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「腱と骨をしなやかに繋ぐ線維軟骨のかたさを制御する仕組み」-No.383




腱と骨をしなやかに繋ぐ線維軟骨のかたさを制御する仕組みを解明




本研究成果のポイント


1.骨形成抑制因子であるスクレロスチン(※1)が、線維軟骨(※2)の成熟に伴って発現する分

 子マーカーであることが明らかになりました。線維軟骨は損傷すると治癒が難しい組織で

 すが、スクレロスチンの発現を指標にして、機能的に成熟した線維軟骨再生を目指すこと

 が出来ます。


2.ゲノム編集技術を用いて、硬結性骨化症(※3)の原因遺伝子でスクレロスチンが発現しな

 くなる Sost を欠失する疾患モデルマウスの系統を確立しました。


3.原子間力顕微鏡(※4)とマイクロ CT(※5)を用いた解析により、スクレロスチンがなくな

 ると線維軟骨がかたくなりしなやかさを失うことが明らかになりました。




概要


 広島大学大学院医系科学研究科・生体分子機能学の山家新勢(大学院生)、吉本由紀特任助教/日本学術振興会特別研究員(当時)(現東京医科歯科大学講師)、池田和隆(歯科診療医)、宿南知佐教授の研究グループは、歯科矯正学の谷本幸太郎教授、同大学院統合生命科学研究科の山本卓教授、京都大学医生物学研究所の安達泰治教授、牧功一郎助教、近藤 玄教授、東京歯科大学の溝口利英教授らの研究グループとの共同研究で、ゲノム編集技術を用いて作製した Sost 欠失マウスを用いて、スクレロスチンが成熟した線維軟骨細胞で作られて線維軟骨のかたさを制御していることを明らかにする研究を行いました。


 本研究では、骨を脱灰して柔らかくすることなく薄切する川本法(※6)を用いて作製した凍結非脱灰切片を解析し、スクレロスチンが成熟した石灰化線維軟骨の分子マーカーであることを見出しました。原子間力顕微鏡とマイクロ CT を用いた解析では、Sost 欠失マウスの腱付着部の線維軟骨は、野生型よりもかたくなっていることを明らかにしました。


本研究によって、スクレロスチンが線維軟骨のかたさの調節を行って、腱と骨をしなやかに繋いでいることが明らかになりました。




背景


 筋肉の収縮力は腱を介して骨に伝達され、姿勢の維持、呼吸、複雑な身体運動が実現されます。腱の骨への付着部である線維軟骨性エンテーシスは、胎生期・出生時は硝子軟骨(※7)と腱の 2 層構造をとっていますが、骨端の硝子軟骨に血管が侵入して骨へ置換されるにつれ、骨・石灰化線維軟骨・非石灰化線維軟骨・腱の 4 層構造をとるようになります(図 1)。このプロセスは、シグナル分子と力学因子により巧妙に制御されていますが、その実体については、これまでほとんど明らかにされていませんでした。


図 1.アキレス腱付着部の形成過程




研究成果の内容


 今回、研究グループは、骨と腱を繋いでいる線維軟骨細胞の成熟に伴ってスクレロスチンが発現することを見出し、その機能を解析するために、ゲノム編集技術を用いてスクレロスチンが発現しない Sost 欠失マウスの系統を確立しました。ヒトでは、遺伝子変異による Sost の発現低下は、硬結性骨化症の原因となることが知られています。Sost 欠失マウスにおいても、全身の骨で骨化が亢進しており、硬結性骨化症の疾患モデルマウスとしても有用であると考えられます。


また、腱形成不全モデルである Scx 欠失マウス(※8)においては、筋の収縮力が腱を介して十分に伝達されないために、線維軟骨の著しい形成不全が観察され、未成熟な線維軟骨ではスクレロスチンの発現がほぼ消失することがわかりました(図 2)。腱付着部の非固定・非脱灰凍結切片を原子間力顕微鏡を用いて解析したところ、Sost欠失マウスの線維軟骨がかたくなっていて、マイクロ CT を用いた解析では、腱が付着する踵骨の骨量や骨密度の上昇が観察されました。

