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「新規がん免疫療法の技術開発に成功」-No.302




新規がん免疫療法の技術開発に成功~難治がんの治療開発に期待




発表のポイント


1.がんに対する免疫応答を大幅に増幅させるシステムを開発。

2.転移したがんに対する有効な治療法としての応用に期待。

3.従来の免疫療法が効かないがんに対しても有効な、新規がん治療法に期待。

 



 北海道大学大学院医学研究院の小林弘一教授らの日米共同研究グループは、免疫システムから逃れるがんを治療するための全く新しい技術の開発に成功しました。


 人間の免疫系で腫瘍免疫の主役を担っているのは、がん細胞を見つけ出し、攻撃することができる細胞傷害性 T 細胞*1です。細胞傷害性 T 細胞はがん細胞に存在するがん抗原を認識することで、正常な細胞を攻撃せずにがん細胞のみを攻撃し、がんの発症を抑えています。細胞傷害性 T 細胞ががん細胞を認識するためには、がん抗原が MHC クラス I*2という分子と共に存在していることが必要不可欠です。多くのがんは MHC クラス I のレベルを低下させ、細胞傷害性 T 細胞から逃れようとします。こうなると、従来の免疫療法、例えば免疫チェックポイント阻害剤なども効果を発揮できなくなります。今回、研究グループは MHC クラス I の量を制御する NLRC5*3という制御因子の量を大幅に増加し、MHC クラス I の発現を増加させる新技術「TRED-I システム」を開発しました。


研究グループは、がん細胞では NLRC5 遺伝子がメチル化という修飾を受けることで発現できなくなり、結果として MHC クラス I の発現低下を引き起こしていることに注目しました。TRED-I システムは NLRC5 遺伝子のみをターゲットにして、メチル化修飾の正常化と遺伝子発現を誘導可能にしたシステムです。この導入により、MHC クラス I の発現は増加し、細胞傷害性 T 細胞ががん抗原を認識してがん細胞を攻撃するようになります。動物実験において、TRED-I システムによるがん治療効果が認められた上、免疫チェックポイント阻害剤*4との併用の治療有用性も確認されました。特記すべきこととして、TRED-I システムは免疫活性化を通して、このシステムを導入したがん原発巣から離れたがんに対しても治療効果を示すため、転移したがんに対する有効な治療法としての応用が期待されます。

本研究における技術開発は、今までとは全く異なる原理を用いた新たなアプローチによるがん免疫療法を可能にし、将来の様々ながん種に対する治療への応用が期待されます。


細胞傷害性 T 細胞(白)ががん細胞(赤)を攻撃するイメージ図




背景


 私たちの体の中では毎日数百から数千のがん細胞ができていると推測されています。それにも関わらず、がんにならずに済んでいるのは、私たちの体が持っている免疫系によりがん細胞が排除されているからだと考えられています。その免疫系の主役は細胞傷害性 T 細胞です。細胞傷害性 T 細胞はがん細胞に存在するがん抗原を認識することにより、がんを攻撃し、がんから体を守ります。しかしながら、免疫系から逃れる事が出来るがん細胞が出現すると、がんを発症します。


がん細胞の免疫逃避手段の中で最も重要なものの一つと考えられているのが、MHCクラスI分子の低下です。MHCクラスI分子はほぼ全ての細胞の表面に存在し、がん化するとそのがん細胞のMHCクラスI分子によって細胞傷害性T細胞に、細胞内部に生じたがん抗原を提示します。しかし、多くのがんはMHCクラスI分子の量を減らすことによって、免疫機構から逃避することが知られています。がん細胞におけるMHCクラスI分子の量を増やすことができれば治療になるというアイデアは以前からありましたが、それを可能にする有効な技術が存在しませんでした。また、MHCクラスI分子を増加させる薬剤は存在したのですが、特異的でないため副作用が強く、実際の治療に使うことが困難でした。

 



研究手法


 研究グループは最近の研究で、がん細胞におけるMHCクラスI分子の低下は、NLRC5というMHCクラスI制御因子の減少が主な原因であることを発見しました(Yoshihama et al Proceedings of theNational Academy of Sciences 2016)。

多くのがん細胞ではNLRC5遺伝子にメチル化という修飾がかかっているため、NLRC5が発現できない状況になっています。そこでNLRC5遺伝子のメチル化を解除し、かつNLRC5遺伝子を活性化させられる新技術、TRED-Iシステムを開発しました。TRED-Iシステムは、がん細胞のNLRC5の発現レベルを特異的に回復し、MHCクラスI分子レベルを上昇させることが可能です。動物モデルを使用し、生体におけるTRED-Iシステムのがん治療効果を検証しました。



  

研究成果


 動物モデルによる検証の結果、TRED-I システムにより、がん細胞に対する細胞傷害性 T 細胞の応答、攻撃能が大幅に向上することで、がんに対する治療効果を得られることがわかりました(図 1)。


図 1. 動物モデルにおいて、TRED-I システムの導入により、自己の持つ免疫系が活性化

   され、がんの大きさの縮小が認められる。



 また、免疫チェックポイント阻害剤に耐性があるがん腫でも、TRED-I システムと併用すれば高い治療効果を得ることが可能であることを確認しました。本研究により、MHC クラス I 分子の量を特異的に増やすことが可能である TRED-I システムが開発され、全く新しいタイプのがん免疫治療が可能となることが示されました。TRED-I システムは、チェックポイント阻害剤などの従来の免疫療法に耐性があるがんにも効果があるため、多くの種類のがんへの応用が可能だと思われます。(図2)


 図2. NLRC5 遺伝子のプロモーターメチル化が起こると、NLRC5 のレベルが低下し、

   それによりがん細胞における MHC クラス I 分子レベルが低下し免疫系から逃避して

   しまう。TRED-I システムによる脱メチル化は、MHC クラス I 分子レベルの回復と、

   細胞傷害性 T 細胞の活性化をもたらし、がん細胞を攻撃することが可能となる。




今後への期待


 今まで、MHCクラスI分子を特異的に上昇させる方法はありませんでした。TRED-Iシステムの開発により、今後、新しい免疫療法への応用が期待されます。TRED-Iシステム単独でのがん治療に加え、従来の免疫療法との併用も大きな治療効果をもたらす可能性があります。




用語解説


*1 細胞傷害性 T 細胞 …

  ウイルス感染細胞やがん細胞等の異常な細胞を見つけ、破壊・除去する免疫細胞のこ

  と。


*2 MHC クラス I …

  ウイルス抗原やがん抗原などを細胞傷害性 T 細胞が認識できる状態にするために、ウイ

  ルス抗原やがん抗原と結合して細胞の表面に出すための分子のこと。


*3 NLRC5 …

MHC クラス I を含め細胞傷害性 T 細胞活性化に必要なタンパク質を作る為に大切な

免疫系の分子のこと。


*4 免疫チェックポイント阻害療法 …

活性化した免疫細胞を制御できる分子(PD-1 など)を阻害し、免疫細胞の活性化を継続

される療法。

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