細胞外の脂質代謝がアレルギーの感受性を決める
発表のポイント
1.アレルギー反応を引き起こすマスト細胞は隣り合う線維芽細胞と相互作用することで成熟
しますが、この細胞間コミュニケーションの理解はこれまで不十分でした。
2.マスト細胞から分泌される脂質分解酵素により細胞外で作り出される脂質代謝物が、この
細胞間コミュニケーションを統合し、マスト細胞を成熟させることを発見しました。
3.本経路を阻害するとマスト細胞の成熟とアレルギー反応が妨げられることから、本経路を
標的とした創薬はアレルギー疾患の予防治療法の開発につながることが期待されます。
マスト細胞の成熟を制御する細胞外の脂質代謝
概要
東京大学大学院医学系研究科の村上誠教授、武富芳隆講師は、同大学院薬学系研究科の青木淳賢教授、医学系研究科の小田吉哉特任教授、東京理科大学生命医科学研究所の松島綱治教授、みさと健和病院内科アレルギー科の岡山吉道部長、広島大学大学院統合生命科学研究科の中江進教授、京都薬科大学病態薬科学系の田中智之教授、秋田大学大学院医学系研究科の石井聡教授、および米国サンフォード・バーナム・プレビーズ医学研究所の Jerold Chun(ジェロルド・チュン)教授らとの共同研究により、マスト細胞(注1)と線維芽細胞(注2)の相互作用により放出される細胞外小胞(注3)の膜上で起こる脂質代謝が、線維芽細胞との細胞間コミュニケーションを介してマスト細胞の成熟を制御し、アレルギー感受性を決めることを世界に先駆けて解明しました。
研究の背景
マスト細胞は侵入するアレルゲンや微生物を排除する役割を果たしますが、過剰に働くとアレルギー反応を引き起こします。マスト細胞は組織内環境の影響を受けて成熟しますが、その成熟度はアレルギー感受性と関連します。マスト細胞の成熟には隣り合う線維芽細胞が作り出す幹細胞増殖因子(SCF)(注4)とマスト細胞上のその受容体 Kit のシグナル伝達が必須ですが、これに加え何らかの因子が必要であると考えられてきました。アナフィラキシーを引き起こすハチ毒には脂質分解酵素のひとつであるホスホリパーゼ A2(注5)が含まれています。ヒトやマウスのゲノムにはそれと相同性のあるⅢ型分泌性ホスホリパーゼ A2(PLA2G3)(注5)がコードされています。本研究チームはこれまでに、マスト細胞から分泌された PLA2G3 が、隣接の線維芽細胞から脂質メディエーター(注6)のひとつであるプロスタグランジンD2(PGD2)(注7)の持続的な産生を促し、マスト細胞を成熟させることを報告しました(国際学術誌 NatureImmunology、2013 年)。しかしながら、PLA2G3 による細胞外での脂質代謝の調節機構や、マスト細胞と線維芽細胞の細胞間コミュニケーションの仕組みの詳細は依然として不明でした。
研究内容
本研究チームは30種類を超える脂質代謝関連分子の欠損マウスの網羅的な表現型解析を経て、以前に報告した PLA2G3、PGD2 の合成酵素 L-PGDS とその受容体 DP1(注7)に加えて、リゾリン脂質のひとつであるリゾホスファチジン酸(LPA)の受容体 LPA1(注8)の欠損により、マスト細胞の顆粒に含まれるアレルギー物質の量が少なくなるとともに、アレルゲンに対する応答性が弱くなることを発見しました(図1)。
未熟なマスト細胞は、線維芽細胞と共培養すると成熟し、顆粒内のアレルギー物質の量が増え、アレルゲンに対する応答性が高まります。線維芽細胞の LPA1 受容体を欠損した線維芽細胞はマスト細胞を成熟させることができませんでした。
図1:アレルギーに関わる脂質代謝関連分子の網羅的探索
A. 30種類を超える脂質代謝関連分子の遺伝子欠損マウスの皮膚に、アレルゲンに特異的
な IgE 抗体をそれぞれ皮下投与することで皮膚マスト細胞を感作した。翌日、アレルゲ
ンを静脈注射することにより皮膚マスト細胞を活性化させ、アレルギー反応を引き起こ
した。アレルギー反応は、アレルゲン曝露30分後に皮膚に起こる浮腫を定量した。縦軸
は、各欠損マウス(-/-)のアレルギー応答性を、野生型マウス(+/+)に対する相対比率と
して表している。
*,P < 0.05; **,P < 0.01.Pla2g3-/-, PLA2G3 欠損マウス;Ptgds-/-, L-PGDS 欠損
マウス;Ptgdr-/-, DP1 欠損マウス;Lpar1-/-, LPA1 欠損マウス.
