3、赤*)




 病理学的評価において、p.R75P変異では、典型的変異例と比較して、変異NOTCH3の血管壁への蓄積は軽度(染色グレード中央値:0 vs. 2, P <0.001)でした(図4)。

この結果は、構造解析から予測されたp.R75P変異による凝集の弱さと一致していました。




本研究から得られた知見


 本研究において、 NOTCH3遺伝子の東アジアに特異的なp.R75P変異を有するCADASILでは、「脳の出血性病変が目立つ一方で側頭極病変が乏しい」といった、従来認識されてきたCADASILとは一線を画した臨床的特徴を示すことが示されました。また、これらの臨床的特徴の違いが、遺伝子変異によるNOTCH3タンパク質の構造的な違いと、その結果として変異NOTCH3の血管壁への蓄積性の違いに起因する可能性を見出しました。本知見に基づいて、我々はCADASILの亜型として、「出血指向型CADASIL, Pro-hemorrhagic CADASIL」を提唱しました( 図5)。出血指向型CADASILは、CADASILとして認知することが難しく、若年性脳出血例に相当数が潜因している可能性があります。また、出血指向型CADASILの原因となる NOTCH3遺伝子変異はp.R75P変異以外に複数存在することが想定されており、その全貌を明らかにすることで、変異に応じた抗血栓療法の選択など、今後の個別化医療に繋がる可能性があります。



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