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「タンパク質凝集体の凝集度(固さ)が細胞死誘導の決定因子であることを発見」-No.327




タンパク質凝集体の凝集度(固さ)が細胞死誘導の決定因子であることを発見

-特定の構造を含む化合物が凝集体をほぐして神経細胞死を抑制-




発表のポイント


1.神経変性疾患の原因となるパータナトス(注1)とよばれるプログラム細胞死の感受性が、

 タンパク質凝集体の凝集度(固さ)によって決定されることを見出しました。


2.カテコール(注2)骨格を有する低分子化合物 YM435 は、タンパク質凝集体の凝集度を低下

 させる(流動性を上げる)ことでパータナトスを抑制することが明らかとなりました。

  本研究成果は、カテコール骨格を含む化合物が、神経変性疾患の新たな治療薬となる

 可能性を明らかにしました。




概要


 細胞内に蓄積した変性タンパク質の凝集体は、パーキンソン病などの神経変性疾患の原因となります。近年、神経変性疾患にパータナトスとよばれる非典型的なプログラム細胞死が関与することが注目されています。パータナトスは細胞内に蓄積したタンパク質凝集体で起こることが先行研究で解明されていました。


 東北大学大学院薬学研究科の濱野修平大学院生、野口拓也准教授、松沢厚教授らの研究グループは、今回、パータナトスの感受性がタンパク質凝集体の凝集度(固さ)によって決定されることを見出しました。カテコール骨格を有する低分子化合物 YM435 は、タンパク質凝集体の凝集度を低下させる(流動性を上げる)ことでパータナトスを抑制しました。本研究は、不明点の多いパータナトス誘導機構に関する新知見であるとともに、カテコール骨格を含む化合物が神経変性疾患の新たな治療薬となることが示唆されました。




研究の背景


 近年、「パータナトス」とよばれる非典型的なプログラム細胞死が神経変性疾患の病態に関与することが報告されており、パータナトス誘導機構が神経変性疾患の新規治療標的として注目されています。

本研究室では最近、酸化ストレスによる変性タンパク質の集積(凝集体の形成)が、パータナトスの惹起に必須であることを発見しました。その一方で、パータナトス誘導メカニズムにはまだ多くの不明点が残されています。




今回の取り組み


 濱野修平大学院生、野口拓也准教授、松沢厚教授らの研究グループは、広島大学大学院医系科学研究科の内田康雄教授、東北医科薬科大学薬学部の黄基旭教授、明治薬科大学薬学部の進藤佐和子講師、東北大学大学院歯学研究科の工藤忠明助教と共同研究を行い、低分子化合物 YM435 のパータナトス抑制作用について解析を行いました。

その結果、YM435 は、タンパク質凝集体の凝集度を低下させる、即ち、流動性を上げる(凝集体を軟化させる)ことで、タンパク質凝集体が惹起するパータナトスを抑制することを見出しました。パータナトスを惹起するタンパク質凝集体は流動性が低く、固体様の性質を持つ一方で、YM435 を処置するとタンパク質凝集体の流動性が上昇し、液体様の性質(液滴(注3))を持ったタンパク質構造体に変化することが判明しました。また、YM435 と類似構造を持つドパミン、L-ドパも液滴のタンパク質凝集体の凝集度を低下させることでパータナトスを抑制することが明らかとなりました。さらに、カテコール骨格を 2 つ有する YM435 は、カテコール骨格を 1 つしか有さないドパミン、L-ドパに比べ、凝集度低下作用(流動性を上げる作用)およびパータナトス抑制作用が顕著であることが示され、本機構におけるカテコール骨格の重要性が明らかとなりました。


以上の結果から、パータナトスの感受性がタンパク質凝集体の凝集度(流動性)によって決定されることが明らかとなりました(図)。


図 1. 本研究で明らかになった分子モデル

活性酸素の過剰な産生は酸化ストレスを引き起こし、変性タンパク質の蓄積を促進する。p62(注4)などのアダプター分子は、変性タンパク質の蓄積を認識し、タンパク質構造体(液滴)が形成される。流動性の高いタンパク質構造体(=液滴)は基本的に無毒であり、オートファジーにより分解される。一方、オートファジー分解の抑制や液滴の時間依存的な性質変化によって凝集度が上昇した(流動性の低い)タンパク質凝集体は、新たな細胞死であるパータナトスを誘導することで細胞毒性を示す。YM435 は、タンパク質構造体の凝集度を低下させる(流動性を高める)ことでパータナトスの誘導を抑制する。




今後の展開


 神経変性疾患は治療薬が未だに存在せず、その病態の抑制機構の全容解明が強く望まれています。特に、神経変性疾患病変部では変性タンパク質の凝集体が多く存在することから、凝集体が細胞死を引き起こし、神経細胞の脱落の原因となると考えられています。また、神経変性疾患の病変部で蓄積するタンパク質(α-シヌクレインやアミロイド β など)は液滴を形成する性質を有することが報告されています。

以上から、液滴の凝集体化の抑制は神経変性疾患の予防・治療に繋がることが期待されます。


今後は、YM435 を含むカテコール骨格を有する化合物の神経変性疾患病態モデルにおける有効性を検証し、新たな治療薬への応用につなげたいと考えています。




用語説明


注1. パータナトス

DNA 損傷応答因子 PARP-1 の過剰活性化によって引き起こされるプログラム細胞死で、近年新たに見出された。PARP-1 の過剰活性化は特に神経細胞で見られており、パーキンソン病などの神経変性疾患の原因の 1 つであると考えられている。


注2. カテコール

ベンゼン環上のオルト位にヒドロキシ基を 2 つ有する有機化合物。構造中にカテコールを骨格として持つ化合物の幾つかは、タンパク質凝集体などの凝集抑制作用や抗酸化作用などの作用を有することが報告されている。


注3. 液滴

細胞内で液−液相分離によって形成されるタンパク質構造体。液滴は、その分子機能を効率的に発揮するための「膜のないオルガネラ」であると考えられている。液滴は、タンパク質分解、代謝、プログラム細胞死など多様な細胞内シグナル伝達機構を制御することが報告されている。また、時間経過や環境、構成分子に依存して凝集体化することも知られており、神経変性疾患などの凝集体関連疾患との関連についても注目されている。


注4. p62(SQSTM1)

細胞内のストレスによって発現が上昇し、液滴を形成することが知られているアダプタータンパク質の 1 つ。凝集体中で様々な分子と相互作用し、シグナル伝達、オートファジーの受容体として働く多機能タンパク質。

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