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「アルツハイマー病患者における全く新しい血液マーカーを発見」-No.305




アルツハイマー病患者における全く新しい血液マーカーを発見




 公益財団法人神戸医療産業都市推進機構(理事長:本庶佑)は、先端医療研究センター脳循環代謝研究部の田口明彦部長らの研究グループが、解明が進んでいるアルツハイマー病の根本的な発症原因と関連する全く新しい血液マーカーを発見しました。




本研究の概要



 アルツハイマー病で最も問題となる症状は新規記憶の障害です。新規記憶を担当しているのは脳の海馬と呼ばれる部位にある新生ニューロンであり、アルツハイマー病患者では海馬の新生ニューロンが激減していることより、海馬の新生ニューロンの減少こそが、アルツハイマー病の根本的な発症原因だと考え始められています。


 私たちのこれまでのマウスを使った研究では、①血液中を循環している白血球が海馬の新生ニューロンに直接作用していること、②アルツハイマー病患者と同様に新規記憶障害・海馬新生ニューロン減少を起こす高齢認知症マウスでは末梢血を循環している白血球の機能・代謝状態が変化していること、が判っていましたが、今回の発見により、実際にアルツハイマー病患者においても、高齢認知症マウスと同様に、白血球の機能・代謝状態が変化していることが、明らかとなりました。


今回の成果は、アルツハイマー病患者における全く新しい血液マーカーの発見であると同時に、高齢アルツハイマー病患者の詳細な発症メカニズム解明や全く新しい治療法開発に繋がる重要な発見です。




背景


背景 1:海馬新生ニューロンの減少が、アルツハイマー病の根本的な発症原因だと考え始め

    られています。


①アルツハイマー病は、新規記憶が障害される病気(図 1)

アルツハイマー病患者では、運動機能・長期記憶等の障害は基本的にあまり問題となりません。アルツハイマー病患者さんの一番の問題は、もの忘れが目立ったり、時間や場所が判らなくなること、すなわち新規記憶の障害です。



②新規記憶は、脳の海馬新生ニューロンが担当(図 2)

アルツハイマー病で比較的保たれる長期記憶を担当する細胞は既存神経細胞です。また、新規記憶を担当する細胞は海馬の新生ニューロンです。そのため、アルツハイマー病患者で障害されているのは、海馬新生ニューロンであると考えられています。



③海馬の新生ニューロンは、高齢アルツハイマー病患者では、実際に激減している(図 3)

海馬神経新生の適切な評価には、脳組織の①採取、②固定、③切片作成、④染色、⑤観察、の全ての工程において条件検討・最適化が必須です。過去の高齢アルツハイマー病患者の検体を用いた多くの研究では、これらの工程の条件検討・最適化が不十分であったため、健常者においても海馬神経新生はほとんどない、と誤解されてきました。近年、これらの工程を全て最適化したグループにより、マウスと同様に高齢健常者では海馬に新生ニューロンが多く存在すること、一方、アルツハイマー病患者では海馬新生ニューロンが激減していることが、証明・報告されています。




背景 2:海馬新生ニューロンの維持には、血液中を循環している白血球が重要


①白血球は、ギャップ結合を介してエネルギー源を直接供与することにより、機能が低下した細胞を活性化している(図 4)

高齢認知症モデルマウスでは、アルツハイマー病患者と同様に、海馬の新生ニューロンが激減し、新規記憶能が著しく低下しており、アルツハイマー病患者と全く同じ病態・症状を呈しています。

私たちは、白血球の中でも最も活性が高い、“造血幹細胞”を、高齢認知症モデルマウスの血管内に投与すると、海馬の新生ニューロンが増加し、新規記憶能が改善することを示してきました(Takeuchi, Taguchi et al., Front Aging Neurosci.2020 & 2022)。

血管内に投与された白血球が、機能が低下した細胞を活性化する仕組みは、ギャップ結合と呼ばれる細胞間トンネルを使った、機能が低下した細胞へのエネルギー源の直接供与であることも、発見報告しています(Kikuchi-Taura, Taguchi et al. Stoke. 2020)。

 

②高齢認知症モデルマウスの白血球は、ギャップ結合を使ってエネルギー源を直接供与する機能が低下している

そこで、海馬の新生ニューロンが激減している高齢認知症モデルマウスの、白血球の解析を行ないました。その結果、高齢認知症モデルマウスでは、ギャップ結合タンパクの RNA 発現の低下、および、嫌気性代謝関連酵素の RNA 発現の増加が、観察されました(Takeuchi, Taguchi et al., Front Aging Neurosci.2022)。

これらの結果は、少なくともマウスでは、海馬新生ニューロンの維持には、血液中を循環している白血球も重要であることを、示しています。




今回の発見のポイント


①以前からわかっていたこと

アルツハイマー病患者と高齢認知症マウス:海馬の新生ニューロンが激減し、新規記憶能が著しく低下高齢認知症マウス:新生ニューロンの維持に重要な、白血球の機能が低下高齢認知症マウス:活性の高い白血球細胞を投与すると、新生ニューロンが増加し、新規記憶能が再生

 

②今回の結果から言えること

アルツハイマー病患者と高齢認知症マウス:海馬の新生ニューロンが激減し、新規記憶能が著しく低下アルツハイマー病患者と高齢認知症マウス:新生ニューロンの維持に重要な、白血球の機能が低下高齢認知症マウス:活性の高い白血球細胞を投与すると、新生ニューロンが増加し、新規記憶能が再生

 

③今回の結果に基づく、全く新しい観点からのアルツハイマー治療薬の開発

アルツハイマー病患者と高齢認知症マウス:海馬の新生ニューロンが激減し、新規記憶能が著しく低下アルツハイマー病患者と高齢認知症マウス:新生ニューロンの維持に重要な、白血球の機能が低下

アルツハイマー病患者と高齢認知症マウス:活性の高い白血球細胞を投与し、新生ニューロンを増加させ、新規記憶能を再生あるいは、白血球の機能を向上させることにより、新生ニューロンを増加させ、新規記憶能を再生




波及効果と今後の予定


 アルツハイマー病の本質解明や治療法開発は、世界中で多くの研究者らにより精力的に研究が行われてきたものの、未だに、十分な進歩がみられていないのが現状です。

今回の結果より、アルツハイマー病の新しい血液マーカーが見つかっただけでなく、治療すべき本質的な病態の解明も、進みました。


 神戸医療産業都市推進機構では、引き続き国内外の研究施設と連携し、アルツハイマー病の根治的治療の確立による「健康寿命の延長」に向けた研究を、全力で推進してまいりますので、今後とも、皆様のご支援をどうぞよろしくお願いいたします。




用語解説


※1 新生ニューロン

海馬歯状回において新たに産生される神経細胞。新生ニューロンが記憶や学習行動に重要であることが知られている。


※2 ギャップ結合

接触する細胞同士をつなぎ、分子量 1500 以下の小さい分子やイオンを通過させる細胞間トンネル。細胞の細胞膜にはコネクソンと呼ばれるトンネルのようなタンパク質が存在し、接触する細胞のコネクソン同士がつながると、小さい分子やイオンが隣接細胞の細胞質から細胞質へと直接移動する。




参考資料


ギャップ結合(Connexin 分子で形成される細胞間トンネル)を介したエネルギー源供与により、白血球が好気性代謝になり、機能低下した細胞のエネルギー代謝が活性化されるメカニズム


Okinaka, Taguchi et al. Journal of Alzheimer's Disease 2024

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