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「「左脳の脳卒中」と「右脳の脳卒中」では歩行速度低下の要因が異なる」-No.336




左脳の脳卒中と右脳の脳卒中では歩行速度低下の要因が異なる

-個別化されたより効果的な歩行リハビリテーションの開発に期待-




発表のポイント


1.脳卒中(注 1)後の歩行中に脚の関節で発生する力やタイミングが歩行速度に与える影響

 を、3 次元動作解析装置(注 2)を用いて明らかにしました。


2.左脳の脳卒中と右脳の脳卒中では歩行速度と関連する要因が異なっていました。


3.左脳の脳卒中と健常者では歩行速度と関連する要因が類似していました。


4.歩行リハビリテーションの個別化や装具、ロボット開発の促進が期待されます。




概要


 脳卒中の患者の歩行速度は、日常生活の自立度と関連があり、リハビリテーションにとって重要な指標です。左脳の脳卒中と右脳の脳卒中では生じる機能障害が異なることが知られていますが、どちらにも共通で起こる歩行速度低下の要因の違いは明らかにされておらず、同一の要因と考えられていました。


 東北大学病院診療技術部リハビリテーション部門 関口雄介主任理学療法士、同大学大学院医学系研究科 海老原覚教授、出江紳一名誉教授、本田啓太非常勤講師、同大学大学院工学研究科 大脇大准教授らの研究グループは、3 次元動作解析装置を用いて脳卒中症例と健常者の大規模な歩行解析を行い、下肢の関節で発生する力や関節間で協調して生じる力のタイミングを網羅的に解析しました。

その結果、左脳の脳卒中と右脳の脳卒中では、歩行速度低下の要因として、歩行時の左右の下肢の役割が異なることを明らかにしました。

本研究成果は、脳卒中後の歩行速度低下の障害理解を深めるとともに、脳卒中後の歩行リハビリテーションの個別化や装具、ロボット開発への寄与が期待されます。




研究の背景


 脳卒中は脳組織に損傷を与える疾患で、主に身体の片側に運動麻痺を引き起こします。本邦において介護が必要となった原因の第 2 位となるなど、脳卒中により自立した生活が困難になることが多くなります。脳卒中を発症すると約 8 割近くが歩行障害を生じるとの報告もあり、特に歩行速度が低下するとされています。現状では、ロボットや、電気療法(注 3)と併用した歩行トレーニングといった様々なトレーニングが提唱されていますが、脳卒中症例の歩行速度は十分な改善が出来ていません。そのため、脳卒中による歩行速度低下の詳細なメカニズムの解明が望まれていました。


 脳卒中の症状は、右脳と左脳のどちらに損傷を受けたかによって異なります。右脳はバランス、左脳は微細な運動の調整に関わります。従って、右脳と左脳、それぞれの脳卒中による歩行速度低下のメカニズムは異なることが予想されますが、その違いは明らかにされてきませんでした。




今回の取り組み


 東北大学病院診療技術部リハビリテーション部 関口雄介主任理学療法士、同大学医学系研究科 海老原覚教授、出江紳一名誉教授、同大学工学研究科 大脇大准教授、熊本保健科学大学 本田啓太講師らの研究グループは、今回、3 次元動作解析装置を用い脳卒中症例と健常者の大規模な歩行解析を行いました。下肢の関節で発生する力や下肢の 3 つの関節(足、膝、股関節)の間で協調して発揮される力のタイミングを網羅的に解析し、左脳と右脳の脳卒中による歩行速度低下の要因の違いを明らかにしました。


 解析の結果、特に着目するポイントとして、左脳の脳卒中症例と健康者との間で歩行速度と関係する要因が類似していることが分かりました。具体的には、歩行中に右脚で蹴り出す時期に右脚の関節間で協調して発揮する力のタイミングと左足の指先を上げる力が歩行速度と関係していました。左足の指先を上げる力は足の裏が床に着くことを調整し、歩行速度を制動します。左脳の脳卒中症例も健常者も右脚が歩行の推進の役割を果たし、左脚は歩行を制動し安定させる役割を担っていました(図 1)。

一方で右脳の脳卒中症例では、協調して発揮する力のタイミングと歩行速度とは関係がなく、左脚で蹴り出す時期に右足の指先を上げる力と左足で蹴る力と歩行速度が関係していました。つまり、右脳の脳卒中症例は左脚が推進、右脚が制動の役割を担っていることが分かりました。麻痺がある左脚については膝を曲げる力が大きく働いており、安定性が低下しています。この影響もあり、左脳と右脳の脳卒中症例は左右の下肢の役割が異なっていた可能性があります。


図 1. 歩行速度に関係する要因


左脳の脳卒中症例と健常者は歩行中に右脚で蹴り出す時期に右脚の関節間で協調して発揮する力のタイミングと左足の指先を上げる力が歩行速度と関係していました。左足の指先を上げる力は足の裏が床に着くことを調整し、歩行速度を制動します。左脳の脳卒中症例も健常者も右脚が歩行の推進の役割を果たし、左脚は歩行を制動し安定させる役割を担っていました。一方で右脳の脳卒中症例では、協調して発揮する力のタイミングと歩行速度とは関係がなく、左脚で蹴り出す時期に右足の指先を上げる力と左足で蹴る力と歩行速度が関係していました。

β : 標準偏回帰係数, **: p < 0.01, *: p < 0.05




今後の展開


 今回、得られた知見から、左脳と右脳の脳卒中症例では異なる歩行速度低下のメカニズムを持つことが明らかになりました。これらの違いを考慮に入れた個別化された運動プログラムやロボット型装具、短下肢装具の開発等が進むことが考えられ、患者に合わせた最も効果的な歩行リハビリテーションを提供出来るようになることが期待されます。




用語説明


注1. 脳卒中:

脳に向かって血液が流れている動脈が破裂、詰まるなどし、血液の流れを途絶することにより脳の組織の一部が壊死し、突然症状が現れる疾患。


注2. 3 次元動作解析装置:

人や動物、物体の動きを計測するための高度な技術。具体的には、各関節点に反射マーカーと呼ばれる目印を取り付け、特殊なカメラで撮影を行う。


注3. 電気療法:

疼痛や麻痺などの症状を改善するために、経皮や神経を電気で刺激する治療方法。

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