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「待つか?あきらめるか? 未来の報酬を待ち続けるための脳機能」-No.372




待つか?あきらめるか? 未来の報酬を待ち続けるための脳機能を解明




 群馬大学情報学部の地村弘二教授と慶應義塾大学大学院理工学研究科の新滝玲子大学院生(研究当時)、田中大輝大学院生(研究当時)は、大学共同利用機関法人自然科学研究機構生理学研究所の定藤規弘教授(兼任)、吉本隆明大学院生(研究当時)、一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科教授の鈴木真介教授、株式会社アラヤの近添淳一チームリーダーとの共同研究で、ヒトが未来の報酬を待ち続けるには前頭前野と海馬における将来の期待を反映する脳活動が重要であることを発見しました。


今回の結果は、報酬を得た過去の経験に基づいて「待つか、待つのをやめるか」という決定をヒトが連続的に行う状況で、前頭前野と海馬の活動の時間的変化が行動に重要な役割を果たすことを示唆しています。




研究のポイント


1.将来の報酬を待ち続けるかどうかを連続的に決めるときのヒトの脳活動を計測した。


2.待ち続けているとき、将来の期待を反映する脳活動が前頭前野と海馬で観察された。


3.待ち続けているときに前頭前野の活動が小さくなると、ヒトは待つのをやめた。




研究の概要


 ヒトを含む動物は、食べ物(えさ)を得ることで栄養をとります。したがって、生命を維持するために餌を探すことは極めて重要です。この採餌(さいじ)は爬虫類・魚類・鳥類から哺乳類まで多くの動物種で確認されています。それでは、ヒトの採餌行動を特徴づけているのは何でしょうか?

例として、ヒトが魚を釣る状況を考えてみます(図A)。ある釣り場で魚が釣れたとします。その後、釣り人は、その場所で釣りを続けるか離れて他の釣り場に行くかを決めます。ここで重要なことは、その場で釣りを続けているときには「その場にとどまるか、他の釣り場に移るか」を判断し続けていることです。この状況を「連続的に決定している」と表現します。そして、釣れることが期待できれば今の釣り場にとどまり、期待できなければ離れて他に移ります。この例が示すように、採餌行動では過去の経験をもとに今の餌場で餌が得られるかを期待し、「とどまるか」「離れるか」を連続的に決めます。ところが、このような決定が連続している状況において、ヒトの脳はどのように機能しているかは知られていませんでした。


本研究グループは、この釣りの例のような状況を実験室で作り、ヒトの脳活動を機能的MRIで計測しました。脳活動の計測中に、ヒトはまず、数十秒待ってからジュース(報酬)を飲みました。これは図Aで魚が釣れたことに相当し、「経験」と呼びます。つぎに、同じ状況で、もう一度ジュースを待ちました。ただし「経験」の段階と違うのは、待つのをいつでもやめることができました。一方で、ジュースが飲めるまで待つこともできました。これを「決定」と呼びます。この「決定」の状況は、魚釣りの例(図A)では、その場で待ち続けるか待つのをやめて釣り場を離れるかを連続的に決めることに相当します。

行動を解析してみると、「経験」の段階で待ち時間が短く、飲んだジュースの量が多いと、「決定」の段階ではヒトは長く待ち続けたことがわかりました(図B)。つまり、「経験」の段階での待ち時間とジュースの量によって、「決定」の段階における「待ち続けることの好ましさ」(つまり待ちたいか、待ちたくないかの度合い)が変わることを示しています。釣りの例ですと、ある釣り場で短い時間で大きい魚が釣れたときに、その場所で長く釣り続けることに相当します。

つぎに、「決定」の段階での「待ち続けることの好ましさ」を、行動経済学と神経経済学で予測されている「予期効用」(参考文献)というモデルを用いて表現しました。そして「決定」の段階でジュースが飲めるまで待ち続けたときの脳活動を調べたところ、前頭前野(図C左)と海馬(図C右)の脳活動の時間変化はこの予期効用モデルによって説明されることがわかりました。一方で、途中で待つのをやめたときの脳活動を調べたところ、待つのをやめる前には前頭前野の活動が小さくなったことがわかりました(図D)。


 本研究の結果は、過去の経験に基づいて報酬を待ち続けるかやめるかを連続的に決定する状況において、前頭前野と海馬の「待ち続けることの好ましさ」に関連する活動が重要な役割を果たしていることを示唆しています。今回観察された前頭前野の領域(図C/D)は、ヒトで最も発達している領域であり、ヒトに特徴的な「未来への期待」に関わっていると本研究グループは考えています。そして、多くの動物種に観察される採餌行動において、このヒトに特有な前頭前野が重要な役割を果たしているのではないかと考えています。



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