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「家族性骨形成不全症に伴う低身長の病態メカニズム」-No.281




家族性骨形成不全症に伴う低身長の病態メカニズムを解明

―TRIC-Bチャネル欠損による軟骨細胞の機能不全と細胞死―




概要


 京都大学大学院薬学研究科 市村 敦彦 助教、宮崎 侑 博士課程学生(研究当時)、竹島 浩 教授らの研究グループは、小胞体という細胞内小器官に発現する陽イオンチャネル TRIC-B の遺伝子欠損によって発症する家族性骨形成不全症の症状の一つである低身長の病態生理学的メカニズムを解明しました。


 当研究室で 2007 年に発見された TRIC チャネルは、小胞体に分布する陽イオン透過性チャネルで、小胞体Ca2+放出を補助する機能を担っています。TRIC チャネルの 2 つのサブタイプのうち TRIC-B の遺伝子変異は家族性骨形成不全症を引き起こします。

当研究室では、2016 年に Tric-b 遺伝子欠損によって骨芽細胞機能障害から骨形成不全症の主症状である骨密度低下へ至る分子機序を解明しました。一方で、TRIC-B 遺伝子変異による複数の骨形成不全症患者で低身長が症例報告されていますが、その原因は不明でした。


私達は今回 Tricb 遺伝子欠損マウスの軟骨細胞を解析し、発達過程にある骨を構成する成長板軟骨細胞の Ca2+シグナル異常から、コラーゲンなどの細胞外基質の分泌が障害されることで骨の伸長が抑制されて低身長へ至ることを明らかにしました。

また、Tric-b 欠損により低頻度ながら異常な成長板軟骨細胞死が誘導されること見出しました。


本成果は、TRIC-B 遺伝子変異や機能不全を原因とした骨形成不全症に伴う低身長や骨伸長障害の診断や治療に貢献することが期待されます。





背景


 細胞内 Ca2+は様々な生理機構を制御する重要なシグナル分子として機能します。たとえば、受精、筋収縮、神経伝達物質やホルモン分泌などは、細胞内 Ca2+濃度が適切に上昇することにより調節されています。しかしその一方で、Ca2+シグナルを調節するメカニズムには不明なことが多く残されています。特に、各種の刺激に応答して Ca2+を細胞質へ放出する機能を持つ小胞体には、機能がよくわかっていないタンパク質が多数発現しています。小胞体 Ca2+の持続的な放出に必要なカウンターイオンチャネルとして、小胞体 TRIC チャネルを2007 年に当研究グループが同定しました。哺乳動物においては TRIC-A と TRIC-B の 2 種類サブタイプが独自の組織特異的パターンにより分布し、TRIC-B チャネルは全身の様々な細胞において普遍的に発現しています。TRIC-B 遺伝子変異がヒト家族性骨形成不全症の原因となることが海外の複数のグループから報告されたことをきっかけとし、その病態機序が注目されています。


骨形成不全症モデルの Tric-b 遺伝子欠損マウスでは骨芽細胞の Ca2+シグナルの異常と I 型コラーゲン分泌不全から骨密度低下の表現型に至ることを、当グループは 2016 年に報告しました。一方、TRIC-B 変異を伴う骨形成不全症では低身長や成長障害がみられますが、その原因は骨を固くする機能を担う骨芽細胞の機能不全では説明できません。Tric-b 欠損マウスには低体長が観察され、骨を伸ばす機能を担う成長板軟骨細胞においても TRIC-B が細胞内 Ca2+シグナルを介してなんらかの機能を担っていると予想し、その解析を進めました。

 



