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「腸内細菌の飛び道具が大腸がんの原因に」-No.297




腸内細菌の飛び道具が大腸がんの原因に

-腸内細菌が産生する膜小胞が引き起こす大腸がん発生メカニズムの解明-




発表のポイント


1.口腔内細菌の一種であるアクチノマイセス・オドントリティカス(A. odontolyticus)が

 大腸がんの初期段階の発癌過程に関与することを見出しました。


2.A. odontolyticus が菌体外に放出する細胞外小胞が、大腸上皮細胞での炎症や DNA 損

 傷を惹起し、発癌に関わることを証明しました。


3.今後これらの結果を踏まえた新たな大腸がん予防策開発への貢献が期待されます。



腸内細菌による大腸がんの新たな発生機序を解明!





概要


 東京大学医学部附属病院光学医療診療部の宮川佑特任臨床医、同院消化器内科の大塚基之講師(研究当時、現 岡山大学学術研究院医歯薬学域 教授)、藤城光弘教授らの研究グループは、口腔内細菌の一種であるアクチノマイセス・オドントリティカス(A. odontolyticus、注 1)が大腸がんの発癌初期の過程に密接に関与することを明らかにしました。


これまでの腸内細菌のゲノム解析の結果から、A. odontolyticus が大腸がんの発癌早期の患者の便中に多く見られることが知られていましたが、この細菌の大腸がん発症への関与について(がんの原因なのか結果なのか)は不明でした。


今回の研究で、A. odontolyticus が産生する細胞外小胞(注 2)である膜小胞(Membrane vesicles:MVs)が、腸管上皮細胞の炎症を惹起すること、また腸管上皮細胞内の活性酸素種(注 3)を増加させ DNA 損傷をもたらすことで、発癌を惹起する可能性が示されました。


そのメカニズムとして、A. odontolyticus 由来の MVs がToll 様受容体 2(TLR2、注 4)を介して大腸上皮に炎症性シグナルを誘導するとともに、MVsが腸管上皮細胞内に取り込まれてミトコンドリアの機能障害を引き起こすことで活性酸素種の過剰な産生をもたらし、その結果大腸上皮細胞の DNA 損傷を惹起して、発癌に関与していることを同定しました(図 1)。


図 1:本研究の概要




研究の背景


 大腸がんは世界で 3 番目に多い癌で年間約 190 万人が新たに罹患しています。近年、腸内細菌が大腸がんの進展に大きく関与していることが知られてきています。人の腸内には約 30~100 兆個の腸内細菌が存在し、大腸の腸管上皮細胞(大腸上皮細胞)と相互に作用しあっています。中でもフソバクテリウム・ヌクレアタム(F. nucleatum、注 5)という口腔内細菌が大腸がんの進展に関与することはこれまでも数多く報告されています。


そうした中、2019 年に同じく口腔内細菌である A. odontolyticus が大腸がんの発癌初期段階の患者の便に特徴的に多く存在することが報告されました。しかし、発癌との因果関係は不明でした。




研究内容


 研究グループは、A. odontolyticus が大腸がんの発症に直接的に関与するという仮説を立て、まず腸管上皮細胞に与える影響を調べるために A. odontolyticus と不死化ヒト大腸上皮細胞(注 6)との共培養実験を行ったところ、F. nucleatum と同様に NF-κB シグナル(注 7)を亢進し大腸上皮細胞で炎症を惹起することがわかりました。しかし、F. nucleatum の病原性において重要とされる腸管上皮細胞との接着性を評価したところ、F. nucleatum とは異なり A. odontolyticus の大腸上皮細胞への接着性は低く、A. odontolyticus が大腸上皮細胞に影響を及ぼす際には F. nucleatum とは異なるメカニズムが存在すると考えて、さらに検討を進めました。


近年、細胞が放出する細胞外小胞が細胞間の情報伝達や疾患に関与することが知られてきていますが、腸内細菌も「膜小胞(MVs)」と呼ばれる細胞外小胞を産生することが報告されてきました。研究グループは、A. odontolyticus が菌体外に放出する MVs が病原因子となるのではないかと考え、この細菌の MVs を抽出し、細胞のノックアウト(注 8)実験から、MVsが Toll 様受容体 2(TLR2)に作用し炎症性シグナルを亢進させることを示しました(図 2)。


図 2:A. odontolyticus が産生する MVs は、TLR2 依存的に炎症性シグナルを活性化する

A.odontolyticus が産生する MVs を細胞に添加すると、炎症性シグナルである NF-κB シグナルが活性化し炎症性シグナルである炎症性サイトカイン (IL-8) の発現が亢進した。TLR2 ノックアウトによって TLR2 の発現を抑えると IL-8 の増加が抑制されたことから、MVs が大腸上皮細胞に炎症を起こす作用は TLR2 依存的であることが分かった。



