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「膵がんへホウ素を使った新たな治療法開発」-No.387




難治性の“がん”は甘いものがお好き!

~膵がんへホウ素を使った新たな治療法開発!~




発表のポイント


1.岡山大学中性子医療研究センターは、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT(1))の研究する

 全学センターです。


2.予後不良の膵がんに対し、甘い砂糖にホウ素(2)を付けた薬に効果があることを証明しまし

 た。


3.がんには色々な好みがあり、遺伝子を調べてから好みに合わせたホウ素薬剤を作る手法が

 大事であることを示しました。

 


 岡山大学中性子医療研究センターの道上宏之副センター長・准教授、岡山大学病院低侵襲治療センターの寺石文則講師(消化管外科)、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・消化器外科学の藤本卓也医員(博士課程大学院生)は、京都大学複合原子力科学研究所の鈴木実教授、近藤夏子助教、近畿大学理工学部応用化学科の北松瑞生准教授、富山大学学術研究部都市デザイン学系の高口豊教授との共同研究で、難治性の膵がんを狙い撃ちするホウ素の薬剤を開発しました。


 ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)と呼ばれるがん治療法は、がんに集まりやすいホウ素薬剤を投与して、がんに薬が集まったタイミングで、がんの部位に中性子(3)の照射を行い、ホウ素と中性子の反応でがんをやっつける治療法です。

治療成功の鍵は、“がん”にたくさん食べてもらえるようにホウ素に味付けをすることです。しかし、がんの好みはさまざまで、全てのがんに食べてもらえる味付けをすることは難しいです。そこで今回、がんの好みを知るために、がんの遺伝子を詳しく調査して、難治性の膵がんが、甘い糖を付けたホウ素薬剤を好んで食べることを発見しました。BNCT はアメリカ生まれ、日本育ちのがん治療法ですが、これらの研究結果を積み重ねることにより、膵がんで苦しむ多くの人を救うホウ素薬剤の可能性を示しただけでなく、がんの好みを調べて、ホウ素薬剤を創るという新たな薬を作る手順を示しました。




研究者からのひとこと


 岡山大学病院の膵がん治療の専門家にしつこいぐらい繰り返し質問に行って、臨床の現場で何が問題であるか、困っている点を教えてもらいました。実験のために何度も岡山から関西空港の近くにある京都大学複合原子力科学研究所の原子炉に行き、泊まり込みの実験を行いました。自分たちが信じる結果を世界中の人に示すことができて、嬉しいです!

(道上准教授)




現 状


 ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は、がん高集積性のホウ素薬剤を投与し(化学療法)、がん部位に中性子照射(放射線療法)を行い、ホウ素と中性子の起こす反応でがんを治療する化学放射線療法です。BNCTの治療成功の鍵は、いかにしてがんに集まるホウ素薬剤を使用するかに依存しており、2020年より薬事承認されているアミノ酸ホウ素製剤 p-borono-Lphenylalanine(BPA)が、頭頚部がんや悪性脳腫瘍、皮膚悪性腫瘍で素晴らしい成果を示している一方で、BPA の取り込みが低いがんもあり、さまざまながんへ対応するためにホウ素薬剤のラインナップ拡充が強く望まれています。





研究成果の内容


 我々のチームでは、がんの遺伝子検索を積み重ね、現在臨床認可されているアミノ酸ホウ素薬剤 BPA の取り込み対象となるLAT-1の発現をがん横断的に調べると、がんの種類によってその発現が非常に異なっている結果を得ました(図:結果 1)。




現在、BNCT が成功している頭頚部がん、悪性脳腫瘍、皮膚悪性腫瘍では LAT-1 の発現が高い一方、膵がんをはじめとするがんでは LAT-1の発現が低く、低いがんではBPA以外の薬剤の利用が良いと思われます。特に腫瘍マーカーCA19-9が高値を示す難治性の膵がんにおいて、糖の取り込み標的であるグルコース輸送体(GLUT1, GLUT3)が高い発現を示し、逆にBPA取り込み標的となるアミノ酸輸送体(LAT-1)が低いという、逆相関の遺伝子解析の結果を発見しました(図:結果2)。




これは薬剤投与の観点から言うと、現在ホウ素薬剤の先頭を走るBPAは、この難治性の膵がんでの適応は難しく、糖(グルコース)を使った新たなホウ素薬を創ることでこの弱点を補強できると考えました。その結果を学術研究院環境生命自然科学学域(工)環の田嶋智之准教授、高口豊研究教授(研究当時、現・富山大学)へ持参し、グルコース結合のホウ素薬剤(Glucose-BSH)の合成に着手し、創薬に成功しました。グルコースホウ素薬剤は、CA19-9高値の膵がんでの高い取り込みを示しました。一方でCA19-9正常値となる膵がんでは、取り込みが低いことを示し、標的とするがんでのみ高い取り込みを示すことを数種類の膵がん細胞を使用して確認しました(図:結果3)。




