閉経後骨粗しょう症と体重増加を引き起こす共通メカニズムを解明
~抗酒薬ジスルフィラムは閉経後骨粗しょう症と体重増加を抑制~
発表のポイント
1.超高齢化社会の健康寿命を伸ばすために、閉経後女性の骨量減少と肥満の予防は重要な
課題です。
2.骨と脂肪組織の Nuclear Factor-κB (NF-κB)(※1)の活性化が閉経後の骨量減少と
体重増加に関与することを世界で初めて発見しました。
3.骨と脂肪組織の NF-κB を標的とした新たな治療薬の開発が期待できます。
概要
閉経後女性では、骨密度の低下と内臓脂肪の増加による体重増加が起こります。骨密度の低下は、骨折リスクを増大させ、内臓脂肪型肥満は、脂質異常症、メタボリック症候群や女性特有の乳がんなど、さまざまな疾患の発症リスクを上げます。超高齢化社会の健康寿命を伸ばすために、閉経後の骨量減少や肥満の予防は重要な課題です。しかし、閉経後骨粗しょう症の予防や治療に関する研究は多数ありますが、閉経後の骨量減少と体重増加の両方の共通メカニズムを想定した研究はほどんとありません。本研究では、閉経後骨粗しょう症モデルである卵巣摘出マウスを用いて、閉経後の骨量減少と体重増加を引き起こす共通メカニズムを解明しました。
九州大学大学院 歯学研究院 OBT 研究センター 自見 英治郎 教授、安河内 友世 准教授、口腔細胞工学分野 高 靖 助教、同大学大学院歯学系学府博士課程 黄 菲、埼玉医科大学 医学部 ゲノム基礎医学 片桐 岳信 教授、東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 口腔基礎工学分野 青木 和広 教授らは、閉経後骨粗しょう症モデルとして雌マウスの卵巣を摘出したところ、1 週間後に骨幹端と脂肪組織で炎症を引き起こす NF-κB が活性化されることを明らかにしました。そこで NF-κB の活性が亢進(こうしん)するマウスに卵巣摘出術を行うと、野生型マウス(※2)と比較して、脂肪重量の増加による体重増加および骨量減少が亢進しました。一方、卵巣摘出後に NF-κB の活性化の抑制効果を持つ抗酒薬ジスルフィラム(※3)を投与すると卵巣摘出による体重増加と骨量減少を抑制することができました。
本研究で用いたジスルフィラムは、新たな骨粗しょう症治療薬だけでなく、閉経後の肥満防止にも有効である可能性があります。今後、卵巣摘出後 NF-κB が活性化される骨および脂肪組織に存在する細胞を標的とする新たな治療法の開発も期待されます。
研究者からひとこと
我々は NF-κB の活性化を可視化できるマウスを作成してエストロゲン欠乏後に骨と脂肪組織で NF-κBが活性化されることを視覚的に捉えることができました。また抗酒薬ジスルフィラムは新たに骨粗しょう症だけでなく体重増加の予防薬になる可能性があります。
図1:エストロゲン欠乏は骨と脂肪組織の NF-κB の活性化を介して骨量減少と体重増加を
引き起こす。抗酒薬ジスルフィラムは閉経後骨粗しょう症と体重増加を抑制する可能性
がある。
研究の背景と経緯
閉経後女性では、骨密度の低下と、内臓脂肪の増加による体重増加が起こり、骨密度の低下は、骨折リスクを増大させ、内臓脂肪型肥満は、脂質異常症、メタボリック症候群や女性特有の乳がんなど、さまざまな疾患の発症リスクを上げます。超高齢化社会の健康寿命を伸ばすために、閉経後の骨量減少や肥満の予防は重要な課題です。
女性ホルモンであるエストロゲンの欠乏は、骨組織で骨形成と骨吸収の両方を活性化し、骨吸収量が骨形成量を上回るために、骨量が減少します。一方、閉経後の女性の肥満が亢進する理由は不明な点が多く体重増加におけるエストロゲンの標的臓器について、統一した見解は得られていません。
NF-κB は、炎症反応や免疫応答など私たちの健康を守る重要な因子ですが、過剰に活性化するとアレルギー疾患、がんや自己免疫疾患などさまざまな病気を引き起こします。NF-κB は骨粗しょう症や肥満にも関与することが報告されています。また、以前よりエストロゲン欠乏が NF-κB を活性化することが報告されていますが、閉経後いつ、どこで NF-κB が活性化されるのかわかっていません。
研究の内容と成果
我々は NF-κB の活性化を可視化できるマウス(κB-Luc マウス)(※4)を作製し、卵巣摘出術を行ったところ、術後 1 週間で骨幹端と脂肪組織で NF-κB の活性化が確認できました(図2)。