 さらに、A.odontolyticus 由来の MVs は大腸上皮細胞に炎症を惹起するだけでなく、腸管上皮細胞内で活性酸素種の産生亢進を介して DNA 損傷を引き起こすことを見出しました。培養細胞株だけでなく、ヒト iPS 細胞由来のミニ腸(注 9)においても腸管上皮細胞に DNA 損傷が惹起されました。さらに、A.odontolyticus 由来の MVs をマウスの大腸に経肛門的に注入し続けると、腸管上皮細胞に DNA 損傷が惹起されるとともに大腸に異形成(注 10)が発生しました(図 3)。


図 3:A. odontolyticus 由来の MVs は、大腸上皮細胞の DNA 損傷を惹起し腸管上皮の

   異形成をもたらす

(左) A. odontolyticus 由来の MVs を添加したミニ腸では、細胞の核(DAPI で染色:青色)の内部に、損傷した DNA(γH2AX で染色:赤色)が観察された。

(右) A. odontolyticus 由来の MVs を投与したマウスの大腸上皮には、前がん病変の初期段階とされる異形成が形成された。



 また、DNA 損傷につながる活性酸素種の増加には、A. odontolyticus 由来の MVsの大腸上皮細胞内への取り込み(エンドサイトーシス、注 11)が必須であることを同定しました。エンドサイトーシスによって腸管上皮細胞内に取り込まれた MVs は細胞内のミトコンドリアに局在し、ミトコンドリアの機能障害を引き起こすことによってミトコンドリアでの活性酸素種の過剰な産生をもたらす分子機構が示されました(図 4)。


図 4:A. odontolyticus 由来の MVs は腸管上皮細胞内のミトコンドリアに局在し活性酸素

   種を産生させる

(左)ヒト不死化大腸上皮細胞に A. odontolyticus 由来の MVs を投与すると、細胞の核(Hoechst:青色)の外に、ミトコンドリア由来の活性酸素種(MitoSOX:赤色)が過剰に産生された。

(右)ヒト不死化大腸上皮細胞内に取り込まれた MVs(緑色)はミトコンドリア(赤色)と共局在することが示された。



 これらの結果から、A.odontolyticus が関与する大腸がん発症メカニズムの一端が明らかになりました。




社会的意義


 これらの研究結果は、慢性炎症と DNA 損傷惹起を介した、A. odontolyticus が放出する MVsと大腸がん発症初期段階との関連性を明らかにするものです。これらの経路の理解は、大腸がん発症に対する介入や予防戦略の開発に新たな道を開く可能性があります。

また、大腸がんにおける腸内細菌の役割に関する研究の発展や、新規治療法や診断法の開発の基盤になる可能性があります。




用語解説


(注 1) アクチノマイセス・オドントリティカス(A. odontolyticus)

口腔内の常在菌の一種で歯周病との関連があるとされる菌。大腸癌の初期段階の患者の腸内に多く存在することが 2019 年に報告された。


(注 2) 細胞外小胞

細胞が放出する、脂質に覆われた径 100 nm 前後の粒子。この小胞には多彩な生理活性物質が含まれており、他の細胞との情報伝達の役割を担っていると考えられている。細菌も同様の構造物である膜小胞(Membrane vesicles: MVs)という独自の細胞外小胞を産生するが、その産生機構や生理活性についてはわかっていないことが多い。


(注 3) 活性酸素種

酸素を用いてエネルギーにする際の副産物として産生される、反応性の高い分子群。過剰に産生されると酸化ストレスにより DNA 損傷の原因の一つになる。


(注 4) Toll 様受容体 2(TLR2)

ヒトの細胞に発現し微生物などの病原体のセンサーとして働く Toll 様受容体の一つで、これまでに 10 種類が同定されている。TLR2 は主に細菌の細胞壁の成分を認識し、免疫反応を起こす下流シグナルへ伝達する。


(注 5) フソバクテリウム・ヌクレアタム(F. nucleatum)

口 腔内 の常在 菌 の一種で 、歯周病の 原因菌の 一 つ。近年、 大腸がんと の関連が 多 数報告されている。


(注 6) 不死化ヒト大腸上皮細胞

研究用途のために、がん化していない正常なヒト大腸上皮細胞を、細胞分裂を制限する能力を失わせることで不死化させた細胞。


(注 7) NF-κB シグナル

炎症応答を制御する重要なシグナルの一つで、特定の刺激に応答して炎症性サイトカインの発現を調節する。慢性炎症に関与し腫瘍の形成や進行に関わる。


(注 8) ノックアウト

特定の遺伝子の発現を抑制する技術。


(注 9) ヒト iPS 細胞由来のミニ腸

2017 年に開発された、ヒトの iPS 細胞から創られた腸の立体臓器モデル。本研究で用いたミニ腸は腸上皮が外側に配向しているのが特徴。


(注 10) 異形成

前がん病変の初期段階とされる、形態が正常から異なった状態。


(注 11) エンドサイトーシス

細胞が細胞外の物質を包み込んで取り込む機構の一つ。



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