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「ヒトリンパ管発生過程」-No.316




ヒトリンパ管発生過程の解明




  • ヒト胚でどのようにリンパ管ができていくのかを解明

  • ヒトリンパ管の臓器ごとの多様な発生や静脈とリンパ管の接合部(静脈角)の発生過程を解析

  • ヒトとマウス胚では、リンパ管発生のスピード(時間経過)が全く異なる




概要


 三重大学医学部医学科 5 年 山口翔一郎、4 年南出夏葵、三重大学大学院医学系研究科 修復再生病理学 研究科内講師の丸山和晃らは病理診断の残余検体に含まれるヒト胚を集積し、ヒトでリンパ管がどのように形成されるのかを解明しました。


 研究グループはこれまでも、マウスを使用し、リンパ管の由来が体の上部(頭頸部から縦隔)と下部で異なり、この由来の違いがヒトでの先天性の脈管疾患の原因となっている可能性などを報告してきました。しかし、リンパ管の発生や生理的な役割は種差が非常に大きく、ヒトで実際にリンパ管がどのように形成されるのか、マウスの知見がそのままヒトに適応できるのかどうかは解明すべき問題でした。


 本研究開発課題では、3〜8 週の胚と 9 週の胎児標本を使用し、①リンパ管が魚類・マウスと同様に静脈内皮細胞の分化転換で形成される事や、②体上部リンパ管が体幹部のリンパ管と比較し、非常にゆっくりと発生すること、③静脈角が初期リンパ管(リンパ嚢)と総主静脈の結合部にリンパ管と静脈を境界する弁が形成され形成される事、④様々な臓器ごとにリンパ管がどのように多様な分布を獲得するのかを明らかにしました。


 本研究で、ヒトでのリンパ管初期発生が明らかになり、リンパ管の進化・発生、リンパ管関連疾患(リンパ浮腫、肥満、心血管疾患、クローン病、先手性脈管奇形など)の病態解明に役立つことが期待されます。




背景


 リンパ管は全身に分布する脈管(動脈、静脈、毛細血管など)の 1 種で、免疫機能や浮腫に関わる重要な器官です。最近では、これまで存在が明らかでなかった脳や骨にもリンパ管が分布する事がわかり、新たな治療標的としても着目されています。


 リンパ管がどのように形成されるのかは、1 世紀以上に渡って議論の続いている問題です。ゼブラフィッシュやマウス胚を用いた遺伝的細胞系譜解析からリンパ管内皮細胞(lymphatic endothelial cells:LECs)は、静脈内皮細胞がリンパ管発生のマスター転写因子である Prox1 を発現し、分化転換する事で発生する事が明らかになりました。

一方で、筆者らは頭頸部・縦隔領域では、LECs が第一・第二鰓弓に由来する未分化な中胚葉系細胞(心臓咽頭中胚葉)からも生じる事を明らかにしており、LECs の由来が解剖学的な部位により異なる事で、脈管疾患が頭頸部や縦隔領域に好発すると考えています。


 リンパ管は硬骨魚類から存在しますが、その解剖・発生・生理的な役割は種による差が大きい事が知られています。また、先天性疾患を考える上では、発生の速度(マウスは約 20 日間の妊娠期間、ヒトでは 280日)が感染・遺伝的・エピジェネティックな影響の受けやすさを規定している可能性もあります。そのため、魚類やマウスモデルで得られた知見がそのままヒトに適応できるのかどうかは議論があり、ヒトでの発生過程を知る必要がありました。そこで筆者らは、病理診断の残余検体中に含まれるヒト胚を集積し 31 個体のヒト胚(3~8 週)と 3 個体の 9 週胎児を用いて、様々なリンパ管マーカーを駆使する事で、リンパ管初期発生過程や各臓器へのリンパ管分布状況を解析しました。