研究手法・成果


 最初に、Tric-b 欠損マウスの生まれる直前の胎児大腿骨の組織染色を行いました。その結果、Tric-b 欠損マウスの大腿骨では骨端部分の軟骨組織が全体的に野生型マウスよりも小さく、細胞外基質の量が減少していることがわかりました。また、電子顕微鏡解析から、組織を構成する細胞全体のうち 0.6%ほどのごく稀な出現頻度で、細胞質が大きく膨らみ細胞核が濃縮した非典型的な細胞死を起こしている細胞が観察されました。この非典型的死細胞は、Tric-b 欠損マウスの大腿骨以外にも肋骨や上腕骨などの軟骨組織でも観察されましたが、野生型マウスには全く存在しない異常な死細胞であることがわかりました。


次に、Tric-b 欠損マウス胎児大腿骨を特異抗体を用いた手法で評価しました。その結果、Tric-b 欠損軟骨細胞では、軟骨組織における細胞外基質の主成分である II 型コラーゲンが過剰に細胞内に蓄積していることがわかりました。これらのことから、Tric-b 欠損は軟骨細胞において小胞体への不良なコラーゲン蓄積を引き起こすと考えられました。小胞体はタンパク質や脂質を合成する細胞内小器官ですので、そこへ不良タンパク質が蓄積すると小胞体にストレスが恒常的にかかっていることが予想されました。そこで、主要な小胞体ストレス応答経路について検証しました。その結果、Tric-b 欠損軟骨組織では、主に 3 種類が知られる小胞体ストレス経路のうちでも PERK-eIF2-ATF4-CHOP の経路が強く活性化していることがわかりました。さらに、小胞体ストレスの下流で細胞死を誘導するタンパク質分解酵素であるカスパーゼ 12 やカスパーゼ 3 の活性化も観察され、Tric-b 欠損によって軟骨細胞死が誘導される分子メカニズムが明らかになりました。


Tric-b 欠損によって軟骨細胞機能が障害される分子メカニズムを解明するため、さらに軟骨細胞内 Ca2+シグナルについて検討しました。コラーゲンを含む小胞体で合成されたタンパク質の細胞内小器官間輸送や、細胞外への分泌の様々なプロセスに Ca2+は必須の分子として関わっていることが知られています。TRIC-B は小胞体 Ca2+放出に関与するカウンターイオンチャネルであることから、Tric-b 欠損によるコラーゲンの分泌異常は Ca2+シグナルの異常に起因する可能性が考えられました。そこで、軟骨細胞内 Ca2+シグナルに対する Tricb 欠損の影響を調べました。その結果、Tric-b 欠損成長板軟骨細胞において、小胞体 Ca2+の放出が障害されており、定常的な細胞内 Ca2+濃度が高くなっていることがわかりました。こういった細胞内 Ca2+濃度調節(いわゆる Ca2+ハンドリング)異常は、肺胞上皮細胞や骨芽細胞でも観察されており、TRIC-B が様々な細胞において正常な Ca2+ハンドリングに必要な分子であることを示唆しています。また、活性化している小胞体ストレス経路の薬理学的活性調節によって細胞内 Ca2+濃度が変化することがわかり、小胞体ストレスの亢進が細胞内Ca2+シグナル調節にも寄与していることが示されました。




波及効果、今後の予定


 骨形成不全症は指定難病であり、骨が脆く骨折しやすい以外に低身長や成長障害が起きることが知られています。原因となる遺伝子変異が複数存在するため、今回の知見が全てに当てはまるわけではありませんが、少なくとも TRIC-B遺伝子変異を原因とする希少な家族性骨形成不全症においては骨が伸びにくくなる病態メカニズムがわかりました。今後、共通した分子機序が他の遺伝子変異を原因とする骨形成不全症でも観察される可能性もあります。


 私達の発見は骨伸長の分子メカニズムを理解するための基礎研究に貢献するだけでなく、骨形成不全症によって引き起こされる低身長の診断や治療への応用も期待されます。

さらに、今回の一連の結果や過去の Tric-b 欠損マウスを用いた解析から、小胞体における Ca2+ハンドリングと分泌タンパク質プロセシングは密接に関連することが示唆されます。小胞体 Ca2+ハンドリングの機能不全や機能不良に起因して発生する分泌タンパク質の分泌不良や細胞内蓄積が関与する病態が他にも存在する可能性があり、今回の発見は小胞体 Ca2+シグナルに関与する疾患の病態解明に資すると考えられます。


