top of page

「肥満の新しい調節メカニズム」-No.429




肥満の新しい調節メカニズム

大腸の脂質代謝酵素による腸内細菌叢の変容が全身の代謝を変える




発表のポイント


1.大腸に発現している脂質代謝酵素 sPLA2-X の遺伝子を破壊したマウス(sPLA2-X 欠

 損マウス)は飼育環境によって太りやすい体質を示しますが、その要因は不明でした。


2.sPLA2-X は大腸において体に優しいオメガ3脂肪酸を遊離して腸内環境を整え、腸内細

 菌叢の中に善玉菌を増やすことがわかりました。


3.sPLA2-X 欠損マウスでは善玉菌が産生する短鎖脂肪酸が減少しており、これを欠損マウ

 スに補充すると、太りやすい体質が正常に戻りました。


4.本研究は、大腸の脂質代謝酵素による肥満の新しい調節メカニズムを明らかにしたもので

 す。


大腸の脂質代謝酵素 sPLA2-X は腸内細菌叢を整えて肥満・糖尿病を抑える




概要


 東京大学大学院医学系研究科の村上誠教授、佐藤弘泰助教は、国立研究開発法人医薬基盤研究所(NIBIO)の國澤純副所長、慶應大学薬学部の有田誠教授らとの共同研究により、大腸に発現している脂質代謝酵素である X 型分泌性ホスホリパーゼ A2(注1)が腸内細菌叢(注2)の調節を介して全身の代謝に影響を及ぼすことを世界に先駆けて解明しました。




研究の背景


 腸内細菌叢は私たちの健康に大きな影響を及ぼします。脂肪を多く含む食事(高脂肪食)を過剰に摂取すると肥満になりますが、この時に腸内細菌叢の組成も大きく変化します。腸内細菌叢が悪玉菌優位に変わると大腸に慢性的な炎症が生じ、大腸上皮のバリア機能が乱れる結果、遠隔の臓器(例えば脂肪組織や肝臓)にも慢性炎症が広がり、肥満や2型糖尿病が悪化する原因となります。


分泌性のリン脂質分解酵素の一つである X 型分泌性ホスホリパーゼ A2(sPLA2-X)は大腸の上皮細胞に高発現していますが、それ以外の臓器にはほとんど発現していません。私たちの研究チームは、sPLA2-X の遺伝子を破壊したマウス(sPLA2-X 欠損マウス)に高脂肪食を与えると野生型マウスよりも太りやすいことを見出しました。しかしながら、なぜ大腸に限局して発現している分泌性の脂質分解酵素が肥満に影響を与えるのかは不明でした。




研究内容


 sPLA2-X 欠損マウスに高脂肪食を与えると、野生型マウスと比べて肥満が増悪しました(図1A)。sPLA2-X の主要発現部位である大腸では炎症マーカーの発現が増加していました。sPLA2-Xが大腸の脂質代謝を調節していることを想定し、リピドミクス(注3)によって sPLA2-X 欠損マウスの大腸の脂質を網羅的に分析したところ、オメガ3脂肪酸(注4)が野生型マウスと比べて減少していました(図1B)。欠損マウスにオメガ3脂肪酸を多く含む餌を与えて飼育すると、太りやすい体質は解消しました。

このことから、sPLA2-X は大腸のリン脂質を分解し、抗炎症性の脂質として知られるオメガ3脂肪酸を遊離することで大腸の炎症を防ぎ、肥満に対して防御的に働くことがわかりました。


図1:sPLA2-X 欠損マウスにおける肥満増悪の表現型と大腸のリピドミクス解析

A. 野生型マウス(WT)sPLA2-X 欠損マウス(KO)を低脂肪食(low-fat diet; LFD)と高脂肪食(high-fat diet;HFD)で飼育した時の外見(左)と体重変化の推移 (n = 7−8)(右)。

B. LFD と HFD でそれぞれ飼育した WT と KO の大腸における脂肪酸とリゾリン脂質をリピドミクスにより分析した時のヒートマップ(左)と脂肪酸の実際の定量値(n = 4−5)(右)。*, P < 0.05; **, P < 0.01.



 興味深いことに、sPLA2-X 欠損マウスの肥満増悪の表現型は、野生型マウスと欠損マウスを同じケージ内で飼育して腸内容物(糞便)を相互交換した場合や、抗生物質を与えて体内の微生物を一掃した場合には消失しました。この結果は、腸内細菌叢の変容が欠損マウスの肥満の表現型の要因となっていることを示唆しています。そこで、欠損マウスの腸内細菌叢を野生型マウスと比較したところ、クロストリジウム属(注5)の一部の細菌が欠損マウスで減少していました(図2A)。クロストリジウム属の細菌は食物繊維を代謝して短鎖脂肪酸(注6)を産生することが知られています。そこで、糞便および血液中の短鎖脂肪酸を測定したところ、欠損マウスでは野生型マウスと比べて短鎖脂肪酸が減少していました(図2B)。短鎖脂肪酸には抗炎症作用や代謝改善作用があることから、短鎖脂肪酸を含む飲水を欠損マウスに与えたところ、肥満増悪の表現型は消失しました。さらに、オメガ3脂肪酸を与えたマウスの糞便では短鎖脂肪酸が増加していました。


