線維筋痛症における慢性疼痛発症メカニズムの解明
~固有感覚異常による疼痛誘導とミクログリアによる疼痛記憶~
発表のポイント
1.線維筋痛症のマウスモデルを用いて、疼痛発症の原因を調べたところ、一部の筋の固有感
覚の過活動と、脊髄の限局した領域にミクログリアの活性化と集積が見られました。
2.脳内で過剰に活動しているニューロンを蛍光標識できるマウスを開発し、線維筋痛症モデ
ルを検討したところ、反射弓に沿った神経回路が蛍光標識され、この反射弓に沿ってミク
ログリアが活性化していることが明らかになりました。
3.ミクログリアを薬剤で抑制すると、疼痛は抑制されました。線維筋痛症モデルマウスでは
継続した筋緊張が固有感覚ニューロンの過活動を介してミクログリアを局所的に活性化
し、ミクログリア活性化の持続が疼痛の慢性化につながっていることが動物レベルで明ら
かになりました。
要旨
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科(研究科長・木村 宏)機能組織学分野の木山 博資(きやま ひろし)教授、桐生寿美子(きりゅう すみこ)准教授、研究員の若月康次(わかつき こうじ)と常葉大学健康プロデュース学部の安井正佐也(やすい まさや)准教授の研究グループは、線維筋痛症で見られる異常な痛みの原因のひとつとして、通常意識にのぼらない固有(深部)感覚※1 の持続的な過興奮が、脊髄内の反射弓※2 に沿って、神経炎症に関わるミクログリア※3を活性化させ、これにより慢性疼痛が生じていることを脳内の過活動神経回路をトレースできるマウスモデル動物を用いた実験で明らかにしました。
線維筋痛症は、身体に炎症や損傷など明らかな原因がないのに、慢性的な異常筋痛や過度の疲労感が生じる原因不明の病気です。近年の研究で、原因は脳や脊髄内の炎症の可能性が示されています。しかし、なぜ脳や脊髄に炎症が生じるのか原因は不明であり、現在でも効果のある治療法は開発されていません。今回の研究成果は、ストレス等によって一部の筋緊張あるいは固有感覚の過興奮が長期におよぶことにより、通常意識にのぼらない固有感覚の過興奮がミクログリアを介して痛みを引き起こすことを示しており、神経障害性疼痛や炎症性疼痛とは異なる新しい痛み発生のメカニズムを示したもので、今後線維筋痛症の患者さんの痛みを和らげる治療の標的として、筋緊張の抑制が浮かび上がってきました。
背景
線維筋痛症は、長期にわたって、身体の広い範囲に痛みが持続して起こります。痛み以外に、激しい疲労感、睡眠障害、不安、うつ、認知障害など多彩な症状を伴います。病気の原因はまだよくわかっていませんが、これらの症状は機能性身体症候群(Functional Somatic Syndrome: FSS)に共通に見られるものが多く、特に筋痛性脳脊髄炎(慢性疲労症候群)(ME/CFS)の症状と類似しています。
本研究グループは以前、ME/CFS のモデルラットで、過剰な下肢の筋収縮による固有感覚刺激が脊髄の後角でミクログリアを活性化させることを示しました。さらにミクログリアの活性化を抑制する薬剤(ミノサイクリン)を髄腔内に投与したところ、動物の異常な痛みは抑制されたことから、「固有感覚誘導性の疼痛」という新たな疼痛発症メカニズムを報告しました。今回このようなメカニズムは ME/CFS の他に同様に FSS に含まれる線維筋痛症でも共通である可能性を検証するために本研究が行われました。
研究成果
本研究では、線維筋痛症モデルマウスとして知られる、繰り返し寒冷刺激モデルを用いました。昼の間だけ、低温(7°C)と室温を短時間で繰り返す環境下で 1 週間マウスを飼育すると、長期間にわたる慢性的な疼痛と疲労による活動低下が生じました。一方、このマウスの皮膚や筋、あるいは血液検査をしても、損傷や炎症を示す遺伝子の発現は全く見られませんでした。この症状はまさにヒトに見られる線維筋痛症の病態に類似しています。本研究グループが開発した Atf3:BAC Tg マウスは、神経の過活動のマーカーとなる ATF3 という遺伝子の下流でミトコンドリアを標識する蛍光蛋白(GFP)を発現するマウスです。線維筋痛症モデルに適用すると、過活動が生じている神経細胞のミトコンドリアのみが蛍光で標識されます。