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「禁酒・節酒が食道粘膜の前がん状態を改善し、食道および頭頸部の発がんを予防する」-No.284





禁酒・節酒が食道粘膜の前がん状態を改善し、食道および頭頸部の発がんを予防

することを世界ではじめて明らかにした

―アルコール発がん予防の新たな指標―




概要


 「がん」を予防することは、誰もが望む世界的な課題です。食道がんや頭頸部がんは、早期発見できれば内視鏡治療などの方法で臓器温存で治すことができる一方、残った臓器に新たにがんが発生することが知られており、「領域発がん現象」として知られています。

多発性にがんが発生することは、生命予後や生活の質に悪影響を及ぼすため、再発の予防が必要です。ヨード色素内視鏡検査を行うと、食道粘膜の前がん病変である異型上皮はヨード不染帯として視認されます。


京都大学大学院医学研究科 武藤 学教授、堅田親利特定准教授、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 堀圭介医員(現:一宮西病院消化器内科副部長)らの研究グループは、日本食道コホート試験(Japan Esophageal Cohort [JEC]試験)を通して、食道粘膜の多発性のヨード不染帯(概要図中A)は、その発生に飲酒が強く関連し、食道や頭頸部の発がんリスクに強く関連することを報告してきました。JEC 試験は、食道扁平上皮がんの内視鏡切除後に禁酒・禁煙指導を実施し、6 か月毎の上部消化管内視鏡検査と 12 か月毎の耳鼻咽喉科診察を継続しながら経過観察する前向きコホート研究です。この研究に登録された 232 症例を検討したところ、68.1%の症例が禁酒・節酒に成功し、そのうち 10.8%の症例で食道粘膜のヨード不染帯の程度が改善しました(概要図中 B)。禁酒・節酒を継続したひとは禁酒・節酒できなかったひとに比べて約 8.5 倍の頻度でヨード不染帯の程度が改善し、さらに食道がん、頭頸部がんの発生割合を 80%抑制ました。

この成果は、食道がん、頭頸部がんの多発発生は、禁酒・節酒をすることで前がん病変が減少し、多発性の発がんを抑制することを世界で初めて臨床的に明らかにするとともに、食道および頭頸部の発がん予防に活用されることが期待されます。





背景


 日本における食道がんは年間約 26,000 人に発生します。食道がんには大ききわけて扁平上皮がんと腺がんの 2 種類がありますが、日本人の約 9 割は扁平上皮がんです。頭頸部がんは、口やのどにできるがんの総称ですが、日本では口やのどのがんは約 23,000 人に発生し、その多くは扁平上皮がんです。


世界保健機関 (World Health Organization: WHO)の下部組織である国際がん研究機関 (International Agency for Research on Cancer: IARC)は、飲酒、喫煙を食道や頭頸部の扁平上皮がんの明らかな発がん因子(ヒトに対して明らかに発がん性がある)と認定しています 1)。また、食道や頭頸部には扁平上皮がんが多発することが従来より知られており、領域がん化(Field cancerization)現象と言われています 2)。食道や頭頸部の前がん病変である異型上皮は、ヨード色素内視鏡検査を行うと不染色域として視認できますが、多発性にヨード不染域を認めることがあります。我々は、これを multiple Lugol-voiding lesions (multiple LVL)と命名し、multiple LVL が領域がん化に強く関与することを報告するとともに、飲酒や喫煙がその発生に関与することを明らかにしてきました 3)


近年の内視鏡診断技術の進歩により、食道扁平上皮がんの多くが早期の段階で発見されるようになり、早期の食道扁平上皮がんは内視鏡による治療(内視鏡的切除)で治せる時代になりました。一方、がんの発生母地である食道を温存するため、領域がん化現象により多発性の扁平上皮がんが治療後に食道や頭頸部に発生することで、生命予後や生活の質に悪影響を及ぼすことが大きな課題となりました。これまで、危険因子である飲酒を控え、禁酒や節酒により multiple LVL が改善するのか、さらに多発性の扁平上皮がんの発生を抑制するのか不明でした。そのため、本研究は、禁酒や節酒による発がん抑制効果を明らかにすることを目的として行われました。




