top of page

「糖尿病関連腎臓病の新たな悪化メカニズムを発見」-No.326




糖尿病関連腎臓病の新たな悪化メカニズムを発見!

~腎臓のミトコンドリア呼吸鎖Iは新たな治療標的になる可能性~




発表のポイント


1.腎臓のミトコンドリア呼吸鎖 I やそのサブユニットである NDUFS4 が糖尿病関連腎臓病

 の悪化に強く関わっていることが分かりました。


2.マウスの腎臓ポドサイトにおいて NDUFS4 を過剰発現させるとミトコンドリア機能や

 構造が改善し、糖尿病関連腎臓病の悪化が抑制されました。


3.糖尿病関連腎臓病において、ミトコンドリア呼吸鎖をターゲットにし、改善効果を示した

 世界初の研究成果で新規治療ターゲットにつながることが期待されます。



 岡山大学学術研究院医歯薬学域(医)腎・免疫・内分泌代謝内科学分野の三瀬広記客員研究員、和田淳教授、泌尿器病態学分野の荒木元朗教授らの研究グループは、アメリカの MD アンダーソン癌センター(MD Anderson Cancer Center)腎臓内科(Nephrology Section)の Farhad R. Danesh 教授らの研究グループとともに、透析導入の世界最大の原因である糖尿病関連腎臓病の新たな悪化メカニズムと治療ターゲットを発見しました。


ミトコンドリア[1]はエネルギーや酸化ストレスを調整する生体に必須の細胞内構造体ですが、それらの調整に大きく関わるのがミトコンドリア呼吸鎖複合体[2](呼吸鎖複合体 I~V まで存在)です。

今回の研究では、糖尿病関連腎臓病のポドサイトという腎臓の重要な機能を担う細胞において、呼吸鎖複合体 I の活性やそのサブユニット NDUFS4 の発現量が低下していることが分かりました。さらに、ポドサイトで NDUFS4 を過剰発現させた糖尿病マウスでは、腎臓病進展のマーカーであるアルブミン尿が低下し、ミトコンドリアの内部構造維持に重要な蛋白質 STOML2 とNDUFS4 の相互作用が改善することでミトコンドリア機能・構造が改善することを発見しました。


これらの発見から、NDUFS4 やミトコンドリア呼吸鎖 I は、糖尿病関連腎臓病における新たな治療ターゲットとなることが期待されます。




研究者からのひとこと


 近年ミトコンドリアをターゲットとした糖尿病関連腎臓病の研究は多く報告されてきていますが、臨床の現場に実用化されるような画期的な治療ターゲットの発見はまだありません。今回の研究をさらに発展させ、糖尿病関連腎臓病が治るような治療薬の開発につなげたいと思います。                        

三瀬広記 客員研究員




現状


 日本を含めた欧米アジア諸国において、透析の原因となる腎臓病の第一位は糖尿病関連腎臓病(DKD:diabetic kidney disease)です。DKD とは糖尿病やそれに関連した病態の結果起こる腎臓病のことですが、我が国においては、近年登場した糖尿病治療薬などの効果で、DKD が原因で透析が開始になる人の数は以前より抑えられています。しかし、「わが国の慢性透析療法の現況 2022(日本透析医学会)」によれば、2022 年に DKD が原因で透析を継続している人は約 13 万人(全体の40%)と依然多く、2015-16 年と比べると約 1 万人増えています。このような背景から、DKD の進行を抑える、治すような新規治療ターゲットの探索、新規治療薬の開発が望まれています。




研究成果の内容


 三瀬研究員、Danesh 教授らの研究グループは、ミトコンドリアの呼吸鎖複合体 I のサブユニットNDUFS4 が DKD の進行に重要な役割をしていて、新規治療ターゲットとなることを世界で初めて突き止めました。

ミトコンドリアは ATP(アデノシン三リン酸)というエネルギーや ROS(活性酸素種)という酸化ストレスの原因物質を産生する重要な細胞内構造体です。この ATP や ROS の産生を適切に調整しているのがミトコンドリア呼吸鎖複合体 I~IV で構成される電子伝達系であり、呼吸鎖複合体 Iから IV まで順に電子が流れて行き最終的に呼吸鎖 V で ATP が産生される反応は酸化的リン酸化[2]と呼ばれます(文献 1)。また、この過程で ROS も発生しますが ROS の発生には呼吸鎖複合体 I が最も寄与すると言われています。この電子伝達系は生体において非常に重要な役割をしているわけですが、DKD で電子伝達系がどのように変化しているかは十分解明されていませんでした(文献 2)。

