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「肺がんに対する革新的な治療法を開発!」-No.367




肺がんに対する革新的な治療法を開発!




 金沢大学がん進展制御研究所/ナノ生命科学研究所の福田康二助教,金沢大学附属病院腫瘍内科/ナノ生命科学研究所の竹内伸司講師,金沢大学附属病院呼吸器内科/ナノ生命科学研究所/がん進展制御研究所の矢野聖二教授らの研究グループは,KRAS(※1)遺伝子変異を持つ肺がん(KRAS 肺がん)に対する WEE1(※2)タンパクを標的とした新しい治療法の開発に成功しました。


 肺がんは日本で最も死亡率が高いがんであり,KRAS 遺伝子変異は日本人肺腺がん患者さんの約 10%に検出され,がんの発生や進展を強く促進する遺伝子異常であることが知られています。KRAS を標的にした治療薬は長年開発が進みませんでしたが,最近日本でも,KRAS-G12C 変異に特異的な阻害薬(KRAS-G12C 阻害薬)が肺がんで承認されました。しかし,有効性が限定的で耐性が課題であり,より効果的な治療法の開発が切望されています。


 本研究では,KRAS 変異肺がんにおいて,746 種類の遺伝子を実験的に破壊することで探索し,WEE1 という分子を新しい治療標的として同定しました。さらに,本研究グループは,TP53 というがん抑制遺伝子の変異も共存している KRAS-G12C 肺がんに対して,WEE1 阻害薬と KRAS-G12C 阻害薬を組み合わせることで,肺がん細胞をほぼ消失させる顕著な効果を確認し,非常に有望な治療であることを明らかにしました。

これらの知見は,KRAS 阻害薬単独の有効性が限定的である KRAS 肺がんに,新たな治療選択肢を提供し,生存率の向上に貢献することが期待されます。




研究の背景


 肺がんは,日本で最も死亡率が高いがんであり,KRAS 遺伝子変異は日本人肺がん患者の約 10%に検出され,そのうち約 40%が KRAS-G12C という変異型を有しています。KRAS 遺伝子に変異を生じると細胞の制御不能な増殖を引き起こし,結果としてがんが発生します。これまで KRAS 遺伝子変異を標的とした効果的な治療法は存在しませんでしたが,近年,KRAS-G12C 阻害薬(ソトラシブ)が開発され,日本でも実臨床で使用されています。しかしながら,耐性が重大な課題であり,より効果的な治療法の開発が急務です。


 このような背景から,本研究では KRAS 遺伝子変異を持つ肺がん(KRAS 肺がん)の細胞死を誘導できる新たな治療標的の探索を行いました。




研究成果の概要


 本研究ではまず,KRAS 肺がんにおいて,治療標的の網羅的なスクリーニングを実施しました。746 種の遺伝子を実験的に破壊し,432 種の薬剤を添加した結果,WEE1 という分子が KRAS 肺がん細胞の生存に極めて重要であることを明らかにしました。

特に,がん抑制遺伝子である TP53 遺伝子の変異が共存していると,WEE1 阻害により KRAS肺がんの細胞死が顕著に誘導されました(図 1)。

WEE1 は DNA 修復経路(※3)に関与しており,がん細胞の異常な増殖によって発生した DNA の損傷を修復する時間を与えます。さらに,TP53 遺伝子も変異しているとKRAS 肺がん細胞の生存は WEE1 に依存的になっています。

本研究により,WEE1 がCHK2 という分子の発現を維持することによって,KRAS 肺がん細胞が自身の DNA を修復して生存する過程に重要な役割を果たしていることを初めて明らかにしました。これにより,WEE1 を阻害すると,KRAS 肺がん細胞は DNA の損傷を回復できず細胞死に至ると考えられます。

さらに,WEE1 阻害薬を KRAS-G12C 阻害薬と併用することにより,KRAS-G12C 肺がん細胞の増殖が抑制され,相乗的に細胞死の誘導が促進されることも明らかにしました。マウスを用いた実験では,WEE1 阻害薬と KRAS-G12C 阻害薬であるソトラシブを組み合わせた治療により,KRAS-G12C 肺がん細胞を移植した皮下腫瘍に対して顕著な縮小効果を示し,治療中止後も腫瘍が再増大せず根治が示唆される個体も認めました。さらに,ソトラシブが無効であった KRAS-G12C 変異肺がん患者さんのがん組織をマウスに移植したモデル(PDX モデル)での実験では,この二つの薬剤の併用により腫瘍がほぼ消失するという驚くべき結果が得られ,ソトラシブの効果が得られない患者さんに対しても有望な治療であることが示唆されました(図 2,3)。


図 1: 二つの KRAS 肺がん細胞において 746 種類の網羅的な遺伝子破壊実験を行った

   結果,WEE1遺伝子の破壊が最も強くがん細胞の生存を阻害できることを示した。


図 2: KRAS-G12C 変異を持つ肺がん患者のがん組織をマウスに移植したモデル(PDXモ

   デル)での実験において,二つの薬剤の併用治療により腫瘍がほぼ消失する結果が得

   られた。


図 3: 二つの薬剤によって肺がん細胞を死に至らせる仕組み。

   一つ目の薬(KRAS-G12C阻害薬)は,がん細胞の DNA にダメージを与える。

  しかし,がん細胞は WEE1 を使ってこのダメージを修復し,生き延びることができる

  (左図)。

  そこで,二つ目の薬である WEE1 阻害薬を同時に使用することで,この修復プロセス

  を止め,結果的にがん細胞を死滅させることができる(右図)。




今後の展開


 本研究で得られた成果に基づいて,KRAS-G12C 阻害薬と WEE1 阻害薬併用治療の有効性と安全性を評価する臨床試験につなげていきたいと考えています。




用語解説


※1 KRAS

KRAS は,細胞の成長や分裂を調節するタンパク質であり,正常な KRAS は,細胞に成長や分裂の指示を出す。しかし,KRAS 遺伝子に変異が起こると,細胞が制御不能に増殖し,がんの原因となる。特に,KRAS 変異は肺がん,大腸がん,膵臓がんなどに関与していることが明らかとなっている。

 

※2 WEE1

WEE1 は,細胞周期を調節するタンパク質である。細胞周期とは,細胞が成長し,分裂する過程のこと。WEE1 は,細胞周期のブレーキとして機能し,細胞が損傷を受けたときに修復するための時間を生み出す役割を担っている。WEE1 が正常に機能しない場合,損傷を受けた細胞が修復されずに分裂を続けることがあり,細胞は死滅する。

 

※3 DNA 修復経路

DNA 修復経路は,細胞の DNA が損傷を受けたときにそれを修復するための仕組みのこと。ATR や ATM といったタンパク質が DNA の損傷を感知し,細胞周期を停止させてDNA を修復する。これにより,細胞が正常に機能し続けることを可能にする。


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