研究手法・成果


 Japan Esophageal Cohort (JEC)試験は、食道扁平上皮癌の内視鏡切除後に、病理組織学的に粘膜内癌と診断され、追加治療を実施しない 330 例を登録し、6 か月毎の上部消化管内視鏡検査と 12 か月毎の耳鼻咽喉科診察を継続しながら経過観察をする前向きコホート研究です。登録時に食道粘膜のヨード不染帯の程度を調査し、文書による禁酒・禁煙指導を実施しています。登録例は内視鏡切除例であることから、食道は温存され、長期生存を見込める集団であり、食道粘膜に抗がん剤や放射線の影響が及ぶことなく、計画的に経過観察されています。食道粘膜のヨード不染帯の程度を 3 段階(Grade A:ヨード不染帯なし、Grade B:A にも C にも属さないもの、Grade C:内視鏡 1 画面中にヨード不染帯が 10 個以上存在するもの)に分類すると、観察期間中央値 80.7 か月(range 1.3-142.3)における 5 年累積異時性食道癌発生率は、Grade A 6.0%、Grade B17.8%、Grade C 47.1%であり (Grade A vs. B: P =0.022, A vs. C: P =0.0007)、5 年累積異時性頭頸部癌発生率は、Grade A 0.0%、Grade B 4.3%、Grade C 13.3%でした (Grade A vs. B: P =0.12, A vs. C: P <0.0001)4)。多変量解析では、Grade C は異時性食道癌発生 (HR, 8.76; 95%CI, 3.02-25.5)と異時性頭頸部癌発生 (HR,3.51; 95%CI, 1.34-9.20)の独立したリスク因子でした 5)。


 今回、私たちは治療後の飲酒状況と食道粘膜のヨード不染帯の程度の経時的変化と異時性発がんの関連を明らかにすることを目的として、JEC 試験の付随研究を実施しました。

解析対象は Grade A の 50 例と登録時に飲酒していなかった 48 例を除外した 232 例です。観察期間中央値 42.1 か月(範囲 1.9-79.1)において、8.2%(19/232)の頻度で食道粘膜のヨード不染帯の程度が改善していました。68.1%(158/232)の症例は禁酒・節酒に成功し、そのうち 10.8%(17/158)の頻度で食道粘膜のヨード不染帯の程度が改善しました。一方、31.9%(74/232)の症例は飲酒を継続しており、そのうち食道粘膜のヨード不染帯の程度が改善した頻度はわずか 2.7%(2/74)でした(p=0.04)。食道粘膜のヨード不染帯の程度の累積改善率は、禁酒・節酒に成功した集団は、飲酒を継続した集団に比べて有意に改善しました(p=0.031)。多変量解析では禁酒・節酒がヨード不染帯の程度を改善する独立した因子でした(HR=8.5, CI 1.7-153.8, p=0.0053)。食道粘膜のヨード不染帯の程度が改善した集団は、異時性食道癌(Log rank p=0.14,Wilcoxon p=0.066)と異時性頭頸部・食道癌(Log rankp=0.072,Wilcoxon p=0.036)の累積発生率が抑制される傾向がありました。多変量解析では、食道粘膜のヨード不染帯の程度の改善は、異時性食道癌(HR=0.3, 95%CI 0.04-0.9, p=0.028)や異時性頭頸部・食道癌(HR=0.2, 95%CI 0.04-0.7, p=0.009)の発生を抑制する独立したリスク因子でした。


今回の研究より、領域がん化現象は可逆的であり、禁酒・節酒は食道粘膜のヨード不染帯の程度を改善し、異時性発がんを抑制することが示されました。この成果は、禁酒・節酒をすることで食道の前がん病変を減少させ、多発性の発がんを抑制することを世界で初めて臨床的に明らかにするとともに、食道および頭頸部の発がん予防に活用されることが期待されます。




波及効果、今後の予定


 今回の研究によって、禁酒・節酒は食道粘膜のヨード不染帯の程度を改善し、異時性発がんを抑制することが示されたため、今後は食道粘膜の多発ヨード不染帯を対象に、ヨード不染帯の程度の改善を有効性の指標とした発がん予防研究が計画されることが期待されます。





研究者のコメント


 本研究は、明らかな危険因子であるアルコール摂取を抑制することで食道内の前がん病変を減少現象させ、食道のみならず頭頸部の発がん抑制に繋がることを世界で初めて示したものであり、今後の予防医療への応用が期待されます。今回は、内視鏡治療が実施された早期の食道扁平上皮がん患者さんを対象としたものですが、飲酒は食道がんや頭頸部がんに罹患していないひとにも明らかな危険因子であることから、禁酒・節酒が食道がんや頭頸部がんの抑制に効果を示す可能性を示したとも言えます。食道粘膜のヨード不染帯の程度は、発がんのリスクを予測するバイオマーカーとして報告してきましたが、予防効果の指標になることを示した点では画期的な発見であるといえます。


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