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「「脂質メディエーターPAF」-神経障害性疼痛の発症・維持に関わる」-No.331




神経系組織マクロファージが産生する脂質メディエーターPAFが

神経障害性疼痛の発症・維持に関わる




研究成果のポイント


 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター(略称:NCGM)脂質生命科学研究部 山本将大 学振特別研究員 PD(研究当時、現在は九州大学生体防御医学研究所 助教)、進藤英雄 テニュアトラック部長らは、以下のようにマウスモデルを用いて、難治性疼痛のひとつである神経障害性疼痛にマクロファージ*1 やミクログリアが産生するリン脂質メディエーターPAF(Platelet-Activating Factor)*2 が関わることを明らかにしました。


 

1.神経系組織の損傷によって病態形成される神経障害性疼痛は、非ステロイド性抗炎症薬

 (NSAIDs)*3 や麻薬性鎮痛薬モルヒネでさえも奏功しない難治性の慢性疼痛ですが、未だ

 有効な治療薬は開発されておらず、革新的な創薬標的の発見が望まれています。


2.我々は以前に、リン脂質型の炎症性メディエーターである PAF(platelet-activating

 factor)の産生酵素 LPLAT9(別名:LPCAT2)の欠損マウスでは、末梢神経損傷によって

 生じる難治性疼痛が軽減することを見出しました(Shindou H et al. FASEB J.  

 2017;31(7):2973-2980.)。しかし、神経損傷によって PAF が増加するのか? 

 神経系組織を構成するどの細胞種が産生するのか? など、不明な点が複数ありました。


3.今回我々は、末梢神経系である後根神経節と中枢神経系である脊髄組織を用いてリピドミ

 クス*4 を実施し、神経損傷後に両組織で共通して一過性の PAF 量の増加が起こることを

 突き止めました。また、神経障害性疼痛の発症に関わる PAF 産生細胞はマクロファージ

 やミクログリアであることを明らかにしました。PAF は PAF 受容体を活性化します。

 PAF 受容体拮抗薬の脊髄腔内投与によって疼痛が軽減することもわかりました。


我々の研究成果は、難治性疼痛病態において脂質が担う役割に新たな知見をもたらしたと考えられます。




概要


 がん、糖尿病、ウイルス感染や外傷によって神経系組織が損傷を受けると、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)や麻薬性鎮痛薬モルヒネなどの既存の鎮痛薬で奏功しない難治性の慢性疼痛である神経障害性疼痛の発症に繋がります。世界人口の7−10%に影響するとも言われるアンメットニーズの高い疾患で、革新的な創薬標的の発見が望まれています。

我々は以前に,リン脂質型の炎症性メディエーターである PAF(platelet-activating factor)の産生酵素 LPLAT9(別名:LPCAT2)の欠損マウスでは、末梢神経損傷によって生じる難治性疼痛が軽減することを見出しました(Shindou H et al. FASEB J. 2017;31(7):2973-2980.)。しかし、神経損傷によって PAF が増加するのか? 神経系組織を構成するどの細胞種が産生するのか? など、不明な点が複数ありました。

本研究では、末梢神経損傷(PNI: peripheral nerve injury)*5後の複数のタイムポイントにて、一次求心性神経の細胞体集合組織である後根神経節と一次求心性神経の投射先である脊髄をそれぞれ採取し、PAF 量の変動について分析を行いました。その結果、後根神経節および脊髄ともに、PNI3日後と7日後に一過性に PAF 量が増加することを見出しました。PNI による疼痛症状は2週間以上持続しますが、PNI後14日目には PAF 量は正常レベルまで落ち着いていることが分かりました。そこで、PAF 受容体の拮抗薬を PNI7日後と14日後に単回投与してみたところ、PAF 量の増加が認められた7日後においてのみ鎮痛効果が得られました。つまり、神経障害性疼痛に PAF シグナルが関わるけれども、疼痛症状に必要なのは比較的早期の一定期間のみであること示されました。

次に、PAF 生合成酵素である LPLAT9 欠損マウスや PAF 受容体の欠損マウスを用いた解析を行いました。両マウスでは PNI 後の疼痛症状が軽減し、LPLAT9 欠損マウスの後根神経節や脊髄において PAF は検出されませんでした。PAF 受容体欠損マウスの後根神経節中の PAF 量は野生型マウスと差はありませんでしたが、興味深いことに、同マウスの脊髄中 PAF 量は野生型マウスと比べて有意に減少していました。我々は過去に培養細胞を用いた検討によって、PAF が PAF 受容体を介して新しい PAF 産生を促すポジティブフィードバック機構があることを報告しています(Shindou H et al. FASEB J. 2017)。

今回の結果によって、PAF が PAF 受容体に作用することで脊髄中の PAF 量が維持されていることがマウス個体レベルで示されたことになります。


後根神経節は神経細胞、マクロファージ、サテライトグリア、シュワン細胞が主な構成細胞です。PAF産生細胞を特定するために免疫組織染色を実施し、神経細胞以外に幅広く LPLAT9 が発現することが分かりました。同じく脊髄は神経細胞に加え、ミクログリア、アストロサイト、オリゴデンドロサイトが主な構成細胞ですが、LPLAT9 はミクログリアと一部のオリゴデンドロサイトに発現していました。PNI 後7日目に同様の組織染色を行ったところ、後根神経節ではマクロファージ、脊髄ではミクログリアの細胞数が増加しており、それに伴い組織中の LPLAT9 発現量が増加していました。そこで、マクロファージとミクログリア特異的に LPLAT9 を欠損できるマウスを作製して解析を行いました。同マウスでは、PNI 後の組織中 PAF 量の増加が抑制され、疼痛症状も軽減することがわかりました。


本研究成果によって、PAF シグナルが神経障害性疼痛の新しい治療標的になり得ること、治療標的にすべき細胞種や時期が限定的であることが明らかになりました。今回の成果を臨床応用するには、疼痛に苦しむ患者さんそれぞれがどういった状態にあるのかを可視化するバイオマーカーや検査法の開発が課題になると考えています。




コメント


 本研究はモデルマウスを用いた検証であり、患者さんにこの知見が応用できるかどうかは、今後の検証が必要です。

また、マウス疼痛モデル実験では LPLAT9 欠損雄マウスでは疼痛軽減しましたが、雌マウスでは軽減しませんでした。人でも同様かは分かっていません。




用語解説


*1 マクロファージおよびミクログリア

  全身の組織(マクロファージ)や脳・脊髄などの中枢神経系(ミクログリア)に存在する

免疫細胞の一種。さまざまな刺激に応答して炎症反応などの生理機能を発揮します。


*2 PAF

リン脂質型の生理活性脂質であり、PAF 受容体に作用することで炎症応答や免疫応答に

関わることが知られています。


*3 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)

non-steroidal anti-inflammatory drug の略で疼痛や発熱に関与するプロスタグラジ

ンの合成を阻害する薬剤で、アスピリンやロキソニンなどがあります。


*4 リピドミクス

脂質成分の定性や定量分析を網羅的に行う分析技術。


*5 PNI

peripheral nerve injury の略で末梢神経損傷を作成し神経障害性疼痛モデル実験を行え

ます。

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