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「成人もやもや病患者における脳血流と脳老廃物排出機能」-No.337




「 成人もやもや病患者における脳血流と脳老廃物排出機能 」

― 脳血流の低下は、老廃物排出機能を低下させる? ―




発表のポイント


1.もやもや病を対象に、脳血流低下と脳の老廃物排出機能(グリンパティックシステム※1)の

 関係を検討しました。


2.脳血流低下によってグリンパティックシステムの働きが悪くなる可能性を示しました。


3.脳に老廃物が蓄積すると、アルツハイマー病と同様、脳神経細胞が障害される可能性があ

 ります。


4.脳血流低下を改善すれば、脳の老廃物排出機能が改善するのかどうか、今後更なる研究が

 求められます。



 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科脳神経機能外科学分野の原祥子助教の研究グループは、順天堂大学、東京都健康長寿医療センター、名古屋大学との共同研究で、もやもや病を対象とした脳画像研究を行い、脳血流低下と脳の老廃物排出機能であるグリンパティックシステムの関係を検討しました。


脳血流低下によってグリンパティックシステムの働きが悪くなり、間質自由水※2がうっ滞し、認知機能低下につながる可能性を示しました。




研究の背景


 近年、脳科学の分野では、老廃物排出機能であるグリンパティックシステムや、脳間質自由水の循環が注目を集めています。動物実験においては、脳の動脈を閉塞させるとグリンパティックシステムの働きが悪くなり、脳に老廃物が蓄積し、アルツハイマー病※3を発症しやすくなる可能性があるとわかっています。しかし、生きたヒトでは、脳の動脈が細くなるとどうなるか、脳血流低下とグリンパティックシステムがどう関係するか、明らかではありませんでした。


 もやもや病は、脳の太い動脈が細くなり、脳血流が低下し、それを補うためにもやもや血管と呼ばれる異常血管が形成される病気で、厚生労働省の指定難病になっています。血管が細くなる原因はいまだ不明で、根本的な治療はありませんが、血行再建術※4という手術によって、頭皮や脳を包む膜(硬膜)の動脈を脳の表面の動脈につなげて外から血流をいれると、脳血流低下を改善させることができます(図 1)。


図 1. もやもや病、脳血流低下、血行再建術を 行なった一例

 


 もやもや病では脳の動脈が細くなり、脳血流が低下しているので、グリンパティックシステムの機能が悪くなり、老廃物が蓄積しやすくなっている可能性があります。生きたヒトで直接グリンパティックシステムを見ることは簡単ではありませんが、特殊な MRI 画像解析で血管周囲腔に沿った水の拡散率※5を求めると、グリンパティックシステムの働きがある程度わかるとされています。

そこで本研究グループは、成人もやもや病患者さんを対象に、画像研究により、グリンパティックシステムと脳血流の関係を検討しました。




研究成果の概要


 2015 年 9 月から 2021 年 10 月の間に、成人もやもや病患者さん 46 名(女性 35 名、平均 38 歳)と、病気のない健康な人 33 名(女性 27 名、平均 41 歳)に研究参加いただき、研究用 MRI 撮影を行いました。もやもや病患者さんのうち 23 名は、血行再建術が必要かを判断するため、最も正確で詳細とされる 15O-ガス PET※6という脳血流検査を受けていました。また、患者さん全員が、認知機能検査(トレイルメイキングテスト※7)を受けていました。研究用 MRI から、血管周囲腔に沿った水の拡散率と、間質自由水を計算しました。

まず、もやもや病患者さんと健康な人の血管周囲腔に沿った水の拡散率を比較したところ、もやもや病患者さんでは血管周囲腔に沿った水の拡散率が低く、グリンパティックシステムの働きが低下している可能性があることがわかりました(図 2、左側)。患者さんの脳の状態を細かくわけてみると、脳血流低下があまりない場合、血行再建術を行ったあとの場合、脳血流低下が明らかで症状がある場合、脳梗塞や脳出血の傷跡がある場合の順で拡散率は低くなりましたが、いずれの場合でも健康な人より拡散率が低いことがわかりました(図 2、右側)。