B. PLA2G3、L-PGDS、DP1、および LPA1 欠損マウスの皮膚マスト細胞の超微細形態
を電子顕微鏡を用いて解析した。野生型マウスのマスト細胞が大きく均一な分泌顆粒を
持っているのに対して、PLA2G3、L-PGDS、DP1、および LPA1 欠損マウスのマス
ト細胞はいずれも小さく不均一で未熟な顆粒を持っている。スケールバー, 2μm.
研究チームは、線維芽細胞の LPA1 受容体がマスト細胞の成熟を促す特定の因子の発現や機能を調節していることを想定し、LPA1 受容体の制御下にある成熟関連分子を探索しました。その結果、①LPA1 受容体の下流でインテグリン(注9)とそのリガンドによる細胞間接着が強まることがマスト細胞の成熟に不可欠であることを見つけました。また、マスト細胞と共培養した線維芽細胞において、 ②LPA の合成酵素であるオートタキシン(ATX)(注8)と LPA1 受容体、③マスト細胞成熟を促進するサイトカインであるインターロイキン33(IL-33)(注10)の発現が誘導されることを明らかにしました。加えて、④LPA1 受容体を通じて L-PGDS の発現が上昇し、PGD2 の産生が高まることを示しました。さらに、皮膚組織中において、マスト細胞と隣接する特定の線維芽細胞にこれらの鍵分子が発現していることを突き止めました。マスト細胞の PLA2G3 欠損と線維芽細胞の LPA1 受容体欠損はマスト細胞の成熟後の遺伝子発現を同様に変化させたことから、研究チームは脂質分解酵素であるPLA2G3 が LPA を作り出しているのではないかと考えました。マスト細胞から分泌された PLA2G3 は、マスト細胞と線維芽細胞の共培養中に放出された細胞外小胞のリン脂質を分解することが明らかとなりました。脂質の網羅的な分析(リピドミクス)(注11)の結果、PLA2G3 欠損マウスの皮膚や細胞外小胞では、PLA2G3 の代謝産物であるリゾリン脂質の量が野生型と比べて減少していました(図2)。
PLA2G3 欠損マスト細胞は線維芽細胞と共培養しても成熟しませんが、ここに LPA1 受容体の作動薬や野生型の細胞外小胞を補充すると成熟が回復しました。さらに、本脂質経路はヒトのマスト細胞と線維芽細胞の共培養系でも認められ、LPA1 受容体の阻害薬はヒトマスト細胞の成熟を妨げました。
図2:PLA2G3 の欠損によってリゾリン脂質の産生が低下する
A. PLA2G3 はリン脂質(PE や PC)を加水分解してリゾリン脂質(LPE や LPC)と脂肪酸
(この場合アラキドン酸)を遊離する。これらのリゾリン脂質は、ATX によってさら
に LPA へと代謝される。
B. 野生型および PLA2G3 欠損マスト細胞と線維芽細胞の共培養後の上清から細胞外小胞
を単離し、リピドミクス解析を行った。マスト細胞の PLA2G3 の欠損によって、細胞
外小胞中の各脂肪酸(16:0, 18:0, 18:1)が結合したリゾリン脂質(LPC, LPE, LPA)の量
がいずれも減少している。縦軸は、細胞外小胞中のリゾリン脂質量(pmol)をタンパク質
量(mg)で補正した値を示している。*,P < 0.05; **,P < 0.01.
C. 野生型および PLA2G3 欠損マウスの皮膚におけるリゾリン脂質(LPE 16:0 およ
び LPA 16:0)の分布を質量分析イメージングにより可視化した。マスト細胞と線維芽細
胞が相互作用している皮膚(真皮)中の LPE および LPA のシグナル強度は、PLA2G3
欠損マウスでは野生型マウスと比べて低下している。スケールバー, 100μm.
