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「指定難病「視神経脊髄炎」の炎症を正負に制御する免疫ダイナミクス」-No.349




指定難病「視神経脊髄炎」の炎症を正負に制御する免疫ダイナミクスを発見

-好中球とT細胞制御を目指した新たな治療法に道-




 新潟大学脳研究所脳神経内科の中島章博助教、佐治越爾助教(現・新潟市民病院脳神経内科副部長)、同大学大学院医歯学総合研究科の河内泉准教授、独立行政法人国立病院機構新潟病院脳神経内科の柳村文寛医師らの研究グループは、同大学脳研究所(脳神経内科分野、病理学分野)並びに同大学大学院医歯学総合研究科を中核拠点とし、京都府立医科大学、信州大学、関西医科大学、新潟医療福祉大学、国立病院機構まつもと医療センターなどと共同して、「指定難病『視神経脊髄炎(注 1)』で、ステージ依存性に炎症を正負に制御する免疫ダイナミクス」を明らかにしました。




本研究成果のポイント


1.視神経、脊髄に炎症を繰り返す指定難病「視神経脊髄炎」において、ステージ依存性に炎

 症を正負に制御する「新しい免疫ダイナミクス」を世界で初めて明らかにした。


2.視神経脊髄炎では、炎症を起こしている神経に、(i)活性化した好中球(注 2)、(ii)インター

 ロイキン(IL)-17 を分泌する T 細胞(TH17 細胞や TC17 細胞)(注 3・注 4)、(iii)組織を傷

 害する顆粒(グランザイム)を持つ組織常在性記憶 T 細胞(注 5)が増加し、病変が拡大する。


3.視神経脊髄炎では、神経に組織常在性記憶 T 細胞が常在し、組織を傷害する顆粒(グラン

 ザイム)を持つことで、炎症・自己免疫現象を引き起こす可能性がある。


4.視神経脊髄炎の免疫ダイナミクスは、多発性硬化症(注 6)とは異なる。


5.視神経脊髄炎で、発作を予測する血液バイオマーカーを開発できる可能性がある。


6.視神経脊髄炎で、好中球、TH17 細胞や TC17 細胞、組織常在性記憶 T 細胞を標的とし

 た新たな治療戦略に繋がる可能性がある。




研究の背景


 指定難病「視神経脊髄炎(NMO)・多発性硬化症(MS)」は、視神経、脊髄や脳に炎症が起こり、視力の障害、手足の麻痺、しびれや認知機能障害などの症状が現れる神経難病です。


患者数は世界で 250 万人、日本で 1 万8千人であり、近年、増加している疾患群です。多くは社会の生産活動の中核を成す 20 歳から 40 歳台の若年成人に発症するため、再発や症状の進行を抑止することは、社会にとって極めて重要な課題です。特に、NMO は、1891 年(明治 24 年)に青山胤通博士(東京帝国大学医学部)により症例報告されて以来、日本を含めたアジアで多いことが明らかになっています。


近年の研究成果により、NMO の標的自己抗原はアクアポリン 4(AQP4)水チャネルであることが明らかとなっています。AQP4 を発現したアストロサイトが、AQP4 自己抗体と補体により破壊され、結果、アストロサイトの機能(神経軸索、髄鞘、血管サポート)を失うことで発作(脊髄炎や視神経炎などの病変)を引き起こします。神経機能が重度に障害された場合、車いすが必要になったり、失明したりすることがあります。2013 年から血液の AQP4 自己抗体を測定することで、NMO の正確な診断が可能となりました。さらに、NMO に対して、2019年から順次、5 種類の免疫制御治療(疾患修飾薬(DMTs)(注 7))が開発され(2024 年 4 月現在)、異常な免疫因子をある程度、制御することが可能となりました。正確な診断と疾患に特化した DMTs の出現は、脳神経内科の診療にパラダイム・シフトをもたらしています。しかし、自己抗体以外の免疫動態は不明なままでした。「AQP4 自己抗体が中枢神経の外で産生された後、どのようにして中枢神経に入り、病変を引き起こすのか?」、「どのようにして病変を拡大させるのか?」、「どのような機序で再発を起こすのか?」等、いまだに多くの疑問が残されています。さらに、未だに NMO における治療法は完成に至っていません。また、完全に神経を保護する治療法は開発されていません。以上から、免疫病態と神経破壊の全容を解明することは、DMTs による治療をさらにアップデートし、アンメット・メディカル・ニーズに応える神経保護療法の開発への道を切り開くことになります。




