top of page
nextmizai

「納豆摂取による動脈硬化抑制メカニズム」-No.279




納豆摂取による動脈硬化抑制メカニズムを解明




 納豆に含まれる成分が動脈硬化を抑制することが知られていますが、そのメカニズムは不明でした。本研究では、納豆がマウスの動脈硬化に与える影響を解析し、その結果、納豆摂取により腸内細菌叢の変化や炎症抑制作用が生じ、これが動脈硬化予防に寄与することが分かりました。

 

 動脈硬化は、血管の壁に脂質や炎症細胞が蓄積し、心臓病や脳卒中など心血管疾患の原因となる慢性疾患です。動脈の柔軟性を高め、炎症反応の調節により心血管疾患を抑制する作用のある食品として、ビタミン K2 を豊富に含む納豆が知られています。しかしながら、納豆が動脈硬化を抑制するメカニズムは不明でした。


本研究では、異なるビタミン K2 レベルを持つ納豆(高ビタミン K2 納豆、通常の納豆、低ビタミンK2 納豆の 3 種類の納豆)を用い、これらが動脈硬化モデルマウスの動脈硬化に与える影響を経時的に評価しました。その結果、すべての種類の納豆摂取により、動脈硬化が有意に減少することが観察されました。また、納豆の摂取は腸内細菌叢の構成を変化させ、動脈硬化を促進するサイトカインやケモカインの発現を調整し、動脈硬化に対する治療的な効果を有することが示唆されました。さらに、動脈硬化の進行に重要なマクロファージに納豆菌を添加したところ、特に高ビタミン K2 納豆により、炎症性サイトカインや炎症細胞を引き寄せるケモカインの発現が顕著に減少することが明らかになりました。また、通常の納豆および低ビタミン K2 納豆では抗炎症性サイトカイン IL-10 の発現が増加しました。以上のことから、納豆菌は腸内細菌として存在するだけでなく、腸内細菌叢の変化やビタミン K2などの代謝物を通して動脈硬化抑制に寄与している可能性が示されました。




研究の背景


 日本の成人において、納豆を多く摂取することに、高血圧や心血管疾患による死亡リスクを低減する効果があることは広く知られています。納豆に含まれる成分のナットウキナーゼ、ビタミン K2 注 1)、サーファクチン、ポリ γ-グルタミン酸(PGA)は、健康に良い効果を持つとされていますが、これらが人体にどのように作用するのかについては、十分に解明されていませんでした。


そこで、本研究では、心血管疾患の原因の一つである動脈硬化注 2)に対する納豆の影響を明らかにするために、ビタミン K2 含有量が異なる3種類の納豆を用いて、動脈硬化モデルマウスの病変部や腸内細菌叢注 3)の詳細な解析を行いました。

 



研究内容と成果


 今回、本研究グループが開発した、近赤外蛍光タンパク質 iRFP 注 4)を動脈硬化病変部で発現する動脈硬化モデルマウス(Scientific Reports, 2018)を用いて、高コレステロール食による動脈硬化誘導後の非侵襲的観察および、9週間の誘導後に大動脈の Oil red O 染色注 5)を行いました。この際、高コレステロール食と同時にビタミン K2含有率の異なる高ビタミン K 納豆、低ビタミン K 納豆、通常の納豆をそれぞれ与え、各納豆がマウスの動脈硬化に与える影響について詳細に調査しました(図1A)。その結果、すべての納豆群で Oil red O 染色で確認される病変部の面積が減少し、特に高ビタミン K 納豆群で、その減少が顕著でした(図1B)。さらに、経時的な観察により、誘導後 6 週間から、高ビタミン K 納豆の動脈硬化抑制効果が明らかになりました(図 1C)。


図1 納豆投与群は動脈硬化が改善する

A: iRFP 発現動脈硬化モデルマウスを用いて高コレステロール食(High Cholesterol Diet, HCD)を 9 週間与える実験図。マウスには HCD のみ、または、異なる種類の納豆(高ビタミン K 納豆:HVK、通常の納豆:NN、低ビタミン K 納豆:LVK)を含む HCD が与えられた。

B: 大動脈の Oil red O 染色による病変部の比較。左側は染色された大動脈の画像、右側は各群(HCD のみ、HCD + HVK、HCD + NN、HCD + LVK)で染色された病変部の面積を mm²単位で示したグラフ。(*,p < 0.05 Tukey-Kramerʼs test)

C: iRFP を用いた動脈硬化の進行の観察。左図は、HCD および HVK を摂取した群のマウス大動脈における iRFP 蛍光量の週次変化を記録した画像。右図は、ベイズ統計モデルを用いて算出した、HCD 群と HVK群の iRFP 発現量の継時変化を表す。このグラフから、HVK 群が HCD 群と比較して動脈硬化の進行が遅いことが視覚的に分かる。



また、種類に関わらず、納豆を摂取した群の腸内細菌叢においては納豆菌が増加し、腸内細菌の多様性と組成に有意な差が見られました(図 2A および B)。

そして、高ビタミン K 納豆群の血清中では、動脈硬化を促進するケモカイン注 6)CCL2 の濃度が著しく減少しました(図2C)。CCL2 は、腸管上皮細胞や腸内マクロファージから分泌され、病変部の細胞浸潤に関与し、動脈硬化を促進することが知られています。そこで、納豆がマクロファージの活性化を抑制するかどうかを、培養マクロファージを用いて検討しました。その結果、特に高ビタミン K 納豆を加えたマクロファージでは、CCL2 の発現が大幅に減少しました(図2D)。さらに、どの種類でも、納豆を添加したマクロファージでは、抗炎症サイトカイン注 6)IL-10 の発現が増加しました(図2E)。