図2:卵巣摘出1週間後に骨幹端部と脂肪組織でNF-κBが活性化された。脳、肝臓、胸腺な
どの他の臓器では発光が観察できなかった。
次に我々が作製した NF-κB の活性化が亢進したマウス(S534A マウス)(※5)とκB-Luc マウスを交配し、卵巣摘出術を行うとκB-Luc マウスに卵巣摘出術を行った場合と比較して術後 1 週間の骨幹端と脂肪組織の NF-κB の活性化が亢進していました。
そこで、野生型および S534A マウスに卵巣摘出術を行い、経時的に体重を測定したところ、術後 4 週目から S534A マウスの体重増加が著しくなりました。この体重増加の亢進は脂肪組織重量の増加によるものでした。また、S534A マウスではインスリン抵抗性の増悪と脂肪組織の脂肪細胞の拡大と炎症マーカーの発現が亢進していました。一方、S534Aマウスでは野生型マウスと比較してより骨量が減少していました(表1)。この骨量減少は破骨細胞による骨吸収の亢進ではなく、骨芽細胞による骨形成の抑制によるものでした。組織学的に骨形成の抑制と骨髄脂肪細胞の増加が認められました。骨芽細胞と脂肪細胞は同じ間葉系細胞から分化することから、骨髄幹細胞から骨芽細胞分化と脂肪細胞分化を誘導すると、S534A マウス由来の骨髄幹細胞は骨芽細胞分化能力が低下し、脂肪細胞分化能が亢進しました。最後に閉経後の骨粗しょう症と体重増加を同時に抑制する可能性がある薬剤を選別し、その効果を検討することにしました。NF-κB の活性化を抑制する効果をもち、アルコール誘導性の骨量減少を抑制し、さらに高脂肪食による肥満を抑制する効果をもつジスルフィラムを1つの候補にしました。
ジスルフィラムはこれまで 60 年以上、抗酒薬として使用される安全性の高い薬剤です。κB-Luc マウスに卵巣摘出術を行い、ジスルフィラムを投与すると、骨幹端と脂肪組織で NF-κB の活性化が抑制されました。さらに野生型マウスに卵巣摘出術を行い、ジスルフィラムを投与すると、体重増加と骨量減少が抑制されました(表1)。
以上の結果は、卵巣摘出後の骨幹端と脂肪組織の NF-κB の活性化の程度が卵巣摘出による骨量減少と体重増加に関わることを示しました。さらに抗酒薬ジスルフィラムが閉経後の骨量減少だけでなく体重増加を抑制する可能性があります。
今後の展開
今後、卵巣摘出後、骨幹端と脂肪組織で早期に NF-κB が活性化される細胞を同定することで、閉経後骨粗しょう症と体重増加の新たな治療戦略への展開が期待できます。
ジスルフィラムは既に抗酒薬として臨床で使用されており、安全性も確認されていますので、骨粗しょう症治療薬だけでなく、閉経後の体重増加を予防できる「一石二鳥」の薬剤になる可能性があります。
用語解説
(※1) NF-κB
NF-κB は外敵や危険信号に応じて適切に働くことで私たちの健康を守る重要な因子です。しかし、その制御機構が破綻すると、アレルギー疾患やがん、自己免疫疾患などさまざまな病気の原因になるため、バランスの取れた活性化が重要です。
(※2) 野生型マウス
実験用野生型マウスはより自然に近い遺伝的特性を持ちながら、実験室での使用に適応させたマウスです。実験に使用する遺伝子改変マウスの対象として使用します。
(※3) ジスルフィラム(総称名:ノックビン)
アルコール代謝に必要なアルデヒド脱水素酵素の働きを阻害するため、アルコール依存症治療薬として使用されています。
(※4) NF-κB の活性化を可視化できるマウス(κB-Luc マウス)
マウスの体内に NF-κB が活性化されるとホタルの発光に関わる「ルシフェラーゼ」という酵素の遺伝子が組み込まれています。卵巣摘出後、NF-κB が活性化された臓器を直接見ることができます。
(※5) NF-κB の活性化が亢進したマウス(S534A マウス)
NF-κB を構成する5つのタンパク質のうちメインサブユニットである RelA(p65)タンパク質の 534 番目のアミノ酸であるセリンをアラニンに置換した遺伝子改変マウスは、刺激依存的に NF-κB の活性化が亢進しています。
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