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「ヒト胎児の骨盤の性差は一次骨化が開始する受精後9週には既に存在する」-No.364




ヒト胎児の骨盤の性差は一次骨化が開始する受精後9週には既に存在する




概要


 ヒトの骨盤には思春期以降、明確な性差が認められます。しかし、出生前の胎児期における骨盤の性差については、見解が一致していません。ヒトの骨盤は、軟骨原基が骨組織に置き換えられる軟骨内骨化によって形成されます。これまでの胎児期の性差の検討は、軟骨組織から骨組織への置き換え(一次骨化)がある程度進んだ、受精後 20 週以降が主に対象とされ、一次骨化が開始する受精後 9 週から対象とした解析はありませんでした。


 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 金橋 徹 助教、高桑徹也 同教授、山田重人 同教授、同大学情報学研究科情報学専攻 今井宏彦 助教、滋賀医科大学医学部附属病院臨床研究開発センター 松林潤 特任助教、島根大学医学部解剖学講座 大谷 浩 教授(現:島根大学学長)らのグループは、京都大学医学研究科附属先天異常標本解析センター及び島根大学医学部解剖学講座が所蔵する、受精後 9 週から 23 週に相当する頭殿長 50~225mm のヒト胎児標本 72 体の MRI 画像を取得し、様々な部位の計測と重回帰分析を行なって性差を検討しました。


その結果、骨盤上口の前後径、恥骨下角、および坐骨棘間径と大骨盤横径の比に性差が認められました。従来考えられてきた時期よりも早く、一次骨化の開始期には既に骨盤に性差が存在することを示唆する本研究結果は、ヒト胎児骨盤の形態が男女で異なることを理解する上で重要な知見を提供するものです。





背景


 思春期以降のヒトの骨盤に性差が見られることは広く知られています。では、具体的にいつからその性差が現れるのでしょうか。この点について、多くの研究者が興味を持ち、解析に取り組んできました。しかしながら、これまでの研究成果をみますと、ヒト胎児骨盤の性差の有無については意見が分かれています。さらに、これまでの研究は、主に受精後 20 週以降の胎児を対象としており、20 週以前を対象とした解析は十分ではありませんでした。そのため、私たちは、外性器の肉眼観察から胎児の性別を判定できる最も早い時期であり、一次骨化が開始する受精後 9 週(頭殿長[注 1] 50mm )からのヒト胎児標本を対象として、骨盤の性差を検討することにしました。




研究手法・成果


 本研究はヒト胎児標本の MRI 画像を取得した後、画像解析ソフトを用いて骨盤の立体像を作成しました(図1)。ヒト胎児標本は、京都大学医学研究科附属先天異常標本解析センターと島根大学医学部解剖学講座が保有する標本群を使用しました。この標本群は、世界最大規模の研究リソースとして知られており、その利用については京都大学大学院医学研究科・医学部及び医学部附属病院医の倫理委員会の承認のもとで研究が行われています。


 ヒト胎児の性別は外生殖器の肉眼観察から判定しました。肉眼観察を用いた正確な性別判定は、頭殿長50mm の大きさの胎児から十分に可能です。

本研究では、頭殿長が 50mm から 225mm までのヒト胎児標本72 体(男児;34 体、女児;38 体)の MRI 画像を、前臨床用 7T 及び臨床用 7T、3TMRI 装置を用いて取得しました。作成した骨盤の立体像から、解剖学的特徴をもつ2点間の距離や角度を 21 か所測定しました。また、距離のデータを用いて計 20 個の比を算出しました。これらの計測結果と重回帰分析を用いて性差を検討しました。


その結果、骨盤上口の前後径、さらに骨盤上口の前後径に対する横径の比や、恥骨下角、大骨盤の横径(腸骨稜間距離、上前腸骨棘間距離)に対する坐骨棘間距離の比に有意な性差が確認されました(図 2)。本研究成果から、これまでの報告よりも早い一次骨化が開始する受精後9週から、既にヒト胎児の骨盤には性差が存在することが示唆されます。


図 1. 本研究の概要図

重回帰分析の男女の有意水準は 5%に設定した. 角度, 比は頭殿長 100mm を境界として、small グループと large グループに分けて重回帰分析を行った.



図 2. 性差が確認できた計測部位の散布図と立体像

a) 骨盤上口 前後径. 青線, 男児の回帰直線;赤線, 女児の回帰直線.

b) 骨盤上口 横径/前後径.

c) 恥骨下角.

d) 坐骨棘間径/大骨盤横径.

, 各 small, large グループの男児の予測値

, 各 small, large グループの女児の予測値.




波及効果、今後の予定


 本研究成果は、ヒト骨盤の性差に関する理解に大きく貢献し、さらに骨盤形成の男女の違いについて、発生学や人類学などの様々な領域に新たな視点をもたらすことが期待されます。

今回の検討では、なぜ一次骨化開始期から既に性差が存在するのかについては明らかにできていません。また、本研究は骨盤のみに着目しましたが、同時期の骨盤以外の骨格系にも既に性差がみられるかもしれません。ヒトの形態形成をより深く本質的に理解するために、今後も解析を継続していく必要があります。




研究者のコメント


 本研究では、一次骨化が開始する受精後9週以降の希少なヒト胎児標本と、正確に立体情報を把握できる高解像度 MRI 画像を取得できたことで、従来では検討できなかった胎児期初期のヒト骨盤を検討し、性差の存在を証明することができました。

本成果で得られた新しい知見は、「胎児期のヒトの骨盤では、性差は十分には分からない」と考えられてきた、これまでの定説を覆すという点で大きな価値を持つと考えます。

(金橋 徹)




用語解説


注1. 頭頂部から臀部下部までの直線の長さ

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