 今後は他の細胞種における TRIC チャネルの生理機能を解析するとともに、軟骨細胞における Ca2+ハンドリングと生理機能についてより詳細に解明する予定です。




用語解説


小胞体: 小胞体とは真核細胞の細胞内小器官の一種です。主な役割として、タンパク質や脂質の合成、機能的なタンパク質へ導く折りたたみや各種の修飾と分泌、異常なタンパク質の分解等があります。更に、もうひとつの重要な役割として、Ca2+の貯蔵と刺激に応じた放出があります。小胞体からの Ca2+放出は細胞膜に分布する受容体等への様々な刺激に応じて細胞内へシグナルを伝える重要な生理的役割を担っています。

 

細胞内 Ca2+: カルシウムは主として骨や歯として、ハイドロキシアパタイトと呼ばれる、リン酸と結合した形で存在しており、生体内の重要な構成成分の一つです。更に、細胞内ではカルシウムイオン(Ca2+)は重要なシグナル分子として働きます。定常時では Ca2+は細胞質には非常に少ない量しか存在しておらず(100 nM 程度)、細胞外液中の 10000 分の 1 以下の濃度しかありません。細胞内では小胞体に Ca2+が貯蔵されています。細胞膜に存在する様々な受容体や電位変化といった刺激に応じて細胞外からの Ca2+流入や小胞体からの Ca2+放出が起こります。これが細胞の中にシグナルを伝え、筋細胞の収縮、伝達物質の放出、遺伝子の発現、細胞死や細胞増殖等の刺激に応じた生理機能が発揮されます。このため、Ca2+の正常な小胞体内貯蔵や刺激に応じた適切な放出と再取り込み、細胞外からの流入等は生体の維持にとって不可欠といえます。

 

TRIC チャネル: trimeric intracellular cation(TRIC)チャネル。小胞体 Ca2+放出を担当するイオンチャネルとしてリアノジン受容体とイノシトール三リン酸受容体が知られており、それぞれ独自の機構により Ca2+を放出します。両チャネルの開口に伴い陽イオンである Ca2+が放出されると、小胞体内腔に負の電荷が発生することになり、以降の Ca2+放出が抑制されることが推定されます。生理的条件下で観察される数十ミリ秒に及ぶ小胞体 Ca2+放出が持続するためには、この負電荷を中和する機構が必要であると想定されます。この機構を担う分子であるカウンターイオンチャネルとして 2007 年に当研究グループが同定した 2 種類の新規小胞体膜タンパク質を TRIC-A 並びに TRIC-B と名づけました。TRIC-A は心筋や骨格筋など興奮性の組織・細胞に、TRIC-Bは全身で普遍的に発現していることがわかっており、それぞれの発現細胞において正常な Ca2+放出を補助する重要な生理機能を担っていることが明らかになってきています。細胞外基質: 細胞の外側に存在する構造体の総称です。多細胞生物において、細胞の外側の空間を充填する物質であり、骨格としての役割を果たします。骨や軟骨はこういった細胞外基質として形成されたものです。その他にも、細胞接着の際の足場としての役割や、細胞増殖因子を保持する役割も担っています。

 



研究者のコメント


 Tric-b 欠損マウスの成長板軟骨組織に異常な形をした死細胞が観察されるということは 2016 年の時点で気がついていました。しかし、成長板軟骨細胞での正常な細胞内 Ca2+ハンドリングがその時点では分かっていなかったため、先にそれを調べるために大きく回り道し、これまでに 2 つの別の論文報告を経て、7 年をかけ本成果まで到達しました。


希少な遺伝病の病態メカニズムの解明にとどまらず、細胞内シグナルが細胞機能をどのように制御しているのか?という根源的疑問に答えるべく今後も粘り強く努力していきます。

(市村 敦彦)

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