十分な水分摂取は腸内細菌叢と免疫系の恒常性を維持し
腸管感染症に対する防御能を高める
-腸内環境の維持に飲水が重要であることを発見-
北里大学、慶應義塾大学の研究グループは、飲水不足が腸内環境を悪化させ、病原細菌の排除能を低下させることを発見しました。
本研究は、北里大学薬学部微生物学教室の金倫基教授(研究当時:慶應義塾大学薬学部創薬研究センター教授)、慶應義塾大学先端生命科学研究所/同大学大学院政策・メディア研究科博士課程 3 年の佐藤謙介、同大学薬学部生化学講座の井上浄訪問教授、同大学医学部薬理学教室の安井正人教授、竹馬真理子准教授による研究成果です。
水は身体の 50%以上を占める生体構成要素であり、消化吸収や栄養素・老廃物の運搬、体温調節など、さまざまな役割を担う、生命にとって極めて重要な物質です。水分摂取の不足は代謝性疾患の発症や早期死亡などとの関連性が報告されていましたが、腸内細菌叢※1 や免疫系を中心とした腸管への影響については十分に理解されていませんでした。
そこで、水分摂取量を制限した際の腸内環境を詳細に解析することにしました。
本研究では、飲水制限により腸内環境の恒常性が破綻し、病原細菌の排除能が低下することが明らかとなりました。飲水制限をしたマウスは、腸内通過時間の遅滞、排便量の低下を伴う便秘症を発症しました。さらに飲水制限により、腸内細菌叢の構成が変化し、腸内細菌の総数が増加しました。一方で、病原細菌に対する防御応答に関わる免疫細胞である Th17 細胞※2 が減少し、腸管病原性細菌の排除が遅れることがわかりました。さらに、細胞内に水を取り込むためのタンパク質であるアクアポリン 3(Aquaporin 3; AQP3)※3を欠損したマウスの大腸では、Th17 細胞の著減が観察されました。
以上のことから、十分な水分摂取が腸内細菌叢や免疫系の恒常性、ひいては、腸管病原細菌に対する防御応答を維持するための重要な因子であることが示され、『水』が腸内環境に与える新たな役割が解明されました。
研究成果のポイント
1.飲水制限マウスでは、体重増加が抑制され、大腸通過時間の延長や排便量の低下を伴った
便秘症が発症する。
2.飲水制限マウスでは、腸内細菌の総数が増加し、特定の腸内細菌の割合が変化する。
3.飲水制限によって腸管の免疫細胞の総数および Th17 細胞の割合が減少し、病原細菌の
排除能が低下する。
4.水チャネルである Aquaporin 3 が腸内の Th17 細胞の維持に重要である。
図1.本研究の概念図
飲水量を制限すると、軽微な体重減少や食欲不振を引き起こし、排便量や糞便水分量の低下、大腸通過時間の遅延を伴った便秘症を発症する。また、腸管病原細菌の排除能が低下する。大腸では、腸内細菌の総数が増加し、逆に免疫細胞の数や Th17 細胞の割合が減少する。大腸の Th17 細胞を維持する上で水輸送タンパク質であるアクアポリン 3(AQP3)を必要とする。
研究の背景
水は成人体重の 50%以上を占める最大の生体構成要素であり、消化吸収や栄養素・老廃物の運搬、体温調節などの多様な機能を担っています。生体の水分摂取源は主に飲水、食事、代謝の 3 つであるとされており、そのうち、70〜80%の水分は飲水によるものとされています。
米国では成人の半数以上が適切な水分摂取基準を慢性的に下回っており、慢性的な水分摂取不足は、肥満やインスリン抵抗性、糖尿病などの代謝性疾患、便秘症などの腸管の機能低下と関連していることが報告されています。
また、飲水量が多い人と少ない人では、一部の腸内細菌の存在量に違いがあることや、便秘症患者では免疫細胞集団の構成変化が報告されていました。
しかし、これまでの研究では、アルコール摂取や運動量、食事習慣など、腸内細菌叢や免疫系に影響を与える因子を多く含んでおり、水分摂取が腸内環境にどう影響するかについては明らかにされていませんでした。
研究内容と成果
