腸内乳酸菌による脂肪酸代謝産物が抗炎症作用を示し
炎症性腸疾患を緩和することを明らかに
~食用油に由来する成分の効能を遺伝子、細胞、個体レベルで解析~
研究の要旨とポイント
1.免疫細胞の一種である樹状細胞(*1)は病原体由来成分に応答して活性化しますが、過度に
活性化した場合、炎症性疾患や自己免疫疾患につながることが知られています。
2.腸内乳酸菌Lactobacillus plantarumが食用油を代謝して産生する脂肪酸の1つである
γKetoC(*2)が樹状細胞の炎症反応を抑制することを明らかにしました。
3.γKetoCが脂肪酸受容体であるGタンパク質共役型受容体(GPCR, 3)や酸化ストレス応答
のマスター転写因子NRF2(4)を活性化することで抗炎症作用を示すことを解明しまし
た。
4.γKetoCの経口摂取により炎症性腸疾患の病態が緩和することを、マウスモデルを用いて
証明しました。
5.本研究をさらに発展させることで、免疫関連性疾患の治療薬や予防法の開発につながるこ
とが期待されます。
研究の概要
東京理科大学 先進工学部生命システム工学科の西山 千春教授らの研究室メンバーは、京都大学 農学研究科の小川 順教授、岸野 重信准教授、東北大学 東北メディカル・メガバンク機構 機構長の山本 雅之教授、東京理科大学 薬学部薬学科の市原 学教授との共同研究で、腸内細菌の代謝産物が免疫応答に及ぼす影響について調べ、脂肪酸代謝産物であるエノン脂肪酸が樹状細胞の炎症反応を抑制すること、他の代謝産物と比較してγKetoCが最も優れた抗炎症作用を示すことを見出しました。
その機構解析からGPCRやNRF2が活性化されることで、炎症性サイトカイン(*5)の産生を抑制していることが示唆され、γKetoCの経口摂取により炎症性腸疾患モデルマウスの病態が緩和すること、NRF2欠損マウスではγKetoCの効果が見られないことが明らかになりました。
多価不飽和脂肪酸は、腸内乳酸菌Lactobacillus plantarumなどがもつ酵素によって水酸化や飽和化などの代謝変換を受けて別の脂肪酸に変化することが知られています。近年、このような腸内細菌によって代謝生成される物質が宿主に対してさまざまな有益な生理機能(抗炎症・抗酸化作用、腸管上皮バリアを保護する機能など)を示すことがわかってきました。しかしながら、これらの代謝産物が免疫応答に対して、どのように影響するかについては未解明のままでした。
そこで本研究グループは、マウスの脾臓や骨髄から免疫細胞を調製し、複数の脂肪酸代謝産物と免疫細胞の活性の相関性について、遺伝子、細胞、個体レベルなどさまざまな角度から解析を行いました。
研究の結果、エノン脂肪酸によりT細胞の増殖や樹状細胞の活性化が抑制され、γKetoCが最も優れた抗炎症効果を示すことが明らかとなりました。γKetoCの出発物質であるγ-リノレン酸はこのような性質を示さなかったことから、腸内細菌のはたらきによって有益な機能を有する物質に変換されたといえます。また、GPCRのアゴニスト(作動薬)やGタンパク質阻害剤を用いた実験から、樹状細胞に対するγKetoCの効果の一部にGq型GPCRが関与することが示唆されました。さらに、γKetoCには樹状細胞のNRF2経路を活性化する作用があり、NRF2欠損樹状細胞ではγKetoCの炎症抑制効果が減弱化しました。大腸炎モデルマウスにγKetoCを経口投与した実験では、γKetoCに病態改善効果があり、NRF2欠損マウスではγKetoCの効果が見られないこともわかりました。
本結果により、γKetoCが過剰な免疫反応に対して抗炎症作用を示し、その機構にGPCRやNRF2の刺激が関与していることが実証されました。
本研究成果は、免疫反応メカニズムの理解における有用な知見であり、有効成分のより効果的な摂取法などの現実的かつ具体的な治療ストラテジーの提案も含め、免疫関連性疾患の治療や予防に貢献することが期待されます。
