パーキンソン病の記憶障害への前脳基底部と海馬の関与
―パーキンソン病の認知機能障害の病態解明の鍵―
概要
パーキンソン病において、アセチルコリン注 1)という神経伝達物質を放出する神経細胞が多く存在する前脳基底部注 2)の変性が、認知機能低下で重要な役割を果たすことが知られています。しかし、前脳基底部がそれ以外の脳領域とどのように相互作用して認知機能低下を引き起こすのかは不明でした。
今回、酒巻春日 医学研究科博士課程学生(研究当時、現・京都近衛リハビリテーション病院 医師)、髙橋良輔 医学研究科特定教授、澤本伸克 同教授らの研究グループは、認知機能テストや頭部磁気共鳴画像法(MRI)構造画像を用いて、前脳基底部の灰白質容積注 3)減少と関連する認知機能障害や脳変性領域を調べました。
その結果、パーキンソン病患者において、前脳基底部の灰白質容積減少と言語性記憶障害が関連すること、前脳基底部の灰白質容積減少と内側側頭葉領域の灰白質容積減少が相関すること、内側側頭葉領域の中でも海馬の灰白質容積減少が前脳基底部の灰白質容積減少と言語性記憶障害の相関を媒介していることが示されました。
本研究は、パーキンソン病の認知機能低下において、前脳基底部がそれ以外の脳領域と相互作用しており、病態を考える上で多角的な視点を必要とすることを示唆しており、今後のパーキンソン病の認知症研究に役立つと考えられます。
研究イメージ図
進行期パーキンソン病において、前脳基底部と言語性記憶の関連を海馬が媒介する
背景
パーキンソン病において、MRI 構造画像の前脳基底部の灰白質容積を用いて認知機能低下を予測することが可能であることが知られています。しかし、前脳基底部がそれ以外の脳領域とどのように相互作用して認知機能低下を引き起こすのかは不明でした。
今回、パーキンソン病患者において、前脳基底部の灰白質容積減少と関連する脳領域を調べ、その脳領域が、前脳基底部と認知機能障害との関係性にどのように影響を与えているかを調べました。
研究方法・成果
本研究では、京都大学のパーキンソン病のコホート研究のデータを利用しました。このコホートは比較的、進行期の患者が多い集団でした。パーキンソン病患者 137 人を対象に、認知機能テスト、MRI、イオフルパン単一光子放射断層撮影法注 4) を用いて評価をしました。ボクセルベースの形態計測注 5)を用いて、前脳基底部の灰白質容積減少と相関する脳変性領域を調べました。次に、前脳基底部の灰白質容積減少と関連する認知機能障害を偏相関解析を用いて調べました。最後に前脳基底部の灰白質容積減少と認知機能障害の関係性に、前脳基底部の灰白質容積減少と相関する脳変性領域が影響を与えているか、媒介分析注 6)を用いて検討しました。ボクセルベースの形態計測の解析では、前脳基底部の灰白質容積減少は、内側側頭葉の灰白質容積減少と相関していました。また、前脳基底部の灰白質容積減少が言語記憶障害と関連することが、偏相関解析で示されました。さらに,媒介分析によって、海馬の灰白質容積減少が前脳基底部の灰白質容積減少と言語性記憶障害の関係を媒介していることが分かりました。
波及効果、今後
パーキンソン病では、リン酸化αシヌクレイン注 7)病理が脳内を進展する疾患と捉えられるようになっています。前脳基底部はアセチルコリン作動性神経系が多く含まれる重要な部位であるものの、本成果は前脳基底部がそれ以外の脳領域と相互作用して認知機能低下を引き起こしていることを示しています。これはパーキンソン病の認知機能低下において、多角的な視点を持つことが必要であることを示す結果であると考えます。
研究者のコメント
「パーキンソン病自体が本当に多様な経過を辿る疾患です。一人一人の病状、病態把握の為にも、常に広い視野を持ちながら、研究や診療を行って行くことが重要だと考えております。本研究も、様々な領域が相互作用しながら認知機能低下を引き起こしていることを示すことが出来、多角的な視点を示すことの一助になれれば幸いです。」(酒巻春日)
用語解説
注 1) パーキンソン病
パーキンソン病は、中脳の黒質と呼ばれる場所にあるドパミン神経細胞が減少することにより、発症する病気と考えられてきましたが、最近ではリン酸化αシヌクレイン病理が脳内を進展する疾患と捉えられるようになっています。動作が緩慢になったり、手足が震えたり、バランスが取りにくくなったりと、運動症状が主症状になることが多いですが、疾患の進行に伴い、認知機能低下など、さまざまな症状を伴うことが知られています。現在、日本におけるパーキンソン病の患者数は、15〜20 万人とされ、神経変性疾患の中では、アルツハイマー病に次いで有病率が高いです。また、加齢に伴い有病率が上がり、65 歳以上の有病率は、約 100 人に1 人です。高齢化に伴い、有病率が急激に上昇しています。
注 2) 前脳基底部
脳の前部に位置する重要な領域で、主にアセチルコリンと呼ばれる神経伝達物質を放出する神経細胞が多く存在しています。
注 3) 灰白質容積
脳内に存在する「灰白質」(gray matter)の体積を指します。灰白質は、主に神経細胞(ニューロン)の細胞体が集まる部分であります。
注 4) イオフルパン単一光子放射断層撮影法
脳内のドパミンと呼ばれる神経伝達物質を放出する神経細胞の機能を評価するために使用される画像診断技術です。イオフルパンは、放射性同位体であるヨウ素(123I)で標識された化合物で、ドパミントランスポーターに結合します。この薬剤を静脈注射した後、単一光子放射断層撮影法(SPECT)を使用して脳内の放射線を検出し、ドパミン神経細胞の分布や機能を可視化します。パーキンソン病などの診断に役立ちます。
注 5) ボクセルベースの形態計測
脳の構造を詳細に分析するための画像解析手法です。主に MRI のデータを使用し、脳の灰白質や白質の局所的な容積変化を調べます。「ボクセル」は、3 次元画像データの立方体単位を指し、これを解析単位として、各ボクセルごとに脳の形態的特徴(例:灰白質容積)を比較・評価します。
注 6) 媒介分析
2つの変数間の関係が、別の変数(媒介変数)を通じてどのような影響を受けているかを調べる統計的手法です。独立変数(原因)から従属変数(結果)への影響が、他の変数を介して間接的に生じているかどうかを検証するために用いられます。媒介分析では、主に直接効果(独立変数が媒介変数を介さずに従属変数に与える効果)と間接効果(媒介変数を通じた影響)が測定され、その全体的な影響を調べることができます。
注 7) リン酸化αシヌクレイン
正常な α シヌクレインは、神経細胞のシナプス機能に関与し、神経伝達の調整やシナプス小胞の機能維持に重要な役割を果たします。パーキンソン病では、異常なリン酸化を起こして凝集しやすくなり、神経細胞内で「レビー小体」と呼ばれる凝集体を形成します。レビー小体は神経細胞の機能障害や神経細胞死に関与しています。リン酸化 α シヌクレインの蓄積は、パーキンソン病の特徴的な病理マーカーと考えられています。
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