破骨細胞のエネルギー代謝制御分子 SIK3 は、骨粗鬆症の新しい治療標的となる
研究成果のポイント
1.骨粗鬆症の新しい治療標的として SIK3 というタンパク質を同定した
2.破骨細胞が骨を溶かす際、細胞内のエネルギー制御分子である SIK3 が活性化した
3.Sik3 遺伝子の欠損や、その阻害剤処理により、破骨細胞の骨吸収作用が抑制された
概要
富山大学学術研究部医学系整形外科 川口善治教授、亀井克彦(当時博士課程 4 年)らの研究グループは、大阪大学大学院医学系研究科・生命機能研究科 箭原康人准教授、岐阜大学工学部 竹森洋教授との共同研究によって、SIK3の阻害剤であるプテロシン Bという天然物質に、破骨細胞の機能を抑制する作用があることを発見しました。
加齢とともに骨の密度と強度が低下し、骨粗鬆症を発症します。川口教授らの研究グループは、骨の吸収を担う破骨細胞において Sik3 遺伝子を欠失するマウスを作製したところ、Sik3 欠失マウスでは破骨細胞の機能が低下し骨量が増加することを発見しました。さらにSIK3 阻害剤であるプテロシン B が、破骨細胞の分化を抑制する作用を持つことを明らかにしました。
以上の結果から、破骨細胞のエネルギー代謝制御分子である SIK3 は、骨粗鬆症の有望な治療標的であると考えられました。プテロシン B は、骨粗鬆症治療薬のリード化合物になりうると考えられます。
研究の背景
骨の質と強度は、その形成と吸収のバランスによって維持されています。経年的な骨恒常性の破綻は、骨粗鬆症に代表される骨代謝性疾患を誘導し、易骨折性による社会活動の低下や寝たきりの原因となります。そのため骨質と骨強度の改善を目指した新しい治療薬の開発が期待されています。
川口教授らの研究チームは、細胞内のエネルギー枯渇によって活性化される AMP依存性プロテインキナーゼファミリーに属する蛋白リン酸化酵素である、SIK3に着目しました。SIK3は細胞内のエネルギーセンサーとして機能し、細胞活動のエネルギー源である ATP 需要の増加に伴って活性化するリン酸化酵素です。本研究では、破骨細胞の分化・成熟における SIK3 の機能を解明することを目的としました。
研究の内容・成果
1.SIK3 の機能を欠損したマウスでは骨量が増加する
破骨細胞分化における SIK3の機能を解明するため、破骨細胞系列においてのみ Sik3遺伝子を欠失したマウスを作製しました。生後 8~10週齢雌マウスの大腿骨をマイクロ CTと組織学的解析を用いて評価した結果、Sik3 遺伝子を欠失したマウスでは同腹の野生型マウスに比べて、骨量が顕著に上昇することが分かりました。破骨細胞における Sik3 遺伝子の欠失は、破骨細胞の分化と基質吸収能を抑制することで、骨量が増加したものと考えられました。
図 1. 破骨細胞において Sik3 遺伝子を欠損したマウスでは骨量が増加する
2.SIK3 阻害剤プテロシン B は破骨細胞分化を抑制する
我々は、これまでに SIK3 経路の阻害剤としてプテロシン B を同定し報告してきました(Yahara et al, Nat Commun. 2016)。次の実験では、マウスマクロファージ細胞株 RAW-264 細胞とマウスの骨髄から採取した単球を破骨細胞へと分化誘導し、プテロシン B の効果を検証しました。その結果、プテロシン B 処理によって、破骨細胞の分化と成熟が強力に抑制されることを明らかにしました。
図 2. プテロシン B の処理により試験管内で破骨細胞の分化が抑制された
3.SIK3 の機能欠損とプテロシン B の処理は、生命活動のエネルギー源である ATP 産生、ミトコンドリアの酸化的リン酸化を標的とすることで破骨細胞分化を抑制する
SIK3 の機能欠損およびプテロシン B 処理が、破骨細胞分化に及ぼす影響を評価するため、遺伝子発現解析を試みました。その結果、SIK3 の機能欠損およびプテロシン B 処理群では、酸化的リン酸化、TCA サイクルなどの細胞内エネルギー代謝に関連する遺伝子群が有意に変化していることを明らかにしました。SIK3 は、破骨細胞が形成される際の、細胞内のエネルギー需要の高まりに応答して活性化します。SIK3 の機能欠損とプテロシン B はこの機能を阻害することで、破骨細胞分化に対して抑制作用を発揮する可能性が示されました。
図 3. プテロシン B 処理は、破骨細胞分化に必要なエネルギー合成を抑制する
今後の展開
今回の研究成果によって、破骨細胞のエネルギー代謝制御分子である SIK3の機能を抑えることで、破骨細胞の分化と成熟を阻害し、骨の形成を促す治療法の可能性が示されました。今後は、SIK3 を標的としたより効果的な骨粗鬆症治療薬の開発を目指します。
用語解説
※1)骨粗鬆症
骨粗鬆症とは、骨の量(骨量)が減って、骨の性質(骨質)が弱くなり、骨折しやすくなる病気です。年齢とともに発症頻度が高くなる傾向があり、特に閉経後の女性で発症しやすくなります。
※2)破骨細胞
破骨細胞は、古い骨を吸収することで骨の新陳代謝を担う細胞です。その機能が過剰になると、骨の吸収が進行し、骨粗鬆症を発症する原因となります。破骨細胞の機能を調整することで、骨の吸収を抑制し、骨粗鬆症の進行を抑えることが可能になります。
※3)SIK3
塩誘導性キナーゼ(Salt Inducible Kinase)の一種です。タンパク質をリン酸化して細胞内の情報伝達に関与するタンパク質およびそのタンパク質をコードする遺伝子のことを指します。
※4)プテロシン B
ワラビに含まれる発がん物質として知られるプタキロサイドが、アク抜きの過程でアルカリに晒されることで生じるものがプテロシン B です。プテロシン B は安定な物質であり、発がん性はありません。
※5) リード化合物
薬を開発する上で出発点となる化合物のことです。この化合物の形を変更することでより良い化合物を探し、改良が加えられます。
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