また、本研究で高い抗炎症活性を示したγKetoCは、ドコサヘキサエン酸(DHA)やイコサペンタエン酸(IPA)などのω3系とは異なる構造的特徴を持ち、また、生理活性や健康への影響がまだ十分に調べられていない油成分であったことも、特筆に値します。
今後、さまざまな種類の油成分を対象に研究を進めることで、今回特定されたγKetoC以外にも、免疫関連疾患の予防や緩和に有効な成分や、その代謝に関わる腸内細菌の発見・開発につながると期待されます。
研究の背景
腸内では食品成分由来の物質を基質として細菌のはたらきによりさまざまな二次代謝産物が生成されています。最近の研究では、腸内乳酸菌L. plantarumの酵素の触媒作用により、食品中の脂肪酸がヒドロキシ脂肪酸、オキソ脂肪酸、エノン脂肪酸、飽和脂肪酸などの誘導体に変換され、これらの代謝中間体が代謝改善作用など、宿主の健康に対して良い効果をもたらすことがわかってきました。しかしながら、これらの脂肪酸代謝産物が免疫応答に与える影響については未解明のままでした。
本研究グループは、食品成分や腸内細菌代謝産物などが免疫応答調節に与える影響について研究を進めてきました。2024年1月には、食物繊維から生成される短鎖脂肪酸がマスト細胞を介してアレルギー疾患を抑制することを明らかにしました(※1)。そして今回、個体・細胞・遺伝子レベルの解析を駆使して、腸内細菌のはたらきによって代謝された油成分が、免疫応答にどのような影響を与えるのかを解明することを目的とし、研究に取り組みました。
※1:東京理科大学 2024年2月1日プレスリリース
研究結果の詳細
腸内乳酸菌L. plantarum由来の転換酵素を用いて、多価不飽和脂肪酸(*6)からヒドロキシ脂肪酸、オキソ脂肪酸、エノン脂肪酸を調製し(岸野准教授、小川教授が合成)、それぞれの脂肪酸が免疫反応に影響を及ぼすのかについて検討を行いました。
マウス脾臓より調製した免疫細胞を用いて調べたところ、ヒドロキシ脂肪酸類には免疫活性への影響が見られませんでしたが、エノン脂肪酸(KetoC, αKetoC, γKetoC)処理では抗原刺激誘導性のサイトカイン分泌が著しく減少することがわかりました。また、これらの代謝の出発物質であるリノール酸、α-リノレン酸、γ-リノレン酸ではサイトカイン分泌が抑制されなかったことから、脂肪酸が代謝変換によって新たな機能を獲得したことが示唆されました。さらに、単離した各種免疫細胞を用いて解析を進めた結果、エノン脂肪酸は、LPS(リポポリサッカロイド)などのさまざまな菌体成分によって引き起こされる炎症反応、特に樹状細胞からの炎症性サイトカイン分泌を強く抑制することが判明しました。
続いて、最も強い活性を示したγKetoCを用い、抗炎症効果が発揮されるメカニズムを調べました。まず、長鎖脂肪酸の受容体として知られるGPCRの関与を検証するため、Gq型GPCRのアゴニストであるGW9508で樹状細胞を処理したところ、用量依存的に炎症性サイトカインの産生が抑制されることがわかりました。樹状細胞にはGW9508反応性のGPCRのうちGPR120が発現していることから、γKetoCはGPR120を介してLPS誘導性の樹状細胞の活性化を抑制することが予想されました。そこで、樹状細胞をγKetoCで処理する際にGqタンパク質αサブユニットの阻害剤を添加したところ、γKetoCの抗炎症効果は一部のサイトカイン(TNF-α)で低減したことから、Gq型GPCRが部分的に関与するものの、他の作用点の存在も示唆される結果となりました。
