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「肝臓から腸ができる!」-No.361




肝臓から腸ができる!

肝細胞が上皮細胞と間葉系細胞のハイブリッド状態を経て

腸上皮細胞に分化することを発見




発表のポイント


1.肝細胞は単層培養下で脱分化(※1)しますが、その詳細は不明です。


2.肝細胞脱分化の実態とそのメカニズムを解明し、さらに肝細胞が腸上皮細胞への分化能を

 有するという未知の能力を発見しました。


3.「肝臓学」の理解が深まることで、関連疾患の研究や治療への貢献が期待されます。




概要


 肝細胞は肝臓で重要な役割を担っていますが、培養するとすぐに機能を失い、肝前駆細胞様の細胞へ脱分化します。このユニークな特徴は 40 年以上も前から知られていますが、「脱分化」とは一体どういう状態なのか、そしてそのメカニズムや脱分化した肝細胞(dedifferentiated hepatocyte: dediHep)の特性はどういったものなのか、という疑問に対する明確な答えは得られておりません。


 九州大学生体防御医学研究所の鈴木淳史教授、三浦静助教らの研究グループは、同研究所の大川恭行教授との共同研究により、培養下における肝細胞脱分化の実態とそのメカニズムの解明、並びに肝細胞が腸上皮細胞への分化能を有するという未知の能力の発見に至りました。

本研究では、鈴木教授らが以前の研究で開発した肝前駆細胞専用の細胞培養系を用いて成体マウス肝細胞の脱分化について研究を行いました。その結果、Hippo シグナル伝達経路(※2)の阻害が肝細胞の脱分化には必須であり、肝細胞は上皮細胞と間葉系細胞のハイブリッド状態になることで脱分化状態を維持し、間葉系細胞マーカーであるビメンチン依存的に増殖を行うことが判明しました。肝細胞の脱分化によって生まれた dediHepは、三次元浮遊培養下で凝集体を形成することで成熟肝細胞へ再分化し、高チロシン血症 1 型(※3)モデルマウスの肝臓へそれらを移植すると肝臓組織を再構築することが可能でした。また、dediHep は三次元マトリゲル培養下で腸上皮オルガノイド(※4)を形成し、大腸炎モデルマウスの大腸へそれらを移植すると大腸上皮組織を再構築できることも判明しました。


 肝細胞が有するこの驚くべき可塑性の発見は、肝臓の全容を理解するための「肝臓学」の発展に貢献するだけでなく、腸上皮化生などの関連疾患の研究や治療に役立つと期待されます。


本研究成果の概略図

肝細胞の脱分化によって生まれた dediHep は肝細胞と腸上皮細胞への分化能を有し、肝臓組織と腸上皮組織の両方を再構築することができる。




研究の背景と経緯


 肝細胞は肝臓の 80%近くを占め、代謝、胆汁の生成と分泌、薬物の解毒、グリコーゲンの貯蔵、タンパク質の合成など、幅広い機能を有しています。初代培養肝細胞のユニークな特徴として、単層培養下では急速にその機能特性を失い、肝前駆細胞様の細胞へと脱分化することが知られています。肝細胞は脱分化後に高い増殖能を獲得しますので、それら大量の細胞を用いた肝疾患の治療戦略が考えられます。しかし、脱分化した肝細胞の細胞動態、脱分化状態の誘導と維持のメカニズム、脱分化細胞の分化能についてはまだ多くの研究が必要といえます。


胎生期の肝臓では、肝前駆細胞(肝芽細胞とも呼ばれる)が増殖し、肝細胞と胆管上皮細胞の両方を生み出して肝臓組織を形成します。一方、成体の肝前駆細胞(オーバル細胞とも呼ばれる)は、重篤な肝障害に応答して出現し、増殖して肝細胞と胆管上皮細胞の両方に分化し、損傷した肝臓組織を再生させることができます。


私たちは以前、胎生期のマウス肝臓と慢性的に重い傷害を受けた成体マウス肝臓から、それぞれ肝芽細胞とオーバル細胞を特異的に分離・回収することに成功しました。その際に用いた培養系では、肝芽細胞とオーバル細胞を 1 つずつ別々の培養皿で培養し、個々の細胞を長期間、安定的に増殖・維持させることが可能でした。これらのデータから、肝芽細胞やオーバル細胞を効率よく増殖させる培養条件は、肝前駆細胞の培養に適していることが示唆されました。

そこで本研究では、肝前駆細胞用に確立した当該培養系を用いて成体マウス肝細胞を培養し、肝細胞脱分化の動態やメカニズム、並びに肝細胞から脱分化した細胞の分化能について検証を行いました。




研究の内容と成果


 確立した肝前駆細胞用の培養系を用いて成体マウス肝細胞を培養した結果、高い増殖能を有する肝前駆細胞様の細胞へ脱分化することが判明しました。「dediHep」と名付けたこれら脱分化型肝細胞は、単層培養下において上皮細胞と間葉系細胞のハイブリッド状態を呈しており(図 1)、この状態への脱分化誘導と脱分化状態の維持が Hippo シグナル伝達経路の阻害に依存し、TGF-βシグナル伝達経路の活性化には依存しないことが明らかになりました。単層培養下で dediHep は間葉系細胞マーカーであるビメンチンの発現に依存して未熟な状態のまま安定的に増殖しますが、三次元浮遊培養下では凝集体を形成して増殖を停止し、成熟肝細胞の機能特性を再獲得することが判明しました。また、dediHep から再分化した肝細胞を高チロシン血症 1 型モデルマウスの肝臓へ移植すると、肝臓組織を長期にわたり再構築することが可能でした(図 2)。


