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「ストレスが血液に蓄積する-心不全の再発と多病のメカニズムを同定-」-No.370




心不全の再発と多病のメカニズムを同定 ~ストレスが血液に蓄積する~




発表のポイント


1.心不全は一度発症すると再発を繰り返し、他の病気にもよくかかること(多病)が特徴です

 が、その仕組みは不明でした。今回、心不全が「なぜ再発するのか」「どのように他の臓

 器に影響するのか」の仕組みを明らかにしました。


2.心不全になると、そのストレスが血液の源である造血幹細胞に蓄積することを発見しまし

 た。


3.心不全の再発予防法、新しい治療法の開発につながり、生命予後の改善に貢献することが

 期待できます。



心不全の再発に血液へのストレスの蓄積が関与



















概要


 東京大学大学院医学系研究科の藤生克仁特任教授と、小室一成特任教授(国際医療福祉大学副学長兼任)、千葉大学大学院医学研究院の眞鍋一郎教授らによる研究グループは、「心不全(注 1)がなぜ再発するのか」を明らかにしました。

 

 本研究では、心不全の臨床経過の特徴である「一度心不全を発症すると、入退院を繰り返す」「他の病気にも影響する」という点に着目し、「心不全になると、そのストレスがどこかに蓄積する」と仮説を立てて研究を行いました。


その結果、心不全になった際にストレスが骨の中にある造血幹細胞に蓄積することを見いだしました。造血幹細胞は、心臓に対して心臓を保護する免疫細胞を供給しますが、ストレスが蓄積している造血幹細胞はその保護的な免疫細胞を作り出すことができず、これが心臓の機能悪化を引き起こし、再発しやすい原因となることが分かりました(図 1)。


現在不治の病である心不全に対して、ストレスの蓄積を除去する方法の開発などによって新規予防法、治療法につながることが期待できます。


図 1: 心不全のストレスが骨の中の造血幹細胞に蓄積し、再発や腎臓病、サルコペニアの発

   症に関与する

心不全の際に、そのストレスが脳や神経系を介して、造血幹細胞に蓄積される。ストレスが蓄積した造血幹細胞から様々な臓器に供給される免疫細胞は、各臓器の保護作用を失い多臓器不全が生じる。




発表内容


 心不全は息切れやむくみを初期の症状とし、心臓が全身の血液を送り出す臓器であることから最終的に多臓器不全を生じ、死に至る症候群です。現在、様々な内服薬のほか、心不全や突然死を予防する植込みデバイスが使用されています。しかし心不全は再発を繰り返し、患者さんの予後は必ずしも良くはありません。その原因の一つとして再発のメカニズムが不明であることが挙げられます。


この度、本研究グループはその原因が、心不全時のストレスが骨の中にある造血幹細胞に蓄積することであると世界で初めて同定しました。


 本研究グループはこれまでに、心臓内の免疫細胞が心臓の収縮力を維持したり、不整脈を生じさせないようにしたりといった、心臓を保護する機能を有していることを報告してきました(関連情報)。造血幹細胞はこの心臓を保護する免疫細胞の元となる細胞です。


今回、ストレスが蓄積した造血幹細胞からは、心臓を保護する免疫細胞が作られないことを発見しました。この結果、心臓の保護作用が失われて機能が低下し、心不全が再発しやすい原因になると考えられます(図 1)。さらに造血幹細胞は全身の臓器に免疫細胞を供給しており、この造血幹細胞へのストレスの蓄積によって、腎臓、骨格筋、脂肪組織などの免疫細胞にも悪影響を与え、心不全に合併し生命予後の悪化と関連する腎臓病、サルコペニア、るい痩(そう)の発症にも関与していることが明らかになりました(図 1)。


続いて本研究グループは、どのように造血幹細胞にストレスの蓄積が生じるかを検討しました。その結果、心不全時に脳に伝わったストレスは、脳から骨の中にある交感神経の機能低下を生じさせ、その交感神経の周囲に巻き付いているシュワン細胞から、健康な時には分泌されている活性型 TGF(注 2)というタンパク質が分泌されなくなることを同定しました。

この活性型 TGFが骨の中で不足すると、造血幹細胞の遺伝子発現を制御するエピゲノム(注 3)に変化が生じ、このエピゲノムの変化が心不全時のストレス蓄積の実態であると同定しました(図 2)。


 最後に、どのようにするとストレスの蓄積を予防できるかを検討しました。心不全のモデル動物において、心不全時に骨の中で不足する活性型 TGFを注射で補うと、ストレス蓄積を予防することができました。


 この研究成果は、心疾患による心不全死や心臓突然死の新しい予防法、治療法の開発に貢献することが見込まれるとともに、今後は心不全発症前の超早期発見や、発症前に治療を行う未来の治療につながることが期待されます。


図 2: 心不全時の「骨の中の神経障害」によって生じる TGFの減少が造血幹細胞にストレス

   を蓄積させる

心不全になると骨の中にある交感神経の機能が低下し、造血幹細胞を正常に維持している活性型 TGFが不足し、造血幹細胞の遺伝子発現を制御するエピゲノムの変化として、ストレスが蓄積される。




用語解説


(注1) 心不全

心不全とは、心臓が悪いために息切れやむくみが起こり、だんだん悪化して生命を縮める病気です。また、糖尿病と併発することが多く、糖尿病は心不全のリスクを高める要因の一つとされています。


(注2) 活性型 TGFβ

活性型 TGF(トランスフォーミング・グロース・ファクター・ベータ)は、人間の体内で重要な役割を果たすタンパク質の一種です。このタンパク質は、細胞の成長、分裂、および修復を助ける働きを持っています。また、免疫システムの機能を調節することで、体が過剰に反応することを防ぎ、炎症を抑える効果もあります。


(注3) エピゲノム

エピゲノムは、私たちの遺伝子の働きを調節する一連の化学的な変化とタンパク質に関連する情報のことを指します。遺伝子(DNA)が私たちの体の設計図であるなら、エピゲノムはその設計図がどのように読まれるかを指示する「調整者」の役割を果たします。エピゲノムの変化は、遺伝子そのものの配列を変えるわけではありませんが、特定の遺伝子が「オン」または「オフ」になるかを調節することで、細胞の機能や個体の性質に影響を与えます。

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