次に、樹状細胞においてγKetoCがNRF2の活性化を介して抗酸化作用を誘導するかどうかを確認する実験を行ったところ、γKetoC処理された樹状細胞ではNRF2タンパク質レベルや、NRF2ターゲット遺伝子のmRNAレベルが増加することが確認されました。そこで、NRF2がγKetoCの効果に関わる可能性を解析するために、NRF2欠損マウス(山本教授が樹立)を利用した解析を行いました。その結果、NRF2欠損マウスの樹状細胞ではLPS誘導性の炎症性サイトカイン分泌のうち、IL-6とIL-12p40産生に対するγKetoCの抑制効果が弱まることがわかりました。これらの結果は、γKetoCがNRF2経路を刺激することによってLPS誘導性IL-6とIL-12p40の産生を負に調節することを示唆しています。
デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘導性大腸炎モデルマウスを用いて、生体の炎症反応に対するγKetoCの保護効果を検証しました。野生型マウスにγKetoCを経口投与すると、疾患活動指数(DAI)スコアの上昇が抑制され、線維化による大腸の萎縮も有意に減少することがわかりました。さらに、γKetoCの投与期間を延長すると、体重減少も有意に緩和され、大腸組織の損傷や炎症性細胞の浸潤が減少し、血清中のTNF-α、IL-6、IL-12p40の濃度上昇が抑制される傾向も確認されました。一方、NRF2欠損マウスではγKetoCを投与しても病態は改善されませんでした。以上の結果から、γKetoCの経口投与によりNRF2経路を介して腸炎が緩和されることが示唆されました。
今回の一連の実験から、腸内乳酸菌のγリノレン酸代謝によって産生されるγKetoCが腸管内で新たな化合物に変換され、それが抗炎症効果を発揮することが示唆されました。γリノレン酸は自己免疫疾患やアレルギーに対して有効性を示すことが報告されていますが、今回の結果は、γリノレン酸そのものではなく、その代謝産物であるγKetoCが鍵を握っている可能性をも提示するものです。今後の研究の進展により、より効果的な有効成分の摂取法が明らかになると期待されます。
本研究の成果について、西山教授は「腸内細菌が私たちの健康に有用な物質を産生していることが広く認知されればと思います。また、毎日の食事が免疫細胞のはたらきを左右するほどの影響があることを、個体、細胞、遺伝子レベルで詳しく解析して、証明し、今後、免疫関連疾患の予防や緩和に有効な成分の特定、そのような変換能力のある腸内細菌の開発に寄与していきたいと考えています」と、コメントしています。
用語説明
*1 樹状細胞
骨髄細胞由来の白血球であり、樹状突起を持つ。外部からの異物を認識して取り込んだ後、T細胞などのリンパ球に情報伝達を行う。細胞間での情報伝達の際に、サイトカインというタンパク質を産出する。
*2 γKetoC
10-オキソ-cis-6,trans-11-オクタデカジエン酸。γ-リノレン酸から細菌の代謝によって得られるエノン脂肪酸の1種。
*3 Gタンパク質共役型受容体(GPCR)
細胞膜上に存在するタンパク質で、外部からの刺激(神経伝達物質、ホルモンなど)を感知して、細胞内での特定のシグナル伝達経路を開始する。医薬品のターゲットとしても非常に重要であり、多くの薬剤がGPCRに対する作用を介して機能する。
*4 NRF2
生体内の防御遺伝子の発現を誘導するマスター転写因子。酸化ストレスにより活性化する。ストレスセンサーであるKeap1タンパク質によって活性が調節されている。
*5 サイトカイン
細胞間の情報伝達の際に分泌されるタンパク質。インターロイキンやケモカインなどの種類がある。炎症性サイトカインは、防御反応を引き起こす細胞にはたらきかけることで炎症反応を制御する。
*6 多価不飽和脂肪酸
2つ以上の二重結合を持つ不飽和脂肪酸。α-リノレン酸、DHA(ドコサヘキサエン酸)、IPA(イコサペンタエン酸)など、身体に有用なはたらきをすることで知られる物質が多く含まれる。
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