ミトコンドリアは軸索の先端から樹状突起の先端までニューロンの隅々に存在するため、過活動を起こしたニューロンの全体像を標識できます。従ってこのマウスを使うことにより、過活動を起こしている脳内の神経回路を浮かび上がらせることが可能になります。このマウスを解析したところ、足内筋の筋紡錘から後根神経節内の固有感覚ニューロン、脊髄後角から脊髄前角の運動ニューロン、さらには足内筋の神経筋接合部にいたる、いわゆる反射弓に沿った神経回路が蛍光標識されました(図 1)。またそれに沿ってミクログリアが活性化していることが明らかになりました。また、このミクログリアの活性化を抑制するために、ミクログリアの分裂増殖を抑制する薬剤を用いて、ミクログリアがこの反射弓に沿って集積しないようにすると、痛みが見られなくなりました。
図1 Atf3:BAC Tg マウスで線維筋痛症モデルを作成すると、過活動を起こしたニューロン
が GFP(緑色)で標識される。蛍光標識は脊髄の反射弓に沿ってみられる。GFP で標識
された神経線維(白枠)に沿ってミクログリア(赤色)が活性化する。cc: 中心管。
今後の展開
線維筋痛症モデルマウスを用いた今回の研究により、線維筋痛症では、無意識のうちに生じる筋緊張が固有感覚の過活動を引き起こし、それが脊髄内でミクログリアの活性化を引き越すことが明らかになりました(図2)。また、この活性化したミクログリアが疼痛の原因となることも明らかになりました。
図2 本研究で明らかになった線維筋痛症モデルマウス内の過活動神経回路
先に本研究グループは、機能性身体症候群(FSS)に含まれ線維筋痛症の類縁疾患である ME/CFS のモデルラットを用いた場合も、同様の固有感覚の過活動誘導性の疼痛が生じていることを明らかにしており(Yasui et al, 2019)※4、全く異なる刺激を用いるモデル動物で類似の結果が見られたことから、FSS 全般に共通の症状として見られる慢性疼痛は同じようなメカニズムで生じていることを示唆していると考えられます。
したがって、FFS の患者さんに共通に見られる慢性疼痛を和らげる治療には、脳や脊髄に存在するミクログリアを標的とすることが有効である他、一部の筋の過緊張を解除し固有感覚ニューロンの過活動抑制を標的とする新たな治療法が考えられます。今後は、今回の結果のヒトでの実証と、新たな治療標的に対する効果的な治療法の開発が期待されます。
用語説明
(※1) 固有感覚
体性感覚には、温痛覚、触圧覚、固有感覚があります。このうち筋や腱、関節などの伸びや引っ張り、曲がり具合といった通常あまり意識にのぼらない感覚を深部感覚あるいは固有感覚といいます。固有感覚ニューロンは、筋紡錘と呼ばれる筋の伸びを検知する受容器やゴルジ腱器官と呼ばれる腱の張力を検知する受容器の情報を脊髄に伝えます。
(※2) 反射弓
ここでいう反射とは、例えば意図せずに生じた筋の伸びを感知して脊髄に情報を送り、脊髄運動ニューロンから、姿勢が崩れないようにバランスをとるための筋収縮の命令を出す仕組みです。反射弓は、上位の脳の作用を受けずに脊髄だけで体のバランスを取るための情報が流れる道筋(回路)をいいます。
(※3) ミクログリア
脳や脊髄(中枢神経)に存在する免疫担当細胞です。ミクログリアは正常な脳や脊髄では細長い突起を動かしながら周囲の環境に異常がないかを監視しています。ニューロンに異常が生じると、活性化して神経細胞にとっては毒性のある炎症性物質(炎症性サイトカインなど)や、場合によっては保護因子を産生する二面性のある細胞です。同時に、ミクログリアは脳内の異物や死んだ細胞の残骸を貪食し取り除いてくれる細胞です。
(※4) 引用文献
Yasui M, 他 、 Hyper-activation of proprioceptors inducesmicroglia-mediated long-lasting pain in a rat model of chronic fatiguesyndrome, J Neuroinflammation, 16(1):67 (2019), DOI: 10.1186/s12974-019-1456-x.
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