そこで、我々はまず、DKD のモデルマウス(Ins2Akita/+マウス)において、ポドサイトという腎臓の機能維持に重要な役割を果たしている細胞からミトコンドリアを単離し、プロテオーム解析を行いました。その結果、呼吸鎖複合体 I のサブユニット蛋白質量が DKD マウスで低下していることが分かりました(図 1A)。その中で、NDUFS4(NADH: ubiquinone oxidoreductase iron-sulfur protein4)というサブユニット(図 1B)は、別の DKD モデルマウス(Leprdb/dbマウス)や、ヒト DKD 組織中でも低下していることが分かりました(図 1C)。さらに、ヒト DKD の腎病理重症度に比例して NDUFS4 の発現量が低下していることが分かりました(図 1C)。


図 1. 糖尿病関連腎臓病ポドサイトでの呼吸鎖複合体 I およびサブユニット NDUFS4 の発現低下

(A)ポドサイトミトコンドリアでのプロテオーム解析結果、(B)呼吸鎖複合体 I の N-module にある NDUFS4、(C)腎生検で診断されたヒト DKD と移植腎の糸球体における NDUFS4 の発現量




 これらの結果から、NDUFS4 が DKD 進展に大きく寄与していると考え、NDUFS4 をポドサイトのみで過剰発現させたマウスを作製し DKD 進展やミトコンドリアの機能評価を行いました。その結果、DKD マウスに比して Ndufs4 過剰発現の DKD マウスでは、DKD 進展マーカーであるアルブミン尿が低下しており、ミトコンドリア ATP は上昇、ミトコンドリア ROS は低下していました(図2A-C)。これらの結果より、NDUFS4 過剰発現によって DKD 進展が抑制され、ミトコンドリア機能が改善することが示唆されました。さらに、Ndufs4 を過剰発現させた不死化ポドサイトを作製し、高血糖下における Ndufs4 過剰発現の影響を調べたところ、高血糖下で低下したミトコンドリアクリステ密度や呼吸超複合体[3]は、Ndufs4 過剰発現によって改善することが確認できました(図 2D)。

次に、APEX2 を用いた近接依存性標識法、ストレプトアビジンを用いた免疫沈降後プルダウンアッセイ、Complexsome プロファイリングによって、NDUFS4 が呼吸超複合体上で、ミトコンドリアクリステ構成タンパク質である STOML2(Stomatin-Like Protein 2)と結合し、クリステやミトコンドリアの構造・機能維持に寄与していることが分かりました。さらに、高血糖下で低下した NDUFS4と STOML2 の相互作用が、Ndufs4 過剰発現によって改善することが、STED(Stimulated EmissionDepletion)Microscopy や N-STORM(Stochastic Optical Reconstruction Microscopy)といった超解像空間イメージングによっても明らかになりました(図 2D)。


図 2. Ndufs4 過剰発現マウスの DKD 進展、ミトコンドリア機能における影響

(A)アルブミン尿の推移、(B)初代培養ポドサイトにおけるミトコンドリア ATP 産生能、(C)mito-roGFP によるミトコンドリア ROS(活性酸素種)評価、(D)透過電子顕微鏡とクライオ電子線トモグラフィーによるミトコンドリアクリステ密度と STED(Stimulated Emission Depletion)Microscopy、N-STORM(Stochastic Optical Reconstruction Microscopy)による NDUFS4 と STOML2 の空間的相互作用の評価、MIP:Maximum intensity projection



 以上の研究成果をまとめると、呼吸鎖複合体 I のサブユニットである NDUFS4 はクリステ構成タンパク質の一つである STOML2 との相互作用を介してクリステの構造維持に貢献していますが(図3A)、DKD ポドサイトでは NDUFS4 の低下に伴い、STOML2 との相互作用も低下するため、呼吸超複合体やクリステの密度が低下し、ミトコンドリアの機能・構造異常が生じます。これにより、ポドサイト障害が促進し、DKD が悪化しますが、NDUFS4 が過剰発現されると、NDUFS4-STOML2相互作用の改善により呼吸超複合体、クリステ密度、そしてミトコンドリア機能が改善します。このことがポドサイト障害に保護的に働き、DKD 進展が抑制されます(図 3B)。


