「妄想の形成に関わる認知神経メカニズム」-No.323
- nextmizai
- 2024年3月9日
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妄想の形成に関わる認知神経メカニズムを解明
妄想は強い苦痛をもたらす精神症状です。妄想を持つ人には、少ない情報で結論づけてしまう「結論への飛躍」と呼ばれる認知的な傾向があり、妄想の形成に関わると考えられますが、その神経メカニズムは分かっていません。
一方、妄想を呈する代表的な疾患である統合失調症では線条体のドーパミンが軽度上昇しており、それを抑える薬が効果を持つことから、結論への飛躍に線条体が関与することが想定されますが、それを示した研究はありませんでした。
今回、愛知医科大学医学部精神科学講座の宮田淳教授は、京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座(精神医学)の村井俊哉教授、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学の髙橋英彦教授らとの共同研究を行い、線条体および楔前部と呼ばれる脳領域の間の結合性(結びつきの強さ、活動の同期性)が、結論への飛躍および妄想の強さと相関することを世界で初めて明らかにしました。
本研究の成果をもとに、妄想の新しい治療法が開発されることが期待されます。
本研究成果のポイント
1.妄想が形成されるメカニズムは分かっていませんでした。
2.線条体と楔前部の間の結びつきが、妄想の形成および重症度と相関することを明らかにし
ました。
3.これを基に既存の薬物治療に不応性の妄想の、新しい治療法開発につなげます。
研究の背景
妄想とは「誤った、強く確信された、訂正が困難な考え」のことで、統合失調症*1 や妄想症*2などで見られる一般的な精神症状です。「自分は監視されている、盗聴されている」などの被害妄想の形をとることが多く、患者さんに強い苦痛をもたらすため、より効果的な治療法の確立が望まれています。
妄想を持つ患者さんでは、健康な方に比べてより少ない情報にもとづいて結論を下す、「結論への飛躍(jumping toconclusions)」と呼ばれる認知的な傾向があることが知られており、このために誤った考えに至りやすい、つまり妄想の形成しやすさを説明するメカニズムと考えられています。また健康な方の場合は逆に、結論を下すためには客観的な確率が示すよりも多くの情報を要するという「保守性バイアス(conservatism bias)」と呼ばれる傾向が知られています。結論への飛躍と保守性バイアスに関わる脳神経領域を探る研究がこれまで行われてきましたが、はっきりした結論には至っていませんでした。
一方、統合失調症患者さんでは、脳の線条体と呼ばれる部分でドーパミン*3 の働きが軽度ですが上昇しており、それを抑えるお薬(抗精神病薬)が治療に使われます。このことから結論への飛躍と線条体とが関係していることが想定されますが、これまでそれを示した研究はありませんでした。
宮田教授らのグループは、結論への飛躍および保守性バイアスに関わるのは脳のどこか一つの領域ではなく、線条体を含めた複数の領域からなるネットワークであること、そしてネットワークの協調が上手くとれないことが結論への飛躍と関係すると考えました。そこで結論への飛躍の強さとネットワークの結合性(結びつき具合、脳活動の同期性)との関係を調べました。
概要と成果
本研究では統合失調症を持つ患者さん37名と、比較対象として健康な方33名に参加していただきました。皆さんに「結論を下すまでにどれだけ多くの情報量を必要とするか」を測定する実験をしてもらいました。少ないと結論への飛躍が強い、多いと結論への飛躍が弱い=保守性バイアスが強いということになります。また脳のネットワークの結合性を見るために安静時の機能的 MRI*4 を実施し、独立成分分析*5 と呼ばれる手法を用いることで、線条体を含めた主要な脳領域からなるネットワークの結合性を推定しました。
その結果、線条体と楔前部*6 と呼ばれる領域の間の結合性が負の関係であるほど、つまりお互いの活動がシーソーの様に逆であるほど、結論への飛躍が強いことが分かりました(図 2A)。また患者さんでは線条体と楔前部との間の結合性が負であるほど、妄想が強いことも分かりました(図 2B)。
本研究により、妄想の形成に関わる認知神経メカニズムが初めて示されました。
今後の展開
本研究は比較的少数の参加者を対象とした探索的な研究であり、次の段階として、より多くの参加者を対象として本研究の結果が再現されることを確認する必要があります。
現在、抗精神病薬が妄想および統合失調症の治療の中心ですが、残念ながら効果が薄いあるいは認められない場合もしばしばあります。一方、近年では fMRI や脳波を用いて、自分の脳活動や脳領域間の結合性をモニタリングしながらそれを変化させる練習をすることで、薬物療法が無効な症状を改善させるニューロフィードバックという新しい治療法の研究が進んでいます。
今後、本研究の結果がより多くの参加者で再現されたら、線条体と楔前部の間の結合性を標的とするニューロフィードバック研究を実施し、抗精神病薬に不応性の妄想に対する新しい治療法を開発し、患者さんに提供出来るようにしたいと考えています。
用語説明
*1 統合失調症
幻聴・幻視等の幻覚や妄想、思考の統合不全、意欲の減退や感情の反応性の低下などを主症状とする状態。国、民族、地域などによらず世界的に人口の約 1%弱が罹患する。
*2 妄想症
統合失調症に似るが幻覚や意欲・感情等の症状はなく、妄想のみが存在する状態。有病率は約0.2%と推定されている。
*3 ドーパミン
脳の中脳から線条体に伸びる神経の終末から放出される神経伝達物質。報酬、意欲、学習、運動調節などに関わることが示されている。
*4 安静時の機能的 MRI
機能的 MRI(magnetic resonance imaging)では、何らかの課題(認知的な課題や運動課題など)を実施中に、神経活動に伴う脳血流の増加が MRI の信号に反映され、それを検出することで課題に関連した脳領域を特定出来る。一方、安静時機能的 MRI ではそのような課題を用いず、研究参加者に何も考えず安静にしてもらった状態で機能的 MRI を撮像し、脳領域間の MRI 信号の同期性(結合性)を推定する。複雑な課題を要さないことから近年、精神科領域の研究で盛んに用いられている。
*5 独立成分分析
機能的 MRI のような多変量の時系列データを、幾つかの互いに一次独立な特徴とその時系列変化の線形結合(足し算)に分解する手法。機能的 MRI の場合は幾つかの空間的ネットワークとその時系列変化とに分解され、前者からはネットワーク内部の結合性、後者からはネットワーク間の結合性を推定することが出来る。
*6 楔前部
大脳の内側面にある領域で、認知的な活動をしているときや注意が外界に向かっているときよりも、安静時や注意が自分の内面に向いているときに活動する「デフォルトモードネットワーク(default mode network)」の一部をなしている。
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