研究の概要と成果


 本研究では、指定難病『視神経脊髄炎』『多発性硬化症』を持つ患者さんの神経組織を使用して、ステージ(病期)ごとに浸潤する免疫細胞を病理学的手法で包括的に解析し、次の(a)〜(g)を世界で初めて明らかにしました。


(a) NMO の初期・早期活動性病変には、細胞外 DNA トラップ(NETs)を示唆するシトルリン化ヒストンを持つ活性化好中球が集積する。


(b) NMO の初期・早期活動性病変には、インターロイキン(IL)-17 を産生する能力を持つTH17/TC17 が集積する。


(c) NMO の病変の大きさは、NETs を示唆するシトルリン化ヒストン陽性シグナル数やTH17/TC17 と、正に相関する。以上から、NETs を伴う活性化した好中球や TH17/TC17 はNMO の病変拡大に寄与する可能性が想定される。


(d) NMO にはステージ(病期)と関係なく、常に CD103+組織常在性記憶 T 細胞(TRM)が存在する。特に、初期・早期活動性病変には、細胞傷害性顆粒グランザイムを発現した病原性 TRMが顕著となる。以上から、TRM は再発を引き起こすトリガーが作動すると、「細胞傷害性顆粒グランザイムを発現した病原性 TRM」に変化することで活動性病変を引き起こす可能性が想定される。


(e) NMO の活動性病変には、炎症を制御する力を持つ調節性 FOXP3+Treg(注 8)が集積する。


(f) (a)〜(e)のプロセスは、ステージ(病期)依存的に進行し、NMO の免疫ダイナミクスを形成する。


(g) NMO の免疫ダイナミクスを制御(好中球、TH17/TC17、TRM の活性化抑止と、FOXP3+Tregの増幅)することで、再発を抑止し、神経を保護する新たな治療法の開発が期待される。以上の研究成果から、「指定難病『視神経脊髄炎』で、ステージ依存性に炎症を正負に制御する免疫ダイナミクス」を概念図で示すと以下のようになります。 


概念図

今回の成果から考えられる病態仮説を示します。

①なんらかの発作誘発因子により、中枢神経に常在している組織常在性記憶 T 細胞(TRM)が細胞傷害性顆粒グランザイムを発現します。

②Melanoma cell adhesion molecule (MCAM) を発現した TH17細胞が侵入し、インターロイキン (IL)-17を産生します。

③IL-17 に応答して、マクロファージや好中球が侵入し、好中球を活性化させます。活性化した好中球から、細胞外 DNA トラップ (NETs)(殺菌蛋白であるミエロペルオキシダーゼやシトルリン化ヒストン、DNA を含む) が形成されます。

④これらにより、血液脳関門が大きく破綻します。

⑤大きく破綻した血液脳関門から、アクアポリン 4 抗体と補体が中枢神経の中へ大量に侵入し、アストロサイトを障害します。

⑥アストロサイトの障害に引き続き、二次的に神経軸索の腫大・障害と脱髄が起こります。⑦TH17と活性化好中球がさらに集積し、炎症が増幅し、病変が大きく拡大します。⑧一連のイベントの結果、異常な神経の軸索流が生じ、神経伝導が遮断され、視力の障害・手足の麻痺・しびれ感などの神経症状を来します。一方、

⑨炎症を制御する力を持つ FOXP3+Treg が侵入し、病巣は沈静化していきます。

⑩病巣が沈静化した後も、TRM が残存し、次の発作誘発に備えます。


このように、NMO では、ステージ (病期) 依存的に、TRM/IL-17/好中球を軸とした免疫ダイナミクスが形成され、その基盤の上で AQP4 抗体が作動することが推測されます。

