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「ビタミンB投与がパーキンソン病治療につながる可能性 ~腸内細菌叢解析から解明」-No.369




ビタミンB投与がパーキンソン病治療につながる可能性

~腸内細菌叢解析から解明~







発表のポイント


1.日本・アメリカ・台湾・中国・ドイツの 5 か国、合計 6 つのショットガンメタゲノム*1

  データを用いてパーキンソン病*2患者の腸内細菌叢のメタ解析*3を行った。


2.パーキンソン病患者では、リボフラビン*4(ビタミン B2)とビオチン*5(ビタミン B7)合成

 酵素に関連する細菌遺伝子が減少していることを解明した。


3.便中代謝産物分析により、パーキンソン病患者では腸内短鎖脂肪酸*6とポリアミン*7が減

 少していることを解明した。


4.リボフラビンとビオチン合成酵素に関連する細菌遺伝子と腸内短鎖脂肪酸とポリアミンの

 間に正相関があることを解明した。


5.リボフラビンとビオチンの補充療法がパーキンソン病患者の治療として有効である可能性

 を示した。




要旨


 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科神経遺伝情報学・西脇寛助教、医学系研究科医療技術学専攻病態解析学・上山純准教授の研究グループは、名古屋学芸大学管理栄養学部・大野欽司教授、中部大学生命健康科学部・平山正昭教授、岡山脳神経内科クリニック・柏原健一院長、岩手医科大学神経内科老年科学・前田哲也教授、福岡大学脳神経内科学・坪井義夫教授との共同研究で、日本・アメリカ・台湾・中国・ドイツのパーキンソン病患者のショットガンメタゲノムデータを用いて腸内細菌叢のメタ解析を行い、ビタミン B の生合成酵素に関連する腸内細菌遺伝子がパーキンソン病患者で減少していることを明らかにしました。これまでにパーキンソン病患者のショットガンメタゲノム腸内細菌叢解析が 8 報の論文に報告されてきました。しかし、健常人においても腸内細菌叢は国ごとに大きく異なることから国を超えてパーキンソン病と関連のある腸内細菌・細菌遺伝子・代謝経路を同定することは困難でした。


本研究チームは、パーキンソン病患者の協力を得て腸内細菌叢解析を行いました。次に、国を超えて腸内細菌叢を統合解析するメタ解析を用いて、過去に報告されたアメリカ・台湾・中国・ドイツの 4 か国のパーキンソン病患者の腸内細菌叢と合わせてメタ解析を行いました。メタ解析の結果から、パーキンソン病患者でリボフラビンとビオチン合成酵素に関連する細菌遺伝子が減少していることがわかりました。また、便中代謝産物分析を行い短鎖脂肪酸とポリアミンが減少していることがわかりました。さらに、リボフラビンとビオチン合成酵素に関連する細菌遺伝子と腸内短鎖脂肪酸とポリアミンの間に正相関があることがわかりました。


以上の研究結果から、リボフラビンとビオチンの補充療法がパーキンソン病患者の治療として有効である可能性が示唆されました。


本研究の成果は、パーキンソン病の病態の解明と新規治療法開発につながることが期待されます。




背景


 パーキンソン病は、中脳の黒質に存在するドパミン産生細胞に、α-シヌクレインというタンパク質が異常に凝集してレビー小体を形成することで引き起こされます。このα-シヌクレイン凝集体は、腸管神経叢から始まり、迷走神経を通じて中脳黒質に達すると考えられています。これにより、正常なα-シヌクレインも異常に凝集し始め、病気が進行します。


パーキンソン病の初期症状として、便秘、レム睡眠行動障害*8、うつ病などが運動症状の出現よりも前に起こることが知られており、これらはα-シヌクレインの異常な伝播に関連している可能性があります。以前の研究で、パーキンソン病患者の腸管にα-シヌクレイン凝集体が多く見られることがわかっています。また、パーキンソン病患者では腸管透過性が上昇することを本研究チームとドイツのグループが以前に報告をしました。


本研究チームは以前の研究で、16S rRNA シークエンシング*9 による 5 か国のデータを使ったメタ解析により、ムチン分解菌である Akkermansia の増加と短鎖脂肪酸産生菌であるRoseburia と Faecalibacterium の減少がパーキンソン病において国を超えて認められることを明らかにしました。しかし、16S rRNA シークエンシングでは属*10 レベルでの細菌の同定にとどまっており、腸内細菌の遺伝子レベル・代謝経路のレベルでの解析は行えないのが現状です。


そこで、ショットガンメタゲノム解析から腸内細菌の遺伝子レベルの解析を行い、パーキンソン病で機能が亢進または低下している代謝経路の同定を試みました。パーキンソン病患者のショットガンメタゲノム腸内細菌叢研究が 8 件報告されており、これらの中から利用可能なショットガンメタゲノムデータをダウンロードし、本研究チームが収集した便サンプル由来のショットガンメタゲノムデータと合わせてメタ解析を行いました。




研究成果


 今回の解析の結果、腸内に存在する微生物種の多様性を測る指標であるα多様性がパーキンソン病患者で増加していました。16S rRNA シークエンシングを用いたメタ解析の結果と同様に、Akkermansia muciniphilla がパーキンソン病患者で増加し、Roseburia intestinalis と Faecalibacterium prausnitzii が減少していました。

