ポリープの大腸がん化に腸内細菌が関係していた
-家族性大腸腺腫症(FAP)から知る大腸がん発生のメカニズム-
発表のポイント
1.家族性大腸腺腫症注1(略 FAP:遺伝性疾患で大腸にポリープが100個以上できる病気)
患者の腸内細菌を解析することで、ポリープ(前がん病変)が大腸がんになる際の変化を
発見(図1)
2.大腸がんは、腸内細菌の種類に大きな変動があったときに発生していた
3.「徹底的ポリープ摘除術注2」を経時的に行うことで、FAP患者の腸内環境の特定・解析
が可能に
4.この変化は、FAP患者以外の一般の方においてもポリープから大腸がんに至る過程を反
映していると考えられることから、腸内細菌改善による大腸がん予防に応用できる可能性
概要
大阪大学大学院医学系研究科の谷内田真一教授と東京工業大学生命理工学院の山田拓司准教授、京都府立医科大学の石川秀樹特任教授、国立がん研究センター中央病院の斎藤豊内視鏡科長らの研究グループは、家族性大腸腺腫症(FAP)に特徴的な腸内環境を明らかにし、ポリープから大腸がんに至る腸内細菌変動を明らかにしました。
FAPはまれな遺伝性疾患で、大腸にポリープが100個以上でき、いずれはポリープががん化する病気です。標準的な治療法は20歳代で大腸(亜)全摘術注3を行うことですが、手術後は頻回な水様便、脱水など併発症があります。
研究グループは、大腸(亜)全摘術に代わる治療法として、定期的(4~12ヶ月ごと)に内視鏡を用いてポリープを徹底的に切除する「徹底的ポリープ摘除術」を開発し、臨床試験を行ってきました(図2)。
他方、これまでFAPの腸内環境は明らかになっていませんでした。FAPのポリープはがん化することが多いため、経時的に腸内環境を観察することができれば、「ポリープからがん」になる過程を「短いタイムスパン」でとらえることが出来ます。
今回、研究グループは、徹底的ポリープ摘除術を受けたFAP患者さんを対象に、経時的に腸内環境を観察しました。その結果、腸内細菌の種類に大きな変動がある時に発がんすることを解明しました。
この変化は、FAP患者に限らず一般の人でも同様に当てはまるものであると考えられることから、腸内細菌叢を経時的に観察することで大腸がん予防が期待されます。
背景
大腸ポリープは多くの方が持っている病気です。大腸ポリープは長い年月(約10~20年)を経て大腸がんになることが知られています(大腸多段階発がんモデル注4)。したがって、ポリープが大腸がんになる腸内環境をとらえるためには長い年月が必要でした。
FAPのポリープは短期間でがん化することが多いため、経時的に腸内環境を観察することで「ポリープからがん」になる過程を「短いタイムスパン」でとらえることが出来ます。
また、大腸がんの発がんには環境要因も作用します。たとえば、双子のFAP患者さんでは、ポリープの数や発がん時期は異なります。これは環境因子(食生活、タバコ、アルコールなど)による影響と考えられています。FAPの大腸がんと一般的なポリープから大腸がんができる遺伝子異常は同じですので、FAP患者の環境因子(腸内細菌など)を調べることで、大腸がんになりやすい腸内環境の理解が深まります。
研究内容
研究グループは、希少な遺伝性疾患FAPのうち大腸(亜)全摘術を受けていないFAP患者さんに研究の協力をお願いしました。これらの患者さんは国立がん研究センター中央病院や医療法人いちょう会石川消化器内科で「徹底的ポリープ摘除術」を定期的(4~12ヶ月)に行っています。
まずFAP患者さんの腸内細菌叢を健常者の腸内細菌叢と比較しました。興味深いことに健常者では大腸内にはほとんど存在しない大腸菌(Escherichia coli)がFAP患者さんにおいて非常に増えていることが明らかとなりました(図3)。
FAP患者さんには定期的な「徹底的ポリープ摘除術」ごとに採便を依頼し(多い患者さんで10回)、定期的に腸内細菌叢の変化を観察しました。多くのFAP患者さんでは腸内細菌叢の変動はあまりみられませんでした。一方でポリープの組織学的悪性度(大腸腺腫が大腸がんになること)が変化するFAP患者さんでは、腸内細菌叢の変動が大きいことが明らかとなりました(図1)。
展望
FAPはまれな遺伝性の病気です。しかし、FAP患者さんの前がん病変(ポリープ)から大腸がんになるメカニズムは一般的なポリープと同じです。FAPという疾患を研究することで「ポリープからがん」になる過程を「短いタイムスパン」でとらえることができ、大腸がんの発症機構の解明が大きく進みます。解明が進めば、大腸がんの原因となる細菌を特定し、それを制圧することで大腸がんの予防が期待できます。
用語説明
注1 家族性大腸腺腫症
大腸にポリープが100個以上できる病気。年齢とともにポリープ数は増加するだけでなく、やがてがん化する。典型例では10歳代で大腸にポリープができ始め、徐々に増え、放っておくと40歳代までには約半数の患者さん、60歳代にはほぼ100%大腸がんになると推測されている。このため大腸ポリープが大腸がんになる前に、大腸を切除する(大腸(亜)全摘術)などの治療が行われる。FAPは、APC遺伝子という遺伝子が生まれつきうまく働かない変異があることが多い病気であり、1991年に中村祐輔 先生(研究当時:ユタ大学、財団法人癌研究会)らが発見した。日本では17,400人に1人の頻度とされている。
注2 徹底的ポリープ摘除術
大腸(亜)全摘術はFAPの標準治療であるにもかかわらず、手術後の生活に影響するため、若年層のFAP患者が手術を延期したり、手術を拒否したりすることがある。そこで、研究グループではFAP にきわめて多発する大腸ポリープの積極的な内視鏡的摘除の臨床試験を行ってきた。16歳以上で、100個のポリープがあったFAP患者さんを対象とし5mm以上のポリープが摘除する治療である。
注3 大腸(亜)全摘術
大腸を摘出する手術。大腸が一部でも残っていれば「亜全摘」になる。
注4 大腸多段階発がんモデル
大腸がんが前がん病変から悪性度の高いがんへ進展していく過程で、複数の遺伝子変異が段階的に蓄積していくモデルで、多くの大腸がんはこの過程を経る。1990年にBert Vogelstein教授らにより提唱された。このモデルの最初の遺伝子異常は上述のFAPと同じAPC遺伝子の異常である。
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