図 3. (A)ミトコンドリアクリステ構造と(B)NDUFS4 過剰発現が DKD を改善するメカニズム




社会的な意義


 本研究成果によって、呼吸鎖複合体 I とそのサブユニット NDUFS4 は糖尿病関連腎臓病(DKD)の新規治療ターゲットとなることが分かりました。ミトコンドリアはエネルギー産生、酸化ストレスの調整を行っている非常に重要な構造体で、NDUFS4 はそのミトコンドリア機能を調整する重要な物質であることが分かったため、DKD の状態で低下した NDUFS4 を改善させるという治療戦略は非常に理にかなっています。将来的に、我々はこの新しい治療ターゲットを創薬化につなげ、DKDが原因で腎不全になる人、透析になる人を大幅に減らせるように研究を発展させていきたいと考えております。DKD による透析導入が低下すれば、患者さんの生活の質が改善するだけでなく、大幅な医療費削減にもつながります。




補足・用語説明


[1] ミトコンドリア


ミトコンドリアは真核生物の細胞内に存在する細胞内小器官(細胞内の構造体)の一つであり、エネルギーの産生だけでなく、酸化ストレスの原因物質である ROS(活性酸素種)の生成、炎症、免疫、老化など多彩な生体機能に関わっています(文献 2)。エネルギーの産生源であるため、心臓、腎臓、脳、筋肉などエネルギー需要の大きい臓器ではミトコンドリア密度が非常に高いことが知られています。こういったことを反映して、ミトコンドリアの遺伝子異常で起こるミトコンドリア病では、多くの臓器でミトコンドリア機能異常による多彩な症状を呈します。

 

[2] 呼吸鎖複合体と酸化的リン酸化


ミトコンドリアは外膜と内膜の 2 層構造を呈していますが、内膜上には 5 つの呼吸鎖複合体(Complex I~V:CI~CV)が存在し、呼吸鎖複合体 I から IV まで順に電子が流れて行く過程で、プロトン(H+)が内膜の内側から外側に移動し、ミトコンドリア外膜と内膜の間にプロトンが蓄積します。呼吸鎖 V において、濃度勾配により蓄積したプロトンがミトコンドリア内膜の内側に流入することで ATP が産生されますが、ここまでの一連の反応は酸化的リン酸化と呼ばれます。この電子伝達の過程で ROS が生じますが、何らかの原因で電子伝達に障害があると、生じる ROS は増加します。また、呼吸鎖複合体 I~IV の中で、呼吸鎖複合体 I が最も ROS 発生に寄与することが報告されています。ミトコンドリア病の代表的な病気の一つであるリー(Leigh)症候群では、多くの呼吸鎖複合体サブユニットの遺伝子変異が報告されていますが、最も多く報告されているのは呼吸鎖複合体 I のサブユニットであり、その中でも NDUFS4 の遺伝子変異パターンが最も多く報告されています(文献 3)。従って、NDUFS4 はミトコンドリア機能維持に非常に重要な呼吸鎖複合体 I のサブユニットであると言えます。

 

[3] ミトコンドリアクリステと呼吸超複合体


ミトコンドリア内膜の中で、内側に突出した部分をクリステといいます(上図 3A)。クリステの構造維持には様々なタンパク質が寄与することが報告されていますが、その中の一つが STOML2 です。呼吸鎖複合体はクリステ上に存在しますが、呼吸鎖複合体 I, III, IV は連結して呼吸超複合体としても存在します。呼吸超複合体になることで電子伝達効率が良くなり ROS 発生も抑えられます。また真核生物では、呼吸鎖複合体 I は呼吸鎖複合体 III や IV と異なり、ほとんど(約 90%)が呼吸超複合体の一部として存在しています。クリステのひだ構造の多さはクリステ密度と言い換えられますが、これとミトコンドリア内の呼吸超複合体の密度は一般に比例するため、クリステ密度が高くなるほど電子伝達効率が良くなり、ROS 生成も抑えられます。従って、ミトコンドリア機能維持にとって、クリステ構造や呼吸超複合体は非常に重要となります。

今回の我々の研究結果で、呼吸鎖複合体 I のサブユニットとクリステの構造維持関連蛋白質が直接的に結合し、ミトコンドリアの機能維持と病気の進行に寄与しているという結果は世界初の発見となります。

 

文献(1). Bennett, C. F., Latorre-Muro, P. & Puigserver, P. Mechanisms of mitochondrial respiratory adaptation.Nat. Rev. Mol. Cell Biol. 23, 817-835 (2022).


文献(2). Mise, K., Galvan, D. L. & Danesh, F. R. Shaping Up Mitochondria in Diabetic Nephropathy.Kidney360 1, 982-992 (2020).


文献(3). Lake, N. J., Compton, A. G., Rahman, S., & Thorburn, D. R. Leigh syndrome: One disorder, morethan 75 monogenic causes. Ann Neurol. 79, 190-203 (2016).

閲覧数:3回0件のコメント
bottom of page