免疫ダイナミクスの制御 (好中球・TH17/TC17・TRM の活性化抑止と、FOXP3+Treg の増幅) が、再発を抑止し、神経を保護する治療の開発に繋がる可能性があります。




今後の展開


 今回の成果から、NMO の免疫病態を病期(ステージ)ごとに理解することが可能となりました。その結果、NMO の発作・再発を予測することが可能な血液バイオマーカーを開発できる可能性があります。血液検査で、発作・再発の予兆を捉えることで、DMTs の切り替えを含めた適切な治療法を選択することが可能となります。さらに、NMO において免疫ダイナミクスを制御する新たな薬剤を開発できれば、NMO の発作・再発抑止や神経保護に有効である可能性が想定され、患者さんの QOL 向上が期待されます。NMO で神経保護治療が成功すれば、他の難治性神経疾患「MS」における神経保護治療への応用も期待できます。




用語解説


(注 1)視神経脊髄炎

水チャネル分子アクアポリン 4 を標的とする自己抗体によってアストロサイトが障害され、主に視神経と脊髄に炎症が生じ、視力の障害、手足の麻痺、しびれなどが起こる自己免疫疾患である。近年、視神経と脊髄だけでなく大脳にも炎症が生じることがわかり、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)とも呼ばれる。1 回の再発で重度の後遺症を残すことが多い。


(注 2)好中球

好中球は白血球のなかの顆粒球の一種で、細菌・真菌の感染部位で活性化し、細胞内の顆粒を放出することで感染を制御する。活性化した好中球の DNA・ヒストンと様々な殺菌蛋白が網状に放出される現象を、好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular trap: NETs)と呼ぶ。


(注 3)TH(ヘルパーT 細胞)

細胞表面に CD4 分子を有する T 細胞である。マクロファージ、樹状細胞、B 細胞によって提示された抗原の断片を認識することで活性化し、サイトカインを分泌して他の免疫細胞の働きを調節する。ヘルパーT 細胞のなかで、インターロイキン-17 を分泌して好中球を誘導するものを TH17 細胞と呼ぶ。


(注 4)TC(細胞傷害性 T 細胞)

細胞表面に CD8 分子を有する T 細胞である。ヘルパーT 細胞の指示を受け、ウイルス感染細胞やがん細胞などの異常な細胞を認識し、細胞傷害性顆粒のグランザイムなどを分泌する。細胞傷害性 T 細胞のなかで、インターロイキン-17 を分泌して好中球を誘導するものを TC17 細胞と呼ぶ。


(注 5)TRM(組織常在性記憶 T 細胞)

細胞表面に CD103 分子を有する T 細胞である。皮膚、肺、腸管などの組織に常在し、病原体を認識し、サイトカインや細胞傷害性顆粒を分泌することで、速やかに感染を制御する。近年、乾癬や白斑といった皮膚の自己免疫疾患だけでなく、多発性硬化症の炎症早期にも TRM 細胞が関与し、疾患ごとに TRM 細胞の特徴が異なることが明らかにされつつある。


(注 6)多発性硬化症

オリゴデンドロサイトを標的とした免疫応答によって、脳、視神経、脊髄に炎症が生じ、視力の障害、手足のまひ、しびれなどが起こる自己免疫疾患である。自己抗原や自己抗体は同定されていない。適切な治療をしなければ、再発と寛解を繰り返し、再発とは無関係に神経障害が進行する。


(注 7)疾患修飾薬(DMTs)

疾患の原因となる分子を標的として作用することで、疾患の再発や進行を抑制する薬剤である。AQP4 抗体陽性視神経脊髄炎スペクトラム障害では、エクリズマブ(anti-C5)、ラブリズマブ(anti-C5)、サトラリズマブ(anti-IL-6R)、イネビリズマブ(anti-CD19)、リツキシマブ(anti-CD20)の 5 つが日本国内で承認されている(2024 年 4 月時点)。


(注 8)Treg(調節性 T 細胞)

FOXP3+Treg 細胞は、細胞同士のコンタクトによって自己反応性 T 細胞の増殖を抑え、自己免疫疾患による炎症を制御する。

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