本研究により、線維芽細胞との細胞間コミュニケーションを通じてマスト細胞の成熟を制御する中心因子は LPA であることが明らかとなりました。LPA はマスト細胞由来の PLA2G3 と線維芽細胞由来の ATX の連続的な作用により細胞外小胞の膜リン脂質から作り出されます。LPA1 受容体を介した線維芽細胞の脂質シグナルは、複数のプロセスを統合してマスト細胞の成熟を総合的に制御します(図3)。本経路のどのステップを阻害してもマスト細胞の成熟とアレルギー応答性が妨げられることから、本経路はアレルギーやマスト細胞関連疾患の創薬標的となる可能性があります。
図3:マスト細胞の成熟を制御する細胞外の脂質代謝
未熟なマスト細胞から分泌される PLA2G3 は、マスト細胞と隣り合う線維芽細胞との相互作用により放出される細胞外小胞の膜リン脂質を分解し、リゾリン脂質(LPC, LPE)を遊離する。この前駆体リゾリン脂質は線維芽細胞から分泌される ATX により LPA に変換される。LPA は線維芽細胞の LPA1 受容体に作用し、インテグリンとそのリガンドを介したマスト細胞と線維芽細胞の接着、ATX-LPA-LPA1 受容体シグナルの増幅、IL-33-IL-33 受容体シグナル、L-PGDS-PGD2-DP1 シグナルを統合することにより、SCF と協調的にマスト細胞の成熟を促進する。
本成果の意義・今後の展開
本研究は、細胞外のユニークな脂質代謝系が、長年の謎であったマスト細胞成熟を誘導する仕組みを統制することを明らかとしたものです。細胞外小胞は、内包する小分子 RNA やタンパク質をドナー細胞から標的細胞へと輸送することで細胞機能を調節しますが、これに加えて、細胞外小胞の膜上で起こる脂質代謝がマスト細胞の成熟やアレルギー制御に関わることが初めて明らかになりました。
細胞外小胞はアレルギーだけでなく免疫疾患やがんなどの病態にも広く関わることから、本研究成果は細胞外ホスホリパーゼ A2 の普遍的な動作原理の解明に結びつく可能性があり、今後の脂質研究が加速することが期待されます。マスト細胞を標的とした創薬は、アレルゲンに対する細胞の応答性を下げる薬物や細胞から放出される炎症性物質の作用を阻害する薬物を中心に展開されてきましたが、マスト細胞の「質」を調節する戦略はマスト細胞の過剰反応を効率よく抑える上で有効と考えられます。
用語解説
(注1)マスト細胞
アレルゲンに対する IgE 抗体がマスト細胞(肥満細胞とも呼ばれる)に結合すると感作が成立します。再び同一のアレルゲンに曝されると IgE 受容体が活性化され、ヒスタミンなどを含む顆粒内容物が放出される(脱顆粒)とともに、ロイコトリエンなどの生理活性物質が産生されます。数時間後には、免疫系の調節に関わるサイトカインや白血球の遊走を誘導するケモカインが産生され、これらの炎症性メディエーターによって総合的にアレルギー反応が引き起こされます。アレルギーの中でも特にアナフィラキシーは重篤であり、過敏反応が複数の組織に急激に起こり、死に至ることもあります。
(注2)線維芽細胞
結合組織を構成する代表的な細胞のひとつ。皮膚の線維芽細胞は、コラーゲンやエラスチン、ヒアルロン酸などの成分を作り出すことによって、保湿や弾力性の維持、細胞外基質の産生、創傷治癒などの皮膚の機能を保つ上で重要な役割を果たします。
(注3)細胞外小胞
様々な細胞から分泌される脂質二重層構造を持つ小胞の総称。細胞外小胞は、内包する核酸やタンパク質などの情報伝達物質を輸送する媒体として働くことにより、種々の生体応答に関わります。細胞外小胞の脂質組成やその内容物の量や種類は放出する細胞や疾患により変動し、その働きも異なります。
(注4)SCF
サイトカインのひとつ。SCF は線維芽細胞などの間質細胞で大量に発現しており、その受容体である Kit(c-Kit とも呼ばれる)に結合することにより、造血幹細胞やマスト細胞などの生存、増殖および分化を促進します。SCF や Kit の機能喪失型変異によってマスト細胞が組織中から消えることから、SCF-Kit シグナル伝達はマスト細胞の生存に必要不可欠です。
(注5)ホスホリパーゼ A2(PLA2)