また、ホウ素薬剤のみでは、毒性がないことを確認しました。細胞及びがんモデルマウスを共同研究先の京都大学複合原子力科学研究所へ運び、同大の鈴木実教授達と中性子照射を行い、ホウ素薬剤取り込み量に応じた、がんへの治療効果を確認しました。更に、今後の臨床応用を考え、人でのグルコース結合ホウ素薬剤を使ったBNCTの治療シミュレーションを行い、この研究成果を発展させれば治療可能であることを示しました。




社会的な意義


 BNCTは日本が世界のトップを走るがん治療法であり、2020年に切除不能な局所進行または局所再発の頭頸部がんへ医療承認され、現在、さらに悪性脳腫瘍や皮膚悪性腫瘍などの適応拡大に向けての治験が進んでいます。放射線治療の一つに位置付けられますが、中性子単独の照射では治療効果が無く、ホウ素薬剤をがん組織に取り込ませたタイミングで中性子照射をして治療効果を得ています。がん高集積性のホウ素薬剤を使用することで、正常組織へのダメージが極力小さい状態で、がん組織へ大きなダメージを与えることができます。そのため、既に他の放射線治療が終了している場合であっても、同じ治療部位に BNCT を行うことが可能です。




 脳腫瘍や皮膚がんへの適応拡大が進んでいますが、適応拡大の条件としてホウ素薬剤の取り込みが高い必要があります。現在使用可能なホウ素薬剤としてアミノ酸ホウ素薬剤の BPA がありますが、BPAの取り込みの低いがん腫に対しては治療適応が困難でした。そのため、今回のようなホウ素薬剤のラインナップ拡大により、がんに合わせた治療薬を選択することで、より効果的な BNCT をさまざまながんに対して応用することが可能になります。




 バラク・オバマ米国元大統領が提唱したプレシジョン医療(4)は、がん患者の遺伝子異常を調べ、その遺伝子に合わせた治療を行う新しい医療として現在も発展を続けています。我々は、がん患者の遺伝子異常に合わせたホウ素薬剤を創薬し、それぞれの患者に合わせた BNCT を行うプレシジョン BNCT をこの論文の中で提唱しました。BNCT が良いかどうか、効果が有るかどうかは、それぞれのがんに合ったホウ素薬剤を使用して治療を行うことが重要であるということを証明した、世界初の論文です。




用語説明


(1)BNCT(Boron Neutron Capture Therapy)

ホウ素中性子捕捉療法の略。加速器中性子源や原子炉などよりの中性子と、中性子との反応核断面積が大きい原子(ホウ素など)との核反応にて発生する粒子にて、がん細胞選択的に抗腫瘍効果を誘導する原理に基づくがん治療法である。細胞レベルのがん治療法と言われ、ホウ素薬剤が導入された細胞のみを殺傷可能である。


(2)ホウ素(Boron)

元素記号 B で表され、 原子番号 は 5、 原子量 は約 10. 81。ガラスはホウ素の主要な用途の一つであり、その他、目の洗浄に用いるホウ酸水やホウ酸団子として害虫駆除剤としても古くより使用されてきた。BNCT(中性子捕捉療法)では自然界に約 19.9%程度存在するホウ素安定同位体 10B が用いられる。


(3)中性子(Neutron)

陽子と共に原子核を構成する電気的に中性な粒子。BNCT においては開始当初より原子炉を用いた熱中性子及び熱外中性子の照射を行っていた。近年、加速器中性子源の装置を用いた中性子照射が可能となり、病院に設置可能な中性子発生装置の開発が進んでいる。2020 年医療認可を受けた加速器中性子源を始め、さまざまな箇所での装置開発が進んでいる。


(4)プレシジョン医療

2015 年、当時のバラク・オバマ米国大統領が、一般教書演説のなかで、血液型を合わせて安全な輸血を行うように、がん患者の遺伝子異常を調べ、それに対する治療薬を提供する「プレシジョン医療」計画を示した。これにより、がんの遺伝子解析は、診断から治療に至るすべてで有用であることを示した指針。


(図表中)α崩壊

不安定な原子核が放射線としてアルファ線(α線)を放出する放射性崩壊の一種である。ホウ素(10B)は中性子と衝突し、不安定なホウ素(11B)になり、直ぐに安定な 4Heと7Li が生成される。ある原子核がアルファ粒子(陽子 2 つと中性子 2 つのヘリウム 4 の原子核)を放出することをα崩壊と呼ぶ。


(図表中)BSH

1968 年に初めて使われたホウ素薬剤(化学名:メルカプトウンデカハイドロドデカボレート)。一つの分子に 12 個のホウ素原子が含まれ、これらが結晶状の「鳥かご」と呼ばれる 20 面体構造をつくっている。第一世代ホウ素薬剤と呼ばれているが、腫瘍特異性が無いため、現在はほとんど使用されていない。


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