腸内細菌叢とそこから産生される短鎖脂肪酸の
慢性閉塞性肺疾患(COPD) への関与の解明に成功
-食物繊維に着目した新規治療戦略開発への期待-
慢性閉塞性肺疾患 (COPD)は、世界の死因の第 3 位を占める重要な呼吸器疾患です。
この病気は主に喫煙により起こる肺の慢性炎症が原因であり、肺気腫という特徴的な病理学的所見を呈します。近年腸内細菌叢を介した腸管と肺疾患の関連、特に腸内細菌によって産生される短鎖脂肪酸の関連が報告されています。しかし腸内細菌叢および腸内細菌によって産生される短鎖脂肪酸が実際に COPD の病態に関与しているのかは明らかにされていませんでした。
慶應義塾大学医学部内科学教室(呼吸器)の大竹史朗大学院生、中鉢正太郎専任講師、福永興壱教授、および東京農工大学の宮本潤基准教授らの研究グループは、喫煙者および非喫煙者の採血検体を用いて、喫煙者では血液中の短鎖脂肪酸濃度が減少しており、同濃度が肺機能と相関していることを明らかにしました。続いてCOPDマウスモデルを用いた実験から、喫煙に曝露することで腸内細菌叢が変化し腸内細菌によって産生される短鎖脂肪酸も減少していることを明らかにしました。加えて COPD マウスモデルに対して食物繊維を補うことで体内の短鎖脂肪酸が増加し、気道炎症および肺気腫が抑制されることを明らかにしました。反対に抗菌薬を投与し腸内細菌を駆逐することで短鎖脂肪酸は著明に減少し、気道炎症および肺気腫が増悪することを明らかにしました。
これらにより腸内細菌が短鎖脂肪酸の産生を介して COPD の病態に密接に関与していることを明らかにしました。
本研究結果により、食物繊維を適切に補うことが、COPD の新規治療戦略につながることが期待されます。
研究の背景と概要
慢性閉塞性肺疾患 (COPD)はタバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入曝露することで生じる肺の炎症性疾患であり、症状としては慢性的な咳・息切れを特徴とし、病理学的には肺胞腔の不可逆的な拡大である気腫化が見られます。また、この疾患は現在国内外における主要な死亡原因の一つです。
本研究グループは長期の喫煙暴露や蛋白分解酵素の肺胞への直接投与によって症状を誘導する COPD モデルマウスを用いた基礎研究・ヒト臨床研究を精力的に行い(Otake, Respiration. 2022)、ヒト COPD 患者は最大限の薬物治療にも関わらず病勢が進行する症例が多いこと (Tsutsumi, Sci Rep. 2020)を明らかにしています。つまり、COPD の根治には既存の治療薬では不十分であり、新規治療方法が必要であることが示唆されました。
近年の腸内細菌に関する研究の発展に伴い、様々な全身疾患の病態と腸内細菌の関連が明らかにされてきています。種々の肺疾患においても腸内細菌の病態への関与の報告が複数あり、世界中で“Gut-Lung Axis”(注1)という概念に基づく研究が進められています(Chunxi,J Immunol Res. 2020)。COPD 患者においても、糞便中の腸内細菌叢や腸内細菌代謝産物に変化が生じていること(Bowerman, Nat Commun. 2020)が報告されており、COPD と腸内細菌叢には関連があることが推察されますが、両者の関与の詳細な機序は明らかにされていません。近年全身の炎症性疾患の病態と腸内細菌叢を結びつける因子として、腸内細菌代謝産物、特に短鎖脂肪酸の重要性が数多く報告されています。短鎖脂肪酸は炭素数が 2-6 個の脂肪酸の総称であり、腸内細菌叢が食物繊維を代謝することにより体内で発生し、エネルギー代謝調節や免疫応答といった宿主の恒常性維持に関与しています(Jin, Adv Immunol.2014)。共同研究グループである東京農工大大学院農学研究院の宮本准教授は、腸内細菌叢及び短鎖脂肪酸がエネルギー代謝に関わるホルモン分泌調節を介しメタボリックシンドロームの発症に関与することを明らかにしました(Kimura and Miyamoto, Science. 2020)。さらに肺疾患においても、腸内細菌代謝産物の病態への関与が近年検討され始めており、研究グループは、腸内細菌代謝産物が気管支喘息の病態に関与していること(Mochimaru, Allergy.2018)や、短鎖脂肪酸の産生量を変えうる食事が気道炎症の表現型に大きな影響を与えることを気管支喘息モデルマウスで明らかにしました。
これらの背景から、腸内細菌叢及び短鎖脂肪酸が COPD の発症及び進行を予防する新規治療の標的因子になりうるのではないかという発想に至り、検討を行いました。
研究の成果と意義・今後の展開
喫煙者と非喫煙者の血液中短鎖脂肪酸濃度の解析を行い、喫煙者の血中短鎖脂肪酸濃度が非喫煙者より低値であることを明らかにしました(図1)。図 1 には示しておりませんが、短鎖脂肪酸の 1 種であるプロピオン酸濃度は、肺機能検査における 1 秒率と正の相関を示しました。1 秒率は COPD の重症度を示すパラメーターなので、短鎖脂肪酸は COPD の病態に関連していることが示唆されました。