図2:sPLA2-X の欠損によって腸内細菌叢と短鎖脂肪酸が変化する

A. 野生型マウス(WT)sPLA2-X 欠損マウス(KO)では腸内細菌叢に違いが見られる。

B. KO では WT と比べて血漿と糞便の短鎖脂肪酸が減少する。KO/WT の比をヒートマッ

 プで示した。



 以上の結果から、sPLA2-X 欠損マウスが太りやすい理由として、以下のメカニズムが考えられます。sPLA2-X は大腸においてリン脂質からオメガ3脂肪酸を遊離します。オメガ3脂肪酸の作用により、腸内細菌叢の中に善玉菌であるクロストリジウム属が増えます。その結果、クロストリジウム属が産生する短鎖脂肪酸の抗炎症・代謝改善作用により、肥満が抑えられます。sPLA2-X 欠損マウスはこのプロセスが破綻するため、太りやすい体質となります。




本成果の意義・今後の展開


 本研究は、大腸に発現している脂質代謝酵素 sPLA2-X が、腸内細菌叢の修飾を介して、全身の代謝に二次的な影響を及ぼすことを示しており、腸内細菌叢の重要性を再確認するとともに、分泌性ホスホリパーゼ A2 の動作原理に関する新しい側面を明らかとしたものです。




用語解説

(注1)ホスホリパーゼ A2(PLA2)

生体膜を構成するホスファチジルコリン(PC)やホスファチジルエタノールアミン(PE)などのリン脂質(正確にはグリセロリン脂質)は、グリセロール骨格の2本の脂肪酸と極性基が結合した構造を示します。PLA2 はリン脂質のグリセロール骨格の2位のエステル結合を加水分解し、脂肪酸とリゾリン脂質を遊離する酵素群の総称です。哺乳動物では 50 種類以上の PLA2 分子種が見つかっています。このうち、細胞外リン脂質の分解に関わる分泌性 PLA2 (sPLA2)ファミリーには 11 種類の分子種が存在し、各酵素がそれぞれ特徴的な組織分布とリン脂質に対する基質選択性を持ち、組織に固有の生体応答に関わることが明らかとなってきています。本研究では X 型分泌性 PLA2(sPLA2-X)を取り扱っています。

 

(注2)腸内細菌叢

ヒトの腸内(特に大腸)には、100 兆~1000 兆個、重さにして約1~2kg の細菌が棲みついており、「腸内細菌叢」と呼ばれています。腸内細菌には私たちの身体によい影響を及ぼす善玉菌、増えすぎると身体に悪影響がある悪玉菌、状況によって善玉菌の味方をしたり悪玉菌の味方をしたりする日和見菌がいます。腸内細菌叢の形成パターンは生活環境の影響を受け、個体によって異なります。一般に、脂肪を多く含む食事は悪玉菌を増やし、繊維質を多く含む食事は善玉菌を増やすと言われています。悪玉菌が優勢になると、生活習慣病やアレルギーなどに悪い影響を与えます。

 

(注3)リピドミクス

検査対象となる物質をイオン化させて電圧をかけた空間中を飛ばし、検出器に到達するまでの時間から質量を測る(質量の大きな物質ほど到達までの時間がかかる)手法を質量分析と呼びます。脂質を測定する質量分析技術をリピドミクスと呼びます。脂質は種類によって質量が異なるので、質量分析法により脂質の種類と量を網羅的に調べることができます。

 

(注4)オメガ3脂肪酸

炭素原子が連なって結合した炭化水素鎖の中に二重結合をもつ脂肪酸は不飽和脂肪酸と呼ばれ、二重結合を二つ以上持つ脂肪酸は多価不飽和脂肪酸と呼ばれます。末端から数えて三番目の炭素に二重結合がある多価不飽和脂肪酸はオメガ3脂肪酸と呼ばれ、魚油に豊富なエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などが含まれます。オメガ3脂肪酸には抗炎症作用や代謝改善作用があることから、「体に優しい脂質」として知られています。多価不飽和脂肪酸はリン脂質のグリセロール骨格の2位にエステル結合した形で細胞膜に蓄えられており、ホスホリパーゼ A2 の作用により切り出されます。

 

(注5)クロストリジウム属

細菌の一属であり、芽胞を形成するグラム陽性の偏性嫌気性の細菌です。哺乳動物の腸内をはじめ、土壌などあらゆる環境に生息しています。クロストリジウム属の細菌には、破傷風菌やボツリヌス菌などの病原性細菌も含まれますが、近年の研究から免疫機能や代謝機能を正常に保つ作用をもつクロストリジウム属の細菌が見つかっています。

 

(注6)短鎖脂肪酸

一般に、炭素数6以下の直鎖状の脂肪酸を指し、腸内細菌が産生する主要な有機酸です。酢酸、プロピオン酸、酪酸などがその代表です。免疫機能を高める働きがあるほか、宿主のエネルギー恒常性維持に重要な役割を果たしています。

閲覧数:2回0件のコメント

Comentarios


Los comentarios se han desactivado.
bottom of page