続いて、血管周囲腔に沿った水の拡散率と 15O-ガス PET 検査の脳血流量、MRI で評価した間質自由水、認知機能検査(トレイルメイキングテスト)との関係を調査しました。すると、脳血流量が低いほど拡散率が低く、拡散率が低いほど間質自由水が増え、認知機能検査の結果が悪くなることがわかりました。このことは、脳血流が低下するほどグリンパティックシステムの働きが落ち、間質自由水がたまって老廃物の排出が滞り、認知機能が悪くなる可能性を示すものでした。


図 2. もやもや病患者さんと健康な人の血管周囲腔に沿った水の拡散率(拡散率が低いとグリンパティックシステムの働きが低い可能性が高い)。なお「血行再建術後」は過去に手術をうけ、安定した状態を意味します。



図 3. もやもや病患者さんの血管周囲腔に沿った水の拡散率と脳血流量、間質自由水、認知機能検査(トレイルメイキングテストパート B)の関係。拡散率が低いことはグリンパティックシステムの働きが悪いことを示しており、脳血流が低下するほどグリンパティックシステムの働きが落ち、老廃物の排出が滞って間質自由水がたまり、認知機能が悪くなる可能性を示している。




研究成果の意義


 これまで生きたヒトで脳血流とグリンパティックシステムの関係を調べた報告はなく、脳血流が低下するとグリンパティックシステムの働きが悪くなる可能性は、今回初めて明らかになりました。血管周囲腔に沿った水の拡散率と間質自由水、認知機能検査の結果とあわせると、脳血流が低下するとグリンパティックシステムの働きが悪くなり、老廃物の排出が滞って間質自由水がたまり、蓄積した老廃物が脳神経細胞にダメージを与え、認知機能が悪くなるのかもしれません。


いっぽうで、もやもや病患者さんの脳の状態と拡散率の関係をみると、強い血流低下のある状態よりは血行再建術を行った後のほうが拡散率が改善しているものの、健康な人よりは依然低く、血行再建術で脳血流低下を改善させれば、グリンパティックシステムの機能を正常に戻せるとはいえないこともわかりました。


今回調べた患者さんの数はまだ少ないので確たることは言えませんが、本研究グループは今後、同じ患者さんの血行再建術を行う前と後のデータを集めていき、血行再建術がもやもや病患者さんのグリンパティックシステムの機能を改善するのかどうか、探索していく予定です。




用語解説


※1 グリンパティックシステム:

脳内において、体のリンパ系と似た働きを持つ循環システム。脳の細い血管のまわりの空間にそって水分を動脈側から静脈側へ循環させ、老廃物を運ぶとされる。


※2 間質自由水:

脳の神経細胞の間に存在する液体。細胞へ運ぶ物質、細胞から排出される老廃物を含み、グリンパティックシステムなどにより循環し、脳の外へ排出される。


※3 アルツハイマー病:

脳内にアミロイドベータなどの老廃物が蓄積、脳神経細胞に悪影響を与え、認知症を発症する。


※4 血行再建術:

頭皮や脳を包む膜(硬膜)の動脈と脳の表面の動脈をつなげ、外から血流をいれることで、脳血流低下を改善させる手術。


※5 血管周囲腔に沿った水の拡散率:

脳の細い血管のまわりの空間に沿って動く水分子の拡散しやすさの指標。この拡散率が大きいほど脳内からの脳脊髄液の流出が正しく行われていることを示し、グリンパティックシステムの働きを反映するとされる。


※615O-ガス PET 検査:

放射性同意元素である 15O を含む気体(酸素、二酸化炭素、一酸化炭素)を呼吸で取り込み、脳に届く様子から、脳の血流状態を評価する検査。最も古く、最も正確に脳循環を評価できる検査で、複数のパラメーター(脳血流量、脳血液量、酸素摂取率、脳酸素代謝量)がある。


※7 トレイルメイキングテスト:

簡便な認知機能評価検査。パート A(数字を順番に結ぶ)は処理速度、パート B(数字とかなを交互に結ぶ)は遂行機能をみるとされる。

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