【図 1】喫煙者・非喫煙者の血液中短鎖脂肪酸
喫煙者 6 名および非喫煙者 6 名の血液中の各種短鎖脂肪酸濃度を比較したところ、喫煙者において総短鎖脂肪酸、酢酸、プロピオン酸の濃度が低値となっていた。
また研究グループは以前より喫煙誘導 COPD モデルマウスを用いた病態解析を行ってきました (Sasaki, Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol. 2015)。本モデルマウスにおいて、3 カ月間の喫煙曝露により、糞便中の短鎖脂肪酸が減少していることと、腸内細菌叢が変化していること、特に短鎖脂肪酸産生菌種の減少が明らかになりました(図 2)。一方で直接肺胞に蛋白分解酵素を投与し肺気腫を形成させるモデルである、エラスターゼ誘導 COPD モデルマウスでは糞便中の短鎖脂肪酸に変化は認めませんでした。以上の結果より喫煙暴露により腸内細菌叢が変化し、代謝産物である短鎖脂肪酸が減少している事象を明らかにしました。

【図 2】喫煙誘導 COPD モデルマウスの腸内細菌
3 か月間の喫煙曝露によってマウスにおいても COPD を発症することがわかっている。3 か月間の喫煙曝露後に採取した糞便の腸内細菌叢を解析すると、対照群と比較し有意に変化していた。
続いて喫煙誘導 COPD モデルマウスに短鎖脂肪酸の供給源となる食物繊維量を調整した食事を与える介入試験を行いました。高繊維食群では糞便中の短鎖脂肪酸が増加し、気管支肺胞洗浄液における炎症細胞が減少しており、肺内の炎症性サイトカイン・ケモカインの産生が減少していました。さらに肺胞破壊が抑制されている傾向を確認しました(図 3)。

【図 3】喫煙誘導 COPD モデルマウスに高繊維食・低繊維食を負荷した検討
3 か月間の喫煙曝露に伴って食物繊維の量を調整した食餌介入を行った。高繊維食を投与した群においては、糞便中の総短鎖脂肪酸・酢酸・プロピオン酸が有意に増加していた。肺内の炎症性サイトカイン・ケモカインは軒並み抑制傾向を示した。更に COPD の主病態である肺胞破壊についても高繊維食群において抑制されていた。食物繊維から生成される短鎖脂肪酸が肺内の炎症を制御し、肺胞の破壊を抑制したと考えられる。
続いて短鎖脂肪酸産生に寄与する腸内細菌の影響を評価するために、抗菌薬を投与する介入試験を行いました。図には示しておりませんが菌薬により腸内細菌叢は排除され短鎖脂肪酸は著明に減少し、喫煙曝露に伴う炎症性サイトカイン・ケモカインの産生が増加、肺胞破壊の増悪を認めました(図 4)。

【図 4】喫煙誘導 COPD モデルマウスに抗菌薬を負荷した検討
3 か月間の喫煙曝露に伴って 4 種の抗菌薬(AMPC,VCM,MNZ,NEO)を溶解し飲水と共に投与した。高繊維食を投与した群においては、糞便中の総短鎖脂肪酸・酢酸・プロピオン酸・酪酸が有意に減少していた。肺内の炎症性サイトカイン・ケモカインは軒並み増悪傾向を示した。更に COPD の主病態である肺胞破壊についても抗菌薬群において増悪していた。先述の高繊維食でもたらされた抗炎症・肺胞破壊抑制効果が抗菌薬投与を介して拮抗される結果となった。
以上の一連の検討により喫煙曝露→腸内細菌叢の変化→短鎖脂肪酸の減少→肺胞破壊という病態関連を明らかにしました(図 5)。この結果を通して食事介入や、腸内細菌叢・短鎖脂肪酸を標的とした薬剤による治療介入という全く新しい COPD 治療の開発につながることが期待できます。

【図 5】腸内細菌叢・短鎖脂肪酸と COPD の関連
喫煙に曝露することで腸内細菌叢に変化が生じ、短鎖脂肪酸産生菌が減少する。短鎖脂肪酸によってもたらされる抗炎症・気腫抑制効果が減じることで肺胞破壊が進行する。
用語解説
(注 1)Gut-Lung Axis:
腸(消化器系)と肺(呼吸器系)の間に存在する相互作用やクロストークを指します。近年の研究により、腸内細菌叢が肺の健康や病気に重要な影響を与えることが明らかになり、逆に肺の状態が腸の健康にも影響を及ぼす可能性が示唆されています。
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