図 2 納豆投与群の腸内細菌叢の変化及び抗炎症作用の解析

A: 納豆菌の量の比較。各グループのマウスの腸内で検出された納豆菌(Bacillus 属)の割合を示す。納豆を接種した群では納豆菌の割合が高くなっている。

B: 群間での腸内細菌叢の多様性比較。Unweighted UniFrac 解析注7)を用いて、各群の腸内細菌叢の多様性を 9 週間の動脈硬化誘導後に比較した。青で示される HCD のプロットは、ほかの納豆群のブロットから離れていることから、納豆摂取により細菌叢のプロファイルが変化していることが分かる。

C: 血清中の CCL2 濃度の比較。HVK 群で有意に低下している。(*,p < 0.05 t-test)

D: 腹腔マクロファージのCcl2 mRNA 発現量。LPS(リポ多糖)によって刺激した腹腔マクロファージのCcl2 mRNA 発現量を示す。HVK の添加により、有意に発現が低下している。(**,p < 0.01 t-test)E, F: 腹腔マクロファージのIL10 mRNA 発現量。LPS によって刺激した腹腔マクロファージのIL10mRNA 発現量を示す。NN、LVK および HVK の添加によって有意に発現が上昇する。(**,p < 0.01 t-test)。



これらの結果から、納豆の摂取により、動脈硬化病変部が減少すること、腸内で納豆菌が増加して腸内細菌叢の多様性を高めること、動脈硬化促進に関わる免疫細胞腸内の免疫細胞に直接働いて腸内炎症を抑制すること、が示唆されました(図3)。


図3 本研究から予想される納豆による動脈硬化抑制のメカニズム

通常食を摂取しているマウスの腸管では、正常な腸内環境の下で常在マクロファージが存在している(左)。高コレステロール食により腸内細菌叢の乱れや腸壁のバリア機能の低下が引き起こされ、細菌由来の LPS の刺激によって炎症性マクロファージが CCL2 を産生し、動脈硬化が促進される(右上)。納豆の摂取によって腸内に納豆菌が増え、腸内細菌叢の多様性増加やマクロファージの CCL2 産生を減少させることで、動脈硬化が抑制される(右下)。 




今後の展開


 本研究成果は、日本人の死因の上位を占める心血管疾患に対する予防と治療法に新たな知見をもたらします。また、日本の伝統食品であり、低コストで入手可能な納豆の医療的価値が再評価されることで、食事を通じた健康維持に対する国民の意識が高まることが期待されます。今後、より医療的価値が高い納豆への改良や、他の生活習慣病に対する納豆の予防効果についての研究につながると考えられます。




用語解説


注1) ビタミン K2

ビタミンの一種で、納豆菌などの細菌や動物の体内で作られる。炎症の抑制の他、血管内のカルシウム沈着を抑えて血管の柔軟性を保つ効果があることが知られている。納豆はビタミン K2 が非常に豊富に含まれている食品の一つ。


注2) 動脈硬化

動脈にコレステロールなどが蓄積し、血管壁が硬くなった状態。硬くなった血管が破裂してしまうと血栓が形成されて血管が詰まり、心筋梗塞や脳卒中などを引き起こす危険性がある。マクロファージと呼ばれる免疫細胞が、血管壁中でコレステロールを取り込み泡沫細胞に変化することで、動脈硬化が進行する。


注3) 腸内細菌

叢腸内に生息する細菌の集まり。ヒトの腸には、ヒト自身の細胞数の 10 倍もの腸内細菌が存在していると言われており、その構成は食生活や年齢などで変化する。腸内細菌は病原菌の定着阻害、免疫系の活性化、ビタミンの産生などのさまざまな作用によって、ヒトの健康と密接に関わる。


注4) iRFP(赤外線蛍光タンパク質)

生物学的研究で用いられる蛍光タンパク質の一種。赤外線領域で発光することが特徴で、生体内での細胞や組織のイメージングに利用される。特に深い組織や厚い生体標本の観察に有用。


注5) Oil red O 染色

脂質を赤く可視化する組織染色の方法。動脈硬化研究では、血管壁における脂質の蓄積を確認するために広く用いられる。


注6) サイトカイン、ケモカイン

サイトカインは、細胞同士の連絡に使われるタンパク質の総称で、さまざまな機能を持つ。その機能によって、炎症性サイトカイン、抗炎症性サイトカインなどに分類される。ケモカインは細胞の移動を促進するサイトカインの総称。


注7) Unweighted UniFrac 解析

異なるサンプル間の微生物群集構成の違いを評価するために使用される。種の存在有無のみを考慮し、その相対的な豊富さや存在量は考慮しない。これにより、サンプル間の微生物群集の遺伝的な距離や類似性を評価し、生物群集間の違いを理解するのに役立つ。


コメント


コメント機能がオフになっています。
bottom of page