図 1:dediHep は上皮細胞マーカーの E-カドヘリンと間葉系細胞マーカーのビメンチンを

   共発現する。



図 2:dediHep 由来肝細胞を高チロシン血

   症1型モデルマウスの肝臓へ移植して

   から3ヶ月後の肝臓組織(茶色:

   dediHep 由来肝細胞から形成された

肝臓組織)








 dediHep が上皮細胞と間葉系細胞のハイブリッド状態という特殊な表現型を有することから、次に私たちは、dediHep が肝臓以外の内胚葉由来臓器の細胞へも分化できるのではないかと考え、その検証を行うことにしました。すると、単層培養下にある dediHep の 90%以上が、腸上皮細胞の分化に必須の転写因子であるCdx2 を発現していることがわかりました。そこで、胎生期腸前駆細胞の培養条件(三次元マトリゲル培養)で dediHep を培養してみました。その結果、生体由来の腸前駆細胞と同様に、dediHep が一層の上皮細胞から成る球形のオルガノイドを形成し、そのオルガノイドが長期間安定的に増殖可能なことが判明しました(図 3)。



図 3:dediHep から形成された腸上皮オルガノイド











 さらに、これら dediHep 由来の腸上皮オルガノイドを大腸炎モデルマウスの大腸へ移植すると、大腸上皮組織を長期間、機能的に再構築することが可能でした(図 4)。



図 4:dediHep 由来腸上皮オルガノイドを大腸炎モデルマウスの大腸へ移植してから 3ヶ月後の大腸上皮組織(GFP:dediHep 由来腸上皮オルガノイドから形成された大腸上皮組織、ビリン:腸上皮細胞マーカー)











 このように、dediHep は胎生期腸前駆細胞への分化能を有することが明らかになりましたが、その一方で、生体由来の胎生期腸前駆細胞とは異なり、成体型の腸幹細胞まで成長することはできませんでした。私たちは以前の研究でマウスの皮膚の細胞を胎生期腸前駆細胞へ直接的に変化させるダイレクトリプログラミング(※5)の方法を開発しましたが(Miura and Suzuki, Cell Stem Cell, 2017)、その際に作製された胎生期腸前駆細胞は成体型腸幹細胞まで成長することができました。ダイレクトリプログラミングの誘導にはCdx2 の過剰発現が必要でしたので、dediHep 由来胎生期腸前駆細胞を成体型腸幹細胞まで成長させるためには、Cdx2 の過剰発現が必要なのではないかと考えました。そこで、dediHepに対して Cdx2の過剰発現を行いました。その結果、dediHep 由来胎生期腸前駆細胞は、成体型腸幹細胞が形成する、複数の突起を持った特殊な形状のオルガノイドを形成し(図 5)、腸上皮組織を構成する吸収上皮細胞、杯細胞、パネート細胞、腸内分泌細胞への多分化能を有することが判明しました。



図 5:Cdx2 を過剰発現させた dediHep

   から形成された腸上皮オルガノイド











 以上の知見は、肝細胞が単層培養下で上皮細胞と間葉系細胞のハイブリッド状態を呈することにより、予想外の分化能を獲得することを示しています。ビメンチンを含む間葉系細胞マーカーの発現は、マウスおよびヒトの肝細胞において、重篤な肝障害時に生じる肝細胞の前駆細胞化、並びにこれまでに報告された培養下での肝細胞の脱分化誘導でも観察されます。


したがって、上皮細胞の表現型を失うことなく間葉系細胞の表現型を獲得することは、肝細胞が前駆細胞へ脱分化する際の重要なイベントであり、肝細胞が高い可塑性を発揮するための鍵になっていると考えられます。




今後の展開


 本研究では、dediHep が肝細胞と腸上皮細胞に分化できることが示されました。このユニークな特徴に加え、dediHep は、適切な条件で培養すれば、肺、胃、膵臓など、他の内胚葉由来臓器の細胞にも分化できる可能性があります。重度の肝障害では、肝臓において腸や膵臓への形質転換が誘導されることがあります。これは、肝細胞から肝臓以外の内胚葉由来臓器の細胞への分化転換が特定の条件下で起こりうることを示唆しています。


dediHep の研究がさらに進めば、細胞の性状維持と可塑性の根底にある分子メカニズムについての理解が進み、肝臓や他の内胚葉由来臓器の疾患に対する治療戦略に対し、重要な知見をもたらすことが期待されます。




用語解説


(※1) 脱分化

細胞がある特定の形状や機能を獲得することを分化といい、それらを失って未分化状態になることを脱分化といいます。

 

(※2) Hippo シグナル伝達経路

細胞増殖や細胞死を調節することで臓器・組織のサイズを制御するシグナル伝達経路。

 

(※3) 高チロシン血症 1 型

フマリルアセト酢酸ヒドラーゼを欠損することで発症する遺伝性疾患であり、肝臓や腎臓の機能障害をもたらします。

 

(※4) オルガノイド

主に三次元培養下で細胞を培養することで形成される、臓器や組織を模した構造体。

 

(※5) ダイレクトリプログラミング

遺伝子発現を制御する転写因子や低分子化合物などを用いてある種の体細胞から直接別の種類の体細胞を誘導する方法。

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