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「ストレス時に呼吸運動の変化を引き起こす神経回路」-No.458




ストレス時に呼吸運動の変化を引き起こす神経回路を解明




 精神性ストレス応答の中核として知られる脳の外側手綱核は、ドーパミンなどの神経伝達物質を介してストレス時の行動変化や自律神経応答に関わっています。この領域がドーパミンを放出する神経細胞(ニューロン)を介して精神性ストレス時の呼吸運動の変化も担っていることを新たに見いだしました。

 

 ヒトはストレスに対した時、すくんだり逃げたりするなど、その行動を変化させます。それと同時に体内では、呼吸回数や心拍数が増えるなど、さまざまな生理応答が引き起こされます。これは呼吸運動や循環系を調節する自律神経系がストレスに対して柔軟に変化するためで、こうした変化は外敵の出現などの脅威に対する速やかな行動を可能にし、生存に有利に働くものと考えられます。特に呼吸運動の調節は生命の維持に不可欠で、運動やストレスに応じて意識に関係なく調節されます。しかし、このようなストレス性の呼吸応答を生じる神経基盤の詳細は明らかになっていませんでした。


 本研究では、精神性ストレスに対して興奮する神経細胞が存在する脳の外側手綱核という領域に注目しました。麻酔下のラットの外側手綱核を電気刺激により活性化させ、精神性ストレス応答を疑似的に引き起こすと、精神性ストレス時によく似た呼吸頻度の増加が誘発されました。また、外側手綱核の刺激によって生じるこのような呼吸運動の応答はドーパミン、セロトニンなどのモノアミン系神経伝達物質を介して制御されていることが分かりました。さらに、中脳に存在する腹側被蓋野のドーパミンニューロンが外側手綱核を起点とした精神性ストレス様呼吸応答を主に仲介している可能性が示されました。

ストレス性の呼吸応答がどのような機序で生起されるのか、その神経基盤を明らかにすることは過換気症候群などの疾患における呼吸調節異常の理解・治療につながる可能性があります。




研究の背景


 生物がストレスに対して速やかに、かつ適切に行動できるかどうかは、生存に直結します。ストレス時に急性に生じる循環系や呼吸の応答は、闘争や逃走などの速やかで適切な行動を支えるシステムの一部だと考えられており、意識に関係なく脳によって制御されています。

呼吸運動は呼吸中枢注1)により、運動などの刺激に応じて細かく調整されています。また、呼吸は感情によっても変化しており、特に不安や恐怖などのストレスは急性の呼吸頻度増加を引き起こします。このような応答が異常をきたすと、過換気症候群などのように呼吸頻度の過剰な増加や呼吸困難感が生じます。さらには、症状を引き起こした刺激や環境そのものが恐怖の対象となり、社会生活を困難にしかねません。精神性ストレスがかかった際に生じる健常な呼吸応答の神経基盤の詳細を知ることは、その異常によって生じる病態の理解を深めるためにも重要です。


そこで本研究では、精神性ストレスに対する呼吸応答の中核として外側手綱核注2)に注目し、その活性化に伴う呼吸応答と、応答を制御する神経回路の詳細を明らかにすることを目的としました。




研究内容と成果


 本研究では、麻酔下のラットの外側手綱核を電気刺激で興奮させ、その際の呼吸運動を記録しました。外側手綱核活性化による呼吸応答は、ストレス時と同様に呼吸頻度と分時換気量注3)を増加させました。また、電気刺激の条件が一定の強度以上であるときに、呼吸頻度と分時換気量は増加することが分かりました。


また、神経伝達物質の中でもストレス応答と呼吸制御に関与することが知られるドーパミン神経系注4)とセロトニン神経系注5)の関与を検討しました。ドーパミン受容体の阻害薬を投与すると外側手綱核誘発性の呼吸応答は強力に抑制され、セロトニン受容体の拮抗薬を投与すると部分的に増強されました。


さらに、外側手綱核による呼吸運動制御を主に仲介する神経回路を探索するため、この回路を仲介し、ドーパミンを放出するニューロン(ドーパミンニューロン)の脳内での存在部位の特定を試みました。中脳ドーパミンニューロンの主要な存在部位である腹側被蓋野注6)をGABAA 受容体作動薬注7)を用いて局所的に不活性化したところ、外側手綱核の興奮による呼吸応答が完全に抑制されました。このことから、ストレス刺激による外側手綱核の活性化は腹側被蓋野のドーパミンニューロンを介して呼吸応答を制御していることが示唆されました。




今後の展開


 本研究は外側手綱核の活性化が腹側被蓋野のドーパミンニューロンを介して呼吸応答を引き起こすことを示しました。今後は、ストレス性の呼吸応答を引き起こす神経回路をより詳明に知るため、腹側被蓋野ドーパミンニューロンの活動がどのようにストレス性呼吸応答を仲介するのか、その活動の変化や呼吸中枢への投射経路を調べていきます。


これらの研究でストレス性の呼吸応答を引き起こす神経基盤を解明することで、健常な状態におけるストレス応答の機序が詳らかとなり、疾患における神経系の異常を予防・治療する方法の開発につながることが期待されます。




参考図




本研究の概要図

(ラット脳の矢状断面模式図)




外側手綱核を活性化させると、呼吸頻度と分時換気量が増加した。この応答はドーパミン系とセロトニン系を介して制御されていた。特に、この応答は腹側被蓋野のドーパミンニューロンを介して生じているものと考えられる。




用語解説


注1) 呼吸中枢

脳幹に存在する、呼吸のリズムを生成する領域。多くの領域から入力を受け、横隔膜などを制御することで呼吸を生起する。


注2) 外側手綱核

視床上部に存在する領域。ストレス刺激に対して興奮性の応答を示し、モノアミン系への投射を介してストレス応答を制御していると考えられている。


注3) 分時換気量

呼吸運動による1分間の換気量。


注4)ドーパミン神経系

ドーパミンを放出するニューロンと、その受容体を持つニューロンとによって構成される、報酬などの情報を伝達するシステムの一つ。ストレス応答や呼吸制御、神経変性疾患への関係が知られている。


注5) セロトニン神経系

セロトニンを放出するニューロンと、その受容体によって構成される、中枢の情報伝達システムの一つ。ストレス応答や呼吸制御、精神疾患への関係が知られている。


注6) 腹側被蓋野

中脳に存在する、ドーパミンを放出するニューロンが多く存在する領域。認知機能や報酬などに関与することが知られる。


注7) GABAA 受容体作動薬

抑制性神経伝達物質であるGABA の受容体に結合し、活動電位の発生を抑制する薬物。

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