概要
西田聖 医学研究科博士課程学生(研究当時:現・倉敷中央病院)、髙橋良輔 同特命教授、澤本伸克 同教授らの研究グループは、神経変性疾患の一種であるパーキンソン病における歩行障害を代償する脳内ネットワークを解明し、そのネットワークの調整に前脳基底部のアセチルコリン作動性神経が関係していることを示しました。
研究グループはパーキンソン病患者の歩行機能、認知機能、頭部磁気共鳴画像法(MRI)構造画像、安静時機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を評価しました。その結果、パーキンソン病患者の歩行障害を代償する機構に、線条体と前頭頭頂ネットワークの機能的結合が関与すること、さらにその機能的結合は注意機能に関係することが知られる前脳基底部の灰白質容積と相関していることを示しました。
本研究はパーキンソン病の歩行障害に対して新たな視点を追加することで、薬物療法やリハビリテーションなどの開発に寄与できると考えられます。
パーキンソン病患者 56 人の高次元歩行データに対して次元削減を行い 3 次元に可視化し、クラスター解析を行った結果(左図)。
画像解析の結果明らかになった、認知機能を用いた歩行の代償機構を担う脳内ネットワークに関係する領域(右図)。
背景
パーキンソン病の歩行障害には多様な神経のメカニズムが関係しています。具体的には、ドパミン欠乏によって線条体が制御する自動的運動パターンの発現障害が生じるため、注意や遂行機能など、従来は認知機能とみなされてきた神経機能が代償的に働いていると考えられています。しかしながら、認知機能を用いた歩行の代償機構を担う脳内ネットワークは解明されていません。
研究グループでは、パーキンソン病患者の認知機能による歩行の代償、代償の破綻による歩行の悪化に関わる神経ネットワーク機構を明らかにすることを目標としました。
研究手法・成果
パーキンソン病患者 56 人を対象に歩行機能、認知機能、頭部磁気共鳴画像法(MRI)構造画像、安静時機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を評価しました。歩行機能は、歩行解析板を用いて歩幅や 1 歩にかかる時間など、合計 29 の評価項目を、通常歩行時(単一課題条件)、注意を認知的課題に向けさせた状態 (二重課題条件)で計測しました。この高次元の計測データを、次元削減のアルゴリズムで 3 次元に変換して可視化し、クラスター解析を行うと、3 つ歩行パターン群(「両課題条件ともに歩行が良い」、「二重課題になると歩行が悪化する」、「両課題条件ともに歩行が悪い」)に分離できることがわかりました。両課題条件ともに歩行が悪い群では他の 2 群に比べて注意機能、遂行機能といった認知機能の低下が認められました。安静時 fMRI の解析では、独立成分分析を用いて脳のネットワークを同定し、脳内ネットワーク間の機能的結合を解析しました。最も歩行状態が悪い群では最も歩行が保たれた群に比べて線条体(特に尾状核)と前頭頭頂ネットワークの機能的結合が悪いことが分かりました。さらにこの機能的結合は、注意機能に関係することが知られる前脳基底部の灰白質容積と相関していました。
このことから、前脳基底部のアセチルコリン作動性神経の障害が前頭頭頂ネットワークと線条体の機能的な結合を調節しており、パーキンソン病患者における認知的な歩行の代償に関係していることが示唆されました。
波及効果、今後の予定
研究グループの知見は、パーキンソン病の歩行障害に対してアセチルコリン作動性神経系を刺激する薬物療法や、注意機能や実行機能を高めるリハビリテーションによって、歩行障害に介入できる可能性を示しています。
今回の研究ではパーキンソン病患者のデータのみを解析しているため、今後は健常者の前頭頭頂ネットワークと尾状核の間の機能的結合が歩行に影響しているかなど評価が必要と考えています。
用語解説
自動的運動:
動きの詳細に注意を向けなくても一連の動作を実行できる運動を指します。例えば、歩行する際に「歩幅を一定に保つ」、「腕を振る」などの動作は、特に意識せずとも自然と実行されている運動ですので、自動的運動の一種と考えられます。
遂行機能:
目的を持った一連の活動を適切に成し遂げるために用いられる認知機能を指します。
安静時機能的磁気共鳴画像法(fMRI):
脳内の神経細胞が活性化すると、その部位を流れる血液の量が増加し、血液中の酸素が変化します。この酸素濃度の変化を反映する信号(ボールド信号)を MRI で観測する手法を機能的磁気共鳴画像法と呼びます。また、特に頭を使う仕事をしていない安静時でも人間の脳では神経活動が行われており、安静時のボールド信号を用いて、脳の機能的結合の解析が行われています。
クラスター解析:
観測されたデータの類似度を計算し、複数のデータを複数の群に分ける手法です。
機能的結合:
脳には機能的に相互にコミュニケーションを取り合う脳領域からなる複雑なネットワークが存在します。物理的に離れた脳領域のボールド信号パターンの関係性を評価することで、領域間の機能的なコミュニケーションの強さを評価することができます。これを脳の機能的結合と呼びます。
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