スクレロスチンは、Wnt(※9)シグナルのアンタゴニストで骨形成に抑制的に作用しますが、その働きを阻害する抗スクレロスチン抗体が新しい骨粗鬆症薬として注目されています。線維軟骨においても Wnt シグナルの活性化が検出され、スクレロスチンが Wnt のアンタゴニストとして作用している可能性が示唆されました。

今回の研究では、線維軟骨細胞で作られるスクレロスチンは、直下にある骨に対して骨形成を抑制し、線維軟骨ではかたさを制御することによって軟組織である腱と硬組織である骨をしなやかに繋いでいることが明らかになりました(図 3)。


図 2. Scx 欠失マウスの腱形成不全に伴う線維軟骨形成不全とスクレロスチン発現消失



図 3.成熟した石灰化線維軟骨で発現する Sost の欠失による石灰化の亢進と骨密度の上昇




今後の展開


 腱と骨の連結部に牽引力や衝撃が加わり損傷すると、エンテソパチー(※10)と呼ばれる腱付着部障害により痛みや運動障害が引き起こされますが、既存の治療では線維軟骨を機能的に修復することはとても難しいことが知られています。スクレロスチンが発現するような線維軟骨の再生を目指すことによって、新しい治療法の確立を目指すことが出来ると期待されます。


 今後、線維軟骨において Wnt シグナルとスクレロスチンがどのように拮抗しているかを解析することによって、秩序だった線維軟骨細胞の成熟を制御するメカニズムを明らかにすることが出来ると考えられます。




用語説明


(※1)スクレロスチン

主に骨細胞から分泌される糖タンパク質。古典的 Wnt/β-カテニンシグナルを阻害することにより、骨芽細胞の分化・増殖を抑制して骨形成を低下させると同時に、破骨細胞の分化を促進して骨吸収を促進させる。

 

(※2)線維軟骨

細胞外基質に、I 型コラーゲンと II 型コラーゲンの両方が含まれる軟骨。椎間板や顎関節の関節円板、腱と骨との付着部などに分布し、圧縮力や剪断力に対する衝撃吸収、関節の適合、可動性の調節に寄与している。

 

(※3)硬結性骨化症

ヒト SOST 遺伝子の不活性型変異による遺伝子疾患である。骨密度・骨量の増加を特徴とし、幼少期に発症する。骨組織の肥厚化に伴う顔貌の非対称や頭痛・難聴のほか、身長や体重の増大が見られることが多い。

 

(※4)原子間力顕微鏡

試料との原子間力を利用して、バネ板の先端に取り付けられた探針で試料表面を走査し、その表面構造や力学物性の分布をナノスケール分解能で記録する顕微鏡。

 

(※5)マイクロ CT

試料を 360°全方向から連続的に X 線撮影することで、試料の表面・内部構造情報を非破壊的に取得できる装置。得られた情報を解析することで、試料中の空隙量や骨密度を定量的に測定することができる。

 

(※6)川本法

川本忠文博士によって開発された凍結薄切切片作製法。骨や歯よりも硬いタングステン製刃で薄切した非脱灰切片を専用の切片支持用粘着フィルムに貼り付ける。川本法で作製された非固定非脱灰切片では、組織構造や組織性状が保たれている。

 

(※7)硝子軟骨

細胞外基質に II 型コラーゲンやアグリカンを豊富に含む軟骨。発生過程では、将来、骨の鋳型となる軟骨性骨原基で、成体では喉頭や気管軟骨、関節軟骨に分布する。

 

(※8)Scx 欠失マウス

腱/靭帯の成熟に必要な Scx のエクソン 1 の翻訳開始コドンより 24 塩基下流の 11 塩基をゲノム編集技術である Platinum TALEN を用いて欠失させ、フレームシフトを起こすことで発現を欠失させたマウス。Scx 欠失マウスでは、腱や靭帯が低形成になる表現型を示す。

 

(※9)Wnt

分泌性糖タンパク質であり、古典的βカテニン経路・βカテニン非依存性経路での細胞内シグナル伝達を活性化する。骨芽細胞においては、古典的βカテニン経路を活性化することで骨形成が促進される。

 

(※10)エンテソパチー

腱/靭帯と骨との付着部に過剰な力学的負荷が加わったことが原因で炎症や変性が起こり、痛みや腫れ、運動障害が生じる。

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