研究内容


静脈に由来するリンパ管内皮細胞


 リンパ管は、遺伝子を改変したゼブラフィッシュやマウス胚の実験から、主に静脈内皮細胞の分化転換により形成されると考えられてきました。つまり、胎生期に存在する総主静脈(後に上大静脈や冠静脈洞を形成する)内皮細胞にリンパ管への分化に必須の転写因子(Prox1, Coup-TFII, Sox18)が発現し、リンパ管内皮細胞(LECs)へと分化転換し全身へ分布しながら成熟します。筆者らは、ヒト発生のステージCarnegie Stage (CS) 12(受精後約 30 日)で総主静脈内皮細胞に、Coup-TF2, Prox1 が発現しLECs が生じる事を明らかにしました。CS13 でこの LECs は、体幹部後方へと分布を広げつつ、徐々に毛細リンパ管網を形成し、CS16 では体幹部に管腔構造を有するリンパ嚢(初期リンパ管)の形成を認めました。

 

鰓弓に由来するリンパ管は発生がゆっくりと進む


 筆者らがマウス胚で同定した心臓咽頭中胚葉に由来すると考えられる鰓弓内の LECs は、CS14-15 付近で出現していました。この鰓弓に由来する LECs は将来的に頭頸部や縦隔領域(体上部)のリンパ管を形成しますが、この領域で管腔構造が認められたのは、CS23〜9 週付近でした。つまり、頭頸部領域のLECs は管腔構造を形成するまでに数週間もの間、LECs が孤在性にあり(管腔構造が少なく)、発生が非常にゆっくりでした。一方で肺や腸間膜のリンパ管は時間経過とともに LECsの数、管腔構造を持つリンパ管の数が増えていました。

 先天性の脈管疾患は頭頸部領域に好発する事が知られていますが、この頭頸部領域でのゆっくりとしたリンパ管発生が、疾患の発生や感受性に何らかの影響を与えているのかもしれません。脈管奇形で頻度の高い遺伝子変異がどの発生の時期に生じるのかが疾患の重症度や広がり、表現型を規定する可能性が示唆されます。

 

Lympho-Venous Valve の形成


 リンパ管は、鎖骨下静脈と内頸静脈の分岐部に合流します。この部分(静脈角)には血液がリンパ管に逆流する事を防ぐ弁構造(Lympho-Venous Valve)が存在します。今回の研究では、この LymphoVenous Valve の発生過程も明らかになりました。

 総主静脈から出芽したLECs は CS16 でリンパ嚢(初期の径の大きなリンパ管)を形成します。CS18 では、このリンパ嚢と総主静脈の接合部には、疎な内腔面への盛り上がりを認め、この膨隆部はステージが進むごとに、整った弁構造を形成し、CS21〜9 週で整った形状の lympho-venous valve を形成している事がわかりました(図 1)。




臓器ごとのリンパ管


 本研究では心臓、肺、腎臓、腸間膜・腸管、顔面などのリンパ管発生の概略を明らかにしました。一方で今回の解析で用いた器官形成期(3〜8 週)胚と 9 週胎児では脊髄・脳周辺や実質内に LECs やリンパ管を認めませんでした。

 ヒトとマウスのリンパ管発生の比較表とヒトリンパ管、Lympho-venous valves 発生のまとめ図を掲載しました(図 2)。





今後の展望


 今回の研究では、①リンパ管が魚類・マウスと同様に静脈内皮細胞の分化転換で最初に形成される事、②体上部リンパ管が体幹部のリンパ管と比較し、非常にゆっくりと発生すること、③Lympho-venousvalve(静脈角)が初期リンパ管(リンパ嚢)と総主静脈の境界に形成される事、④様々な臓器ごとにリンパ管がどのように多様な分布を獲得するのかが明らかになり、ヒトのリンパ管関連疾患(リンパ浮腫、肥満、心血管疾患、クローン病、先手性脈管奇形など)を理解する上での基盤知見となったと考えます。




用語解説


遺伝的細胞系譜解析:

細胞に目印をつけ(例えば、GFP など)、その細胞の分化課程を追跡する技術。

 

心臓咽頭中胚葉(Cardiopharyngeal mesoderm; CPM):

近年新たに定義された中胚葉領域。側板中胚葉や沿軸中胚葉が咽頭胚期(発生の特定の時期)に咽頭中胚葉で混ざり合い形成される。この中胚葉領域に異常が起こると顔面と心臓の先天性疾患(例えば DiGeorge 症候群)が起こると考えられている。

 

先天性脈管奇形:

例えば特定難治性疾患の巨大リンパ管奇形(頸部顔面病変、指定難病 279)、巨大静脈奇形(頸部顔面病変、指定難病 280)など

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