生体膜を構成するホスファチジルコリン(PC)やホスファチジルエタノールアミン(PE)などのリン脂質(正確にはグリセロリン脂質)は、グリセロール骨格の2本の脂肪酸と極性基が結合した構造を示します。PLA2 はリン脂質のグリセロール骨格の2位のエステル結合を加水分解し、脂肪酸とリゾリン脂質を遊離する酵素群の総称です。哺乳動物では50種類以上の PLA2 分子種が見つかっています。このうち、細胞外リン脂質の分解に関わる分泌性 PLA2 ファミリーには11種類の分子種が存在し、各酵素がそれぞれ特徴的な組織分布とリン脂質に対する基質選択性を持ち、組織に固有の生体応答に関わることが明らかとなってきています。マスト細胞の成熟に関わる分泌性 PLA2 は PLA2G3 です。
(注6)脂質メディエーター
組織内の局所環境において、特定の代謝経路を通じて作り出され、細胞外に放出され、標的細胞の特異的な受容体を介して作用し、速やかに不活性化される生理活性脂質の総称。脂質メディエーターは多くの場合、リン脂質の分解によって遊離された脂肪酸やリゾリン脂質などの中間体が、さらに代謝系の下流に位置する酵素群の作用を受けて合成されます。
(注7)プロスタグランジン D2(PGD2)、L-PGDS、DP1 受容体
多価不飽和脂肪酸であるアラキドン酸に由来する脂質メディエーターのひとつ。PGD2 は発現細胞が異なる造血器型(H-PGDS)およびリポカリン型(L-PGDS)の2種類の PGD2 合成酵素により作り出されます。PGD2 受容体には DP1 と DP2/CRTH2 の2種類の受容体が存在しており、PGD2 がどちらの受容体に作用するかによってその生理活性は異なります。マスト細胞の成熟に関わるPGD2 合成酵素は L-PGDS、PGD2 受容体は DP1 です。
(注8)リゾホフファチジン酸(LPA)、オートタキシン(ATX)、LPA1 受容体
リゾリン脂質はアシル基を 1 本持つリン脂質の総称です。一般に、リン脂質のグリセロール骨格の1位(sn-1 位)には飽和脂肪酸や一価の不飽和脂肪酸、2位(sn-2 位)には不飽和脂肪酸が結合している場合が多いことが知られています。したがって、PLA2 反応が起こるとsn-1 位のリゾリン脂質(リゾホスファチジルコリン(LPC)やリゾホスファチジルエタノールアミン(LPE)など)が作り出されます。リゾリン脂質はそのままの形で作用するか、リゾリン脂質分解酵素である ATX によってさらに代謝されることで LPA が合成されます。LPA 受容体には発現分布やシグナル伝達の異なる6種類(LPA1〜6)が存在し、LPA がどの受容体に作用するかによって異なる生理活性を及ぼします。マスト細胞の成熟に関わる LPA 受容体は LPA1 です。
(注9)インテグリン
細胞接着因子は、白血球や内皮細胞、線維芽細胞などの細胞表面に発現し、これらの細胞間の接触による相互作用に関与するタンパク質の総称です。白血球に発現するインテグリンは、α(18種類)およびβ(8種類)サブユニットからなるヘテロダイマーであり、その組み合わせによって免疫グロブリンスーパーファミリー(VCAM、ICAM など)、細胞外マトリックス、血液凝固に関与するタンパク質など、結合する成分が異なっています。インテグリンとそのリガンドの相互作用は接着を通じて細胞間シグナル伝達を仲介し、種々の細胞機能に関わります。マスト細胞の成熟に関わるインテグリンはβ2 とβ3、リガンドは VCAM-1 です。
(注10)インターロイキン33(IL-33)
主に上皮細胞や内皮細胞、線維芽細胞などの核内に存在するタンパク質で、細胞外に放出されるとサイトカインとして働き、アレルギー反応に関わります。マスト細胞の表面には IL-33 受容体が大量に発現しています。IL-33 は傷害を受けた細胞から放出されると考えられていましたが、近年、新しい細胞外放出機構が同定され、生きた細胞からも IL-33 が放出されることが明らかとなりました。
(注11)リピドミクス
生体内のあらゆる脂質成分を網羅的に分析する技術で、バイオマーカーの探索や、脂質の代謝を追跡することができます。近年、組織・細胞中の脂質を定量することに加えて、組織中での脂質の存在場所を可視化する質量分析イメージングの技術が開発されています。
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