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「細胞内ストレス顆粒形成のメカニズムをついに解明」-No.378




長年不明であった細胞内ストレス顆粒形成のメカニズムをついに解明

〜神経変性疾患の克服やB型肝炎治療への応用に期待〜




 名古屋市立大学大学院薬学研究科の星野真一教授、山岸良多博士(現大阪公立大学講師)、稲垣佑都助教は、ストレス時に細胞内に形成される液-液相分離であるストレス顆粒(SG)※1が、ストレス時に安定化したmRNA※2の3’末端ポリA 鎖※3と、ポリA 鎖結合タンパク質PABPC1、および脊髄小脳変性症※4の原因因子Ataxin-2 の協働作業により形成されることを証明しました。




研究のポイント


1.ストレス時にmRNA の3’末端ポリA 鎖が安定化する。


2.mRNA のポリA 鎖は、ストレス時に生じるストレス顆粒(SG)の形成を促進し、別の細胞

 内顆粒であるP ボディ(PB)※5の形成を抑制する。


3.mRNA ポリA 鎖に特異的に結合するRNA 結合タンパク質PABPC1 は、SG 形成の土台

 として働きAtaxin-2 をリクルートする。


4.Ataxin-2 は、PABPC1 と共にmRNA の不溶化凝集を促進し、SG 形成を促進する。




背景


 細胞が各種ストレスに晒されると、細胞内のmRNA3’末端のポリA 鎖がグローバルに安定化することが知られています。ストレスには、熱ショックや酸化ストレス、紫外線照射、小胞体ストレス、ウイルス感染、栄養飢餓などがあり、ストレスによって多様な細胞応答が観察されますが、共通してmRNA ポリA 鎖の安定化が観察されます。しかしながら、そのポリA 鎖安定化の生理的意義についてはこれまで明らかにされていませんでした。


一方で、ストレス時には、タンパク質とRNA が液―液相分離によりストレス顆粒を形成することが知られています。ストレス顆粒は、ストレス時にmRNA を障害から保護する役割やストレスキナーゼを阻害して細胞の生存においてはたらくことなど数多くの保護的な役割が報告されていますが、ストレス顆粒形成のメカニズムについては明らかにされていませんでした。




研究の成果


 ストレス時に、mRNA のポリA 鎖がグローバルに安定化する現象は昔から知られており、研究チームはそのメカニズムを解明しすでに報告しています。すなわち、ストレス時にポリA 鎖の分解因子複合体の制御サブユニットである癌抑制因子Tob とPan3 がプロテアソームによって分解されることにより、ポリA 鎖分解酵素Caf1-Ccr4 とPan2 がmRNA にアクセスできなくなり、ポリA 鎖が安定化するというメカニズムです。そのポリA 鎖安定化の生理的意義については長らく不明でしたが、今回の研究成果により、ストレス時のmRNA ポリA 鎖安定化の役割の一つは、ストレス顆粒の形成にあることを突き止めました。図1に示す通り、ストレス時に安定化したポリA 鎖には、ポリA 鎖結合タンパク質 PABPC1 が結合しますが、そのPABPC1 には、Tob とPan3 がもはや結合できないため、代わりに脊髄小脳変性症の原因因子Ataxin-2 が結合します。そして、このAtaxin-2 同士がC 末端に存在する天然変性領域を使って凝集することで、PABPC1 と共にmRNA をも不溶化凝集し、ストレス顆粒形成を促進します。

このように、本研究では、長年不明であったストレス顆粒形成の分子メカニズムを明らかにしました(図1)。


図1 ストレス顆粒形成のメカニズム

ストレス時安定化したmRNA ポリA 鎖には、ポリA 鎖結合タンパク質PABPC1 が結合するが、このPABPC1 が足場となって脊髄小脳変性症原因因子Ataxin-2 がリクルートされ、Ataxin-2 がC 末端天然変性領域で自己凝集することにより、ストレス顆粒の形成が促進される。



 以上のように、ポリA 鎖の長いmRNA は、ストレス顆粒の形成を促進しますが、ポリA 鎖の短いmRNA は、もう一つの細胞内顆粒であるP ボディの形成を促進することも明らかにしました。したがって、通常mRNA は翻訳終結と共役してポリA 鎖分解が促進され、ポリA 鎖の短いmRNA が生成してPボディの形成が促進されますが、ここにストレスが負荷されると、上述のようにこのポリA 鎖分解が抑制されて、ストレス顆粒の形成が促進されると考えられます(図2)。


