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「ヒト胎児の肺における免疫細胞の発生・成熟と、免疫応答以外の新たな役割」-No.278




ヒト胎児の肺における免疫細胞の発生・成熟と、免疫応答以外の

新たな役割を解明

~世界初、免疫細胞がヒト肺組織の発生を誘導するメカニズムを明らかに~

呼吸器疾患の病態解明・再生医療への応用に期待




 東京慈恵会医科大学内科学講座呼吸器内科の吉田昌弘助教(University College London 研究員)は、英国 University College London の Dr. Marko Nikolić、英国 Wellcome Sanger Institute のDr. Kerstin Meyer らと共同で、ヒト胎児の肺における免疫細胞が器官形成とともに発生・成熟するプロセスを詳細に解析し、また組織幹細胞との相互作用で気道形成を誘導するメカニズムを明らかにしました。


 本研究成果は、ヒトの肺の免疫細胞の起源を世界で初めて 1 細胞レベル・分子レベルで詳細に解析したものであり、肺発生の過程において免疫細胞と上皮細胞との相互作用がこれまでに考えられていたよりもはるかに早期から行われ、肺の発育に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。


 呼吸器疾患の病態解明や、損傷した肺組織の再生医療へ向けた応用が期待されます。




研究の背景


 気道は直接外界と接し周囲の環境中の汚染物質や感染に晒されており、出生後は気道の生体防御機構により、内部環境の恒常性が維持されています。気道に常在する免疫細胞が担う免疫システムは、生体の主要な粘膜免疫機構の 1 つです。胚発生の過程で、それぞれの組織に常在する免疫細胞系が確立され、出生後および生涯にわたる免疫システムの基盤が構築されます。しかし、このような気道の免疫システムが、ヒト胎児の肺においてどのように発生し、また気道や肺といった臓器の発生や再生に関与しているかは明らかになっていませんでした。




研究手法と成果


 そこで研究チームは最先端のシングルセル・マルチオミクス解析(1)、T 細胞受容体・B 細胞受容体レパトア解析、免疫組織化学染色、およびフローサイトメトリーなどの手法を用いて、胎生 5週から 22 週齢のヒト胎児の肺における免疫細胞を詳細に解析しました。

さらにヒト胎児の肺から分離した組織幹細胞からオルガノイド培養(2)を構築し、免疫細胞から分泌されるサイトカインが気道上皮細胞への分化を誘導するメカニズムを解明しました。


本研究から得られた主要な成果は以下のとおりです:


  1. 免疫細胞は胎生 5 週には肺内に存在し、特に自然免疫細胞が早期に肺に流入することが分かりました。このうち、自然リンパ球やナチュラルキラー細胞、マクロファージは、胎児肺において活発に増殖しており、他の臓器に比較してより豊富に存在することが分かりました。

  2. 獲得免疫を担う B 細胞リンパ球の成熟は、従来胎児の主要な造血器官である骨髄を中心に行われると考えられていました。しかし本研究では胎児の肺において B 細胞への分化の過程にある全ての細胞種が同定されました。つまり、B 細胞の成熟が胎児の肺内で局所的に起こることが示唆されました。

  3. 一方 T 細胞リンパ球の成熟は肺内では生じず、胸腺などの器官で成熟した後に肺内に流入することが分かりました。

  4. マクロファージや樹状細胞は発生中の気道の先端に位置する SOX9+幹細胞(3)の近傍に存在し(図1)、IL-1β などのサイトカインを分泌することがわかりました。SOX9+幹細胞から作成したオルガノイドを IL-1β で刺激することにより、気道の上皮細胞への分化が促進されることが分かり、これらの免疫細胞が上皮細胞との相互作用により気道形成に関与することが示されました。

  5. 本研究で構築された胎児肺における免疫細胞 77,559 個のシングルセル・マルチオミクス解析結果は一般に公開されており、今後の発生学、免疫学や呼吸器疾患の解析に有用なリソースとして利用可能となっています。

 

以上の結果は、発育中の胎児の肺組織と免疫細胞との共生関係があることを示しています。一部の免疫細胞は肺組織を発育のための微小環境として利用し、出生時における病原体への応答に備える一方、他の免疫細胞は肺組織を形作るのに役立っています。免疫細胞が発育中の肺内の組織構築に影響を与える可能性があることを知ることは、肺だけでなくヒト臓器における再生療法の可能性を開くものと期待されます。


図 1 ヒト胎生 8 週の肺組織における気道

   幹細胞とマクロファージ


気管が形成される胎児肺組織において、CD206+マクロファージ(緑)は SOX9+幹細胞(マゼンダ)の近傍に存在し、気道幹細胞の分化に関与する。(発表論文より引用)










脚注、用語説明


(1) シングルセル・マルチオミクス解析

近年、シングルセル解析と呼ばれる単一細胞レベルでトランスクリプトーム(RNA の種類と発現量)や細胞表面マーカー(タンパク質)などの情報を同時に計測する技術が発展しており、正常な組織内における細胞の多様性、細胞の運命追跡など様々な分野において重要な発見に寄与している。


(2) オルガノイド培養

オルガノイド(Organoid)とは試験管や培養皿などの中で、ヒトの臓器(Organ)の一部を再現した構造の総称で、幹細胞を特定の条件下で培養することで作成される。幹細胞の持つ自己複製能や分化能を利用することで、従来の 2 次元培養法よりも解剖学的・機能的に生体内の器官に近い 3 次元の組織様構造として培養することが可能となっている。病態解明や薬効、創薬、再生医療など様々な解析に応用されている。


(3) SOX9+幹細胞

肺は、肺芽と呼ばれる突起から先端部が枝分かれを繰り返して伸長し、気管支や肺胞に分化していく。主に遠位端部に気管支や肺胞を構成する全ての細胞に分化可能な幹細胞が集中しており、自己複製を繰り返しながら伸長していく一方で、一部が気道を構成する細胞に分化していく。SOX9(SOX9 は SRY-box9 の略)を発現していることで他の分化した細胞と識別することが可能である。


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