ビタミンDの骨格筋に対する新たな作用を発見
―ビタミンD欠乏が骨格筋内の脂肪蓄積を促進する可能性―
研究成果のポイント
1.骨格筋に内在する間葉系前駆細胞でビタミンD受容体(VDR)が高発現していることを発見
2.ビタミンDが間葉系前駆細胞の脂肪細胞への分化を抑制することを証明
3.ビタミンD欠乏やビタミンDシグナルの阻害により、骨格筋内に脂肪が蓄積することを動
物モデルで実証
4.高齢者の骨格筋にみられる脂肪蓄積(霜降り肉のような状態)にビタミンD欠乏が関与する
可能性を提示
概要
国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典。以下「国立長寿医療研究センター」)運動器疾患研究部の細山徹副部長を代表とする研究グループは、同センターのロコモフレイルセンターおよび整形外科部、国立大学法人名古屋大学(愛知県名古屋市)、国立大学法人東京大学(東京都文京区)、松本歯科大学(長野県塩尻市)、医療創生大学(福島県いわき市)、国立大学法人九州大学(福岡県福岡市)との共同研究で、ビタミンDが骨格筋内に蓄積する脂肪組織の起源である間葉系前駆細胞(MPs)の脂肪細胞への分化を抑制すること、ビタミンD欠乏が骨格筋内の脂肪蓄積を促進する可能性があること、などを遺伝子組換えマウスや培養細胞などを用いて明らかにしました。
本研究は、高齢者の骨格筋で観察され筋質低下を導く異所性脂肪(IMAT)形成にビタミンDが関与する可能性を示したはじめての報告です。
筋質低下は高齢者疾患であるサルコペニア(骨格筋減弱症)との関連性が指摘されていることから、本研究の成果はサルコペニアの病態生理解明や新しい予防・治療法の開発につながると期待されます。
研究の背景
加齢に伴う骨格筋減弱症であるサルコペニアは、超高齢社会を迎えた我が国において喫緊の対策課題です。しかし、サルコペニアの詳しい病態生理は明らかになっておらず、本疾患の予防や治療の標的となる分子も同定されていません。
高齢者の骨格筋では、健康な若者にはない異所性の脂肪蓄積が見られます(図1)。この骨格筋内脂肪蓄積(IMAT)※1は、「筋質の低下」を引き起こすことから、近年サルコペニアとの関わりが指摘されています。すなわち、IMATの形成機構が明らかになれば、サルコペニアの病態生理解明や新しい予防・治療法の開発に結び付きます。
研究の内容
研究グループは、筋細胞とそれ以外の骨格筋構成細胞とでビタミンD受容体(VDR)の発現を比較し、IMATの起源である間葉系前駆細胞(Mesenchymal Progenitor Cells: MPs)※2においてVDRが高発現していることを見出しました(図2)。このことは、非筋細胞であるMPsがビタミンDの新しい標的細胞であることを示唆しています。
つぎに、マウス骨格筋から単離したMPsを用いて脂肪分化に対するビタミンDの作用を検討しました。その結果、ビタミンDが転写因子Runx1の発現制御を介してMPsの脂肪細胞への分化を抑制することがわかりました(図3)。これらの結果は、ビタミンDが従来から標的とされてきた筋細胞(筋線維)※3だけでなく別の骨格筋構成細胞にも作用し、その働きの一つがMPsの脂肪細胞分化の抑制であることを示しています。
さらに研究グループは、(1)ビタミンD欠乏飼料を与えた野生型マウス、(2)MP特異的にVDRを欠損したコンディショナルノックアウトマウス※4、の2種類の動物モデルを用いて、ビタミンD欠乏やMPにおけるビタミンDシグナルの阻害がIMAT形成に関与する可能性について検証しました。その結果、ビタミンD欠乏飼料を与えた老齢マウスと、腱切除により筋萎縮を誘導したMP特異的VDR欠損マウスにおいてIMAT形成が確認されました(図4)。これらの結果は、ビタミンD欠乏やビタミンDシグナル阻害が骨格筋内の脂肪蓄積に関与することを強く示唆しています。
研究成果の意義
IMATの形成は筋質低下を導く極めて重要な要因であり、その機構解明はサルコペニアに対する予防法や治療法の開発に結び付きます。今回、私たちの研究グループは、培養細胞と動物モデルを用いた検証からIMAT形成におけるビタミンDの重要性とその作用機序の一端を明らかにしました。高齢者においてビタミンDが不足しがちになることは広く知られており、本研究により、高齢者のIMAT形成やサルコペニア発症にビタミンD不足が深く関与する可能性が示されました(図5)。
今後ヒトでの詳細な検証が必要ではありますが、本研究の成果は骨格筋恒常性維持におけるビタミンDの新たな一面を提示しており、サルコペニアの予防法や治療法の開発に向けた重要な知見となることが期待されます。
用語解説
※1:Intramuscular Adipose Tissueの略語。高齢者や筋原性・神経原性疾患患者の骨格筋内には霜降り肉のように脂肪組織が異所性に蓄積することがあり、筋質の低下と深い関わりがあるとされます。
※2:間葉系前駆細胞(MPs)は、Fibro/Adipogenic Progenitor(FAP)とも呼ばれ、筋線維間の隙間(間質)に存在しPDGFRaなどの細胞表面マーカーを発現している単核の細胞です(Uezumi et al., Nat Cell Biol. 2010)。ふだんは支持細胞として骨格筋の恒常性維持に寄与しますが、特殊な条件下では脂肪細胞や骨細胞などに分化する多分化能を有しています。近年、高齢者の骨格筋に出現する異所性の脂肪組織(IMAT)の起源であることが示されていますが、生体内における脂肪分化の制御機構は明らかになっていません。
※4:コンディショナルノックアウトマウスは、標的とする遺伝子を特定の細胞で特定の時期に欠損あるいは発現するようにした遺伝子組換えマウスのことです。本研究では、ビタミンD受容体遺伝子(Vdr)を成体の間葉系前駆細胞でのみ欠損させたVdrMPcKOマウスを新たに作出し実験に用いました。
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