図2 ストレス顆粒とP ボディの形成制御

mRNA は翻訳終結と共役して3’末端ポリA 鎖の短縮化がおこるが、このポリA 鎖が短くなったmRNA は、P ボディの形成を促進する。この時、ストレスが負荷されると、ポリA 鎖分解にはたらくPan3 とTob がプロテアソームによって分解され、Pan2 やCaf1-Ccr4 がmRNA に結合できなくなってポリA 鎖が安定化する。この安定化したポリA 鎖には、PABPC1 が結合するが、Pan2 とTob が分解されてしまうため、PABPC1 には代わりにAtaxin-2 が会合して、凝集をおこしストレス顆粒が形成される。




研究の意義と今後の展開や社会的意義など


 今回の研究において研究チームは長年不明であったストレス時のmRNA ポリA 鎖安定化の生理的意義とストレス時に生じるストレス顆粒の形成メカニズムを明らかにしました。


このストレス顆粒の形成には、脊髄小脳変性症の原因因子であるAtaxin-2 がはたらき、このAtaxin2 の自己凝集が顆粒形成に重要であることを証明しました。Ataxin-2 のN 末端にはグルタミン残基が連続するポリQ 配列が存在し、このポリQ の異常伸長が脊髄小脳変性症や筋萎縮性側索硬化症の病態形成にはたらくことが報告されています。したがって今後は、Ataxin-2 のポリQ 変異が今回明らかにしたストレス顆粒形成にどのような影響を与えるのか、またストレス顆粒形成の異常が脊髄小脳変性症や筋萎縮性側索硬化症※6などの神経変性疾患※7の病態形成にどのような影響を与えるのかが明らかにされ、神経変性疾患発症のメカニズム解明が進展することが期待されます。


また、今回の研究成果では、3’末端ポリA 鎖を付加した人工mRNA を細胞に導入するとストレス時のストレス顆粒形成を促進し、ポリA 鎖のない人工mRNA にはそのような活性がないことを証明しました。ストレス顆粒はmRNA をストレスから保護する活性をもつことから、ポリA 鎖を有する人工mRNA は平常時の翻訳において有利であるだけでなく、ストレス時においても細胞内において安定に保持される可能性を新たに提示しました。


本研究は、一部日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業「B 型肝炎創薬実用化等研究事業:B 型肝炎ウイルスの排除を可能とするゲノム編集治療の実用化に向けた包括的な研究」(溝上雅史代表)の支援を受けて実施しました。本事業では、B 型肝炎の根治治療を目的として、肝臓に潜伏するHBV ウイルスDNA を切断するゲノム編集酵素を人工mRNA の形で導入することを計画しており、その際投与するゲノム編集遺伝子mRNA 医薬の安定化に本知見を応用します。




用語解説


1.ストレス顆粒

細胞がさまざまなストレスを受けることで細胞内に形成される顆粒構造であり、RNA やタンパク質が凝集して細胞質の中に液滴として2 相に分離する液-液相分離により形成される。ストレス時にRNA やタンパク質をストレスから保護する役割などが想定されている。


2.mRNA

DNA とよく似た核酸とよばれる生体成分で、生体内において遺伝子DNA がもつ情報が写し取られて作られる。このmRNA をもとにタンパク質が作られることで遺伝子の機能が発揮される。


3.ポリA 鎖

mRNA の3’末端に付加されている構造であり、mRNA の安定性と翻訳の2 つの過程において、転写後の遺伝子発現に大きく寄与している。


4.脊髄小脳変性症

脊髄や小脳の神経細胞が変性することで生じる運動失調を主な症状とする神経難病。その2 型の原因遺伝子としてAtaxin-2 が同定されている。


5.P ボディ

ストレス顆粒と同様にRNA やタンパク質からなる細胞内の顆粒構造であるが、ストレスのない通常時において細胞内に観察される。


6.筋萎縮性側索硬化症

体を動かす運動神経が変性することで運動機能に障害をきたす神経難病。


7.神経変性疾患

上記脊髄小脳変性症や筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病、パーキンソン病を代表例として、神経細胞が変性・壊死することで神経系に異常をきたす一群の疾患。

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