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「脳内マリファナ類似物質が脳の発達のタイミングを制御している」-No.388




研究成果の Highlight


 脳内でシナプス伝達の調整に関わる内因性カンナビノイド 2-アラキドノイルグリセロールの合成を阻害した遺伝子改変マウスでは、大脳皮質視覚野の 2/3 層や 4 層において、

  • 眼優位可塑性の臨界期が正常よりも早くなる

  • 成長に伴う両方の眼の方位選択性の統合が障害される

  • 抑制性シナプス機能の成熟が早まる

  • 抑制性シナプス機能を弱めると早期臨界期が見られなくなる




背 景


 脳は出生後に外部環境に適応的に変化し、成熟します。視覚の中枢である大脳皮質一次視覚野で見られる眼優位可塑性は、脳の適応的発達の代表的なモデルです。生後初期の哺乳類の片方の眼を一時的に遮蔽すると、視覚野の神経細胞(ニューロン)がその眼からの情報に反応しにくくなり、弱視になるという現象です(図 1)。眼優位可塑性は臨界期と呼ばれる生後発達の一時期に強く発現し、成熟後は見られません。視覚野では臨界期に両眼情報の統合といった重要な機能が発達します。このような機能の発達には、臨界期が適切なタイミングで始まることが重要です。臨界期は視覚系だけでなく脳の様々な機能発達について存在します。そのため臨界期のタイミングがどのように決定されているかは、脳の成熟機構の理解に必須であり、現在精力的に研究がおこなわれています。


 私たちは今回、内因性カンナビノイドと呼ばれる物質が視覚野の成熟にかかわるかどうかを調べました。内因性カンナビノイドとは、身体の中で作られる、マリファナに類似した作用と構造を持ついくつかの分子の総称です。本研究では脳での主要なものと考えられている 2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)に注目しました。内因性カンナビノイドは、ニューロンの間のシナプス伝達の強さを調節します。シナプスでは、一方のニューロンの神経終末から神経伝達物質が放出され、もう一方のニューロンの受容体を活性化させることで情報が伝わります。内因性カンナビノイドはこれとは逆方向に、シナプス伝達の受け手側のニューロンで作られ、送り手ニューロンの神経終末に存在するカンナビノイド受容体(脳では CB1 受容体)に働いて神経伝達物質の放出を抑えることで、シナプス伝達を調節します(図 2)。この受容体にマリファナ成分も作用します。


 本研究では 2-AG の合成酵素ジアシルグリセロールリパーゼ α(DGLα)を欠損し、2-AG が働かないマウスを用いて、その視覚野の成熟を調べました。



図 1. 多数の視覚野ニューロンの活動を記録して左右の眼に反応する程度(眼優位性 1~7。


1(7): 反対側(同側)の眼のみに反応。4: 両眼に均等)を調べる。正常マウスは少し反対側に偏った分布を示す(左。緑の矢印は分布の中央)。数日間、片眼を閉じると、分布は開いていた方の眼へずれる

                     (右。黒矢印)。



図 2. シナプスでの内因性カンナビノイドの働き。








研究成果


DGLα 欠損マウスでは眼優位可塑性の臨界期が早期に始まる


 様々な生後齢の正常マウスの片眼を遮蔽してその効果を調べると、臨界期になったマウスでのみ眼優位可塑性が見られます(図 3)。一方、DGLα 欠損マウスでは、正常な臨界期では眼優位可塑性は観察されず、それよりも若い時期に観察されました。大脳皮質は 6 つの層が重なった構造をしていますが、DGLα 欠損マウスの早期の眼優位可塑性は 6 層のうち 2/3 層, 4 層でのみ観察されました。したがって DGLα 欠損マウスでは臨界期が本来のタイミングよりも早く始まっており、しかも大脳皮質の6 つの層の発達の協調が崩れていることがわかりました(図 4)。



図 3. 眼優位可塑性の生後発達。


各生後日齢で、正常マウスから上にずれるほど片眼遮蔽の効果が強い。21 日ではDGVα欠損マウスが、33 日では正常マウスが統計的に有意な変化を示す。




図 4. DGVα欠損マウスの臨界期(青線)は視覚野の 2/3 層, 4 層だけで正常マウスよりも早まっている。









DGLα 欠損マウスでは両眼情報の統合が阻害されている


 臨界期の視覚野では両眼の統合機能が成熟します。視覚野ニューロンは縦や横など特定の角度の線によく反応し、これを方位選択性と呼びます。これによって視野内の物体の境界を検出すると考えられます。未熟な時には、最もよく反応する方位が左右の眼でずれていますが、臨界期の間にそれらが統合され、両眼が同じ方位によく反応するようになります。この成熟過程は両眼立体視の発達にも関わると考えられます。DGLα 欠損マウスでは臨界期を過ぎても反応する方位のずれが残り、両眼情報の統合が障害されていることがわかりました(図 5)。 



図 5. 正常マウスと DGVα欠損


マウスの方位選択性の例。極グラフ周囲に視覚刺激の角度と移動方向を示し、半径方向に反応の大きさを示す。最大反応を示す角度は左の例では両眼でほぼ一致するが、右の例では 30°以上ずれている。





DGLα 欠損マウスでは抑制性シナプスが早期に発達する


 臨界期の開始には抑制性神経回路の発達が必要であることがわかっています。また、カンナビノイド受容体は抑制性シナプス終末に多く存在しています。これらのことから、DGLα 欠損マウスでは抑制性神経回路の発達が早まることで、臨界期が早くに始まる可能性が考えられます。そこで視覚野を切り出したスライス標本で微小抑制性シナプス電流(mIPSC)を計測したところ、正常な臨界期前の 2/3 層, 4 層で mIPSC の発生頻度が正常マウスより増加していました(図 6)。つまり DGLα 欠損マウスは抑制性シナプスの発達が正常マウスよりも早いことがわかりました。


図 6. 微小抑制性シナプス電流(上向きの鋭い波)の例。

右の方が波の頻度が高いことがわかる。




DGLα 欠損マウスの抑制性シナプス機能を弱めると早期臨界期が見られなくなる


 抑制性シナプス伝達が DGLα 欠損マウスの臨界期の早まりに関わることを確認するため、臨界期前の DGLα 欠損マウスに DMCM という薬剤を投与して抑制性シナプスの働きを弱めました。すると早期の眼優位可塑性は見られなくなりました。抑制の強さを操作することで、臨界期のタイミングが適切な時期に再調整されたと考えられます。


したがって DGLα 欠損マウスでは抑制性シナプスの早期の発達が眼優位可塑性の臨界期を早めていることがわかりました。




今後の展開など


 本研究は臨界期のタイミング制御に内因性カンナビノイドが関わることを初めて明らかにしました。今後、脳内の多様な細胞の中で、どの種類の細胞の内因性カンナビノイド系が重要なのかを明らかにすることは、臨界期のメカニズム解明につながり、脳の発達不全の理解につながると期待できます。


 本研究では眼優位可塑性の臨界期を調べましたが、他の感覚や運動、様々な精神機能の発達にも臨界期があると考えられています。内因性カンナビノイドは大脳全体に広く分布するため、他の機能の発達にも関与する可能性が考えられます。

内因性カンナビノイド系はマリファナ成分の作用点であり、今回の結果はマリファナの使用が脳発達に影響を及ぼす可能性を示しています。


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