経路分析では、リボフラビンとビオチンの生合成に関わる遺伝子が、パーキンソン病患者で顕著に減少していることが示されました。炭水化物活性酵素*11 の 6 つのカテゴリーのうち 5 つがパーキンソン病で減少していました。本研究チームの便サンプルを使った便中代謝物分析により、腸内短鎖脂肪酸とポリアミンが減少していることがわかりました。さらにリボフラビンおよびビオチンの生合成に関与する遺伝子量と腸内短鎖脂肪酸およびポリアミンの濃度が正相関することがわかりました(図1)。日本、アメリカ、ドイツでリボフラビンとビオチンの生合成が減少した原因となった細菌群は、中国、台湾のそれとは異なっていました。




 本研究の要約と推察される経路を図 2 に示します。本研究結果と以前の研究から次のような推測が導かれます。短鎖脂肪酸とポリアミンの減少は粘膜層の薄化を引き起こし、それが腸の透過性を増加させます。実際に、パーキンソン病において腸の透過性は増加していることがわかっています。増加した腸の透過性は、腸の神経叢が農薬、除草剤、その他の毒素にさらされる可能性を高め、α-シヌクレインの異常な凝集を引き起こします。さらに、短鎖脂肪酸とポリアミンは M2 マクロファージ*12の分化を促進し、相対的に M1 マクロファージ*12を減少させ、その欠乏は神経炎症を誘発します。


したがって、パーキンソン病における腸内細菌叢の異常が腸内の短鎖脂肪酸とポリアミンの生産減少を引き起こし、腸内のα-シヌクレイン形成と神経炎症を促進すると予想されます。





今後の展開


 腸内細菌叢の異常がパーキンソン病において重要な役割を果たしている一部のパーキンソン病患者において、リボフラビンとビオチンの補給が有益である可能性を示しました。


さらに、パーキンソン病の病態の解明と新規治療法開発につながることが期待されます。




用語説明


*1) ショットガンメタゲノム

ショートリードの次世代シークエンサーを用いて、DNA の塩基配列を大量かつ迅速に読み細菌の機能遺伝子を網羅的に解析する手法。


*2) パーキンソン病

運動緩慢が出現し、固縮もしくは静止時振戦がみられる神経変性疾患。高齢になるほど発症しやすく、70 歳以上では 100 人に一人が発症するとされている。


*3) メタ解析

過去に行われた複数の研究結果を統合し,より信頼性の高く普遍性のある結果を得るための統計的解析手法。


*4) リボフラビン

ビタミン B2 とも呼ばれる水溶性のビタミンで、体内でのエネルギー産生に重要な役割を果たしています。特に、炭水化物、脂肪、タンパク質をエネルギーに変換する過程において必要とされます。


*5) ビオチン

ビタミン B7 とも呼ばれる水溶性のビタミンで、脂肪、炭水化物、タンパク質の代謝とエネルギー生成に不可欠な役割を果たしています。身体内での遺伝子の発現調整や神経系の機能維持にも関与しています。


*6) 短鎖脂肪酸

腸内細菌が食物繊維を消化する際に、ヒトの場合、酢酸、プロピオン酸、酪酸が産生され、これらを短鎖脂肪酸と呼ぶ。短鎖脂肪酸はエネルギー源として利用されるとともに、異常な免疫応答を抑制するなどの生体調節機能を有している。


*7) ポリアミン

プトレプシン、スペルミン、スペルミジンなどの有機化合物で、すべての生物細胞に存在し、多くの生理的プロセスに重要な役割を果たしています。腸内細菌叢のバランスを安定化させ、腸のバリア機能を強化し、免疫機能を調整することで、炎症を抑制する。


*8) レム睡眠行動障害

レム睡眠時に全身の筋肉の弛緩が起こらないために、夢の中での行動がそのまま現実の行動となって現れる疾患。大声で寝言を言ったり、腕を上げて何かを探すしぐさをしたり、殴る、蹴るなどの激しい動作がみられる。一部が、パーキンソン病等に移行する。


*9) 16S rRNA シークエンシング

細菌の同定と分類に広く使用される分子生物学的手法。細菌ゲノムに存在する 16S リボソーム RNA(rRNA)遺伝子をターゲットにする。16S rRNA 遺伝子は約1,500 塩基対の長さで、進化的に保存された領域と可変領域から構成されており、これを利用して異なる微生物種を識別することができる。


*10) 

生物学・分類学において、界・門・綱・目・科・属・種に細分化される。16S rRNA シークエンシングでは属レベルまで細菌を分類可能であり、ショットガンメタゲノムでは種レベルまで分類可能である。


*11) 炭水化物活性酵素

炭水化物の合成、分解、および修飾に関与する一群の酵素。これらの酵素は、生物が炭水化物を利用してエネルギーを生成したり、細胞壁や他の構造的要素を形成・変更したりするのに不可欠である。


*12) M1/M2 マクロファージ

免疫系の中で重要な役割を果たすマクロファージの二つの主要な活性化状態を表す。M1 マクロファージが炎症反応を示し、M2 マクロファージが抗炎症反応を示す。これらは、マクロファージが環境のシグナルに応じてどのように異なる機能を持つかを示すモデルであり、柔軟な適応応答を可能にする。

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