まず、自由に水分摂取が可能なマウスに対して 25%または 50%の飲水制限を 2 週間実施したところ、飲水制限マウスでは体重低下を示しました(図 2A)。また、50%の飲水制限マウスでは大腸通過時間が約 2 倍近く延長しました。さらに、25%、50%の飲水制限マウスにおいて、糞便水分量や糞便排出量が有意に低下し、便秘症を引き起こしました(図 2B-D)。
しかし、血液中の脱水のパラメータを評価したところ、いずれの項目でも変化は見られず、飲水制限マウスでは脱水症状は呈していないことがわかりました。
以上のことから、25%および 50%の飲水制限は脱水症状を伴わず、体重低下や便秘症を引き起こすことが明らかになりました。
図2.飲水制限は体重増加を抑制し、便秘症を誘発する
(A)飲水制限中の体重増加率。(B)腸内通過時間。(C)糞便中の水分量。(D)糞便排出量。左から 24 時間中の排便回数、24 時間中の排便量、一回の排便あたりの糞便重量の平均。****P < 0.0001、 ***P < 0.001、 **P<0.01、 *P<0.05
次に、腸内細菌叢への影響について検証したところ、飲水制限マウスでは、糞便中の総菌数が有意に増加していることが明らかになりました(図 3A)。また、大腸組織の腸内細菌や粘液層を観察してみると、通常マウスの大腸粘膜では連続した、また、くっきりとした層を形成しているのに対して、飲水制限マウスでは粘膜層がぼやけ、一部の粘膜層が途切れていることがわかりました(図 3B)。さらに、50%の飲水制限マウスでは局所的に細菌が大腸上皮組織内へ侵入していることがわかりました(図 3B)。さらに、腸内細菌叢の構成を解析してみると、Verrucomicrobiaceae や Prevotellaceae、Lachnospiraceae の存在量が変化していることがわかりました(図 3C)。これらのことから、飲水制限は腸内細菌の数や構成を変化させるだけでなく、大腸における物理的バリアを破綻させる可能性が示唆されました。
図3.飲水制限は腸内細菌数・構成を変化させる
(A)糞便中の総菌数の変化(B)大腸切片の蛍光 in situ ハイブリダイゼーション法による染色画像.赤:細菌(Eub338)、緑:粘膜(Muc2)、青:細胞核(Hoechst)。下段画像は上段の点線枠内を拡大。上段スケールバー:100 µm、下段スケールバー:20 µm. 矢印は大腸上皮組織内に侵入している細菌 (C)腸内細菌の存在量。左から Verrucomicrobiaceae 科、Prevotellaceae 科、Lachnospiraceae 科細菌。 ***P < 0.001、 **P<0.01、 *P<0.05
さらに、飲水制限が大腸における免疫細胞集団に影響を及ぼすかを検証しました。
その結果、大腸において B 細胞や T 細胞といったリンパ球の数が有意に減少しており(図 4A)、T 細胞中では抗体産生の誘導に重要な CD4+ T 細胞※4の割合が減少することがわかりました(図 4B)。
図4.飲水制限は免疫細胞を減少させる
(A)大腸粘膜固有層における免疫細胞数。左から総細菌数、B 細胞数、T 細胞数、CD4+ T 細胞数、CD8+T 細胞数(B)T 細胞中の CD4+ T 細胞、CD8+細胞の割合。 ****P < 0.0001、 ***P < 0.001、**P<0.01、 *P<0.05
飲水制限は、リンパ球を含む免疫細胞の数を減少させたことから、病原細菌の排除能も低下させるのではないかと考えました。そこで、飲水制限マウスに腸管病原細菌である Citrobacterrodentium※5 を感染させ、その排除能を観察しました。その結果、飲水制限マウスでは通常マウスと比べて、糞便中の C. rodentium の細菌数が感染後 12 日から 18 日目にかけて有意に増加しており、病原体の排除が遅れていることがわかりました(図 5A)。病原細菌の排除を担う免疫細胞について詳しく解析してみると、病原細菌の排除や腸内細菌の制御に特に重要な役割を担うTh17 細胞が飲水制限によって(感染前から)減少しており、感染以降も正常に誘導されないことがわかりました(図 5B)。
飲水制限が Th17 細胞を減少させるメカニズムに腸内細菌叢の構成変化が関わっているかどうかを調べるために、抗菌剤を投与し、腸内細菌を除去したマウスに、通常マウスまたは飲水制限マウスの腸内細菌を定着させ、Th17 細胞の数を比較したところ、その割合に差が見られませんでした。そこで、水分摂取量の低下が直接的に Th17 細胞の減少に関わっている可能性を考え、水を取り込むための輸送タンパク質であるアクアポリン 3(Aquaporin 3; AQP3)を欠損したマウスの大腸内免疫細胞について解析してみると、AQP3 欠損マウスの大腸組織では Th17 細胞が有意に減少していました(図 5C)。さらに、Th17 細胞の分化・維持を制御する転写因子 RORγt※6を発現する細胞の割合が有意に減少していたことから(図 5D)、Th17 細胞の分化・維持にはAQP3 を介した細胞内への水の流入が必要である可能性が示唆されました。
図5. 飲水制限は Th17 細胞を減少させ、腸管病原細菌の排除能を低下させる
(A)感染後の糞便中における C. rodentium 負荷量(B)感染前と感染後 12 日目の Th17 細胞の割合。(C)大腸粘膜固有層における Th17 細胞の割合。(D) CD4+ T 細胞中の RORγt を発現する細胞の割合**P<0.01、 *P<0.05
今後の展開
成人が 1 日に必要とする水分量は 2.5L と推定されています。しかし、米国では成人の半数以上が水分摂取基準を満たしておらず、日本においても多くの人が水分摂取不足であると推定されています。
飲水不足については、代謝性疾患など、多くの疾患との関連性が指摘されています。
本研究では、慢性的な飲水不足が便秘症を誘発すること、腸内細菌叢の構成や数を変化させること、Th17 細胞などの免疫細胞を減少させること、さらに、病原細菌の排除能を低下させることがマウスを用いた研究で明らかになりました。
今後は、水分摂取量の低下が実際にヒトにおいて腸管感染症や腸管関連疾患の病態に影響するかどうか、検証していく必要があります。日常的な水分摂取量と消化器系疾患との関連性について明らかにしていくことが、水分摂取の潜在的な重要性を腸内環境の恒常性維持という観点から理解する上でとても大切です。
用語解説
※1 腸内細菌叢
ヒトの大腸には数百種類、約 30 兆個の細菌が存在し、互いに作用し会いながら複雑な生態系をなしている。この細菌の生態系を腸内細菌叢と呼び、さまざまな生理機能や疾患への関連性が報告されている。
※2 Th17 細胞
腸管粘膜や上皮組織において炎症性サイトカインを産生し 病原体の排除など感染防御や上皮バリア機能を維持する免疫細胞。
※3 アクアポリン 3 (Aquaporin 3; AQP3)
細胞膜を通じて水や一部の分子を選択的に輸送するチャネル。アクアポリン 3 は特に皮膚や腎臓、消化管などに高発現しており、体内の水分バランスを維持するために重要な役割を果たしている。
※4 CD4+ T 細胞
さまざまなサイトカインを産生して、B 細胞を活性化・抗体産生を誘導するなど、免疫応答の重要な役割を担っている。産生するサイトカインによって Th1、Th2、Th17、制御性 T 細胞に大別される。
※5 Citrobacter rodentium
ヒトに感染する腸管病原性大腸菌や腸管出血性大腸菌と同一の病原遺伝子を持つ病原性細菌であり、大腸炎を誘導する。排除には宿主の Th17 細胞が重要な役割を担うことが報告されている。
※6 RORγt
Th17 の分化と機能の制御に主要な役割を担っている転写因子。
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