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「自己免疫疾患の発症メカニズムの一端を解明」-No.308




自己免疫疾患の発症メカニズムの一端を解明

―自己免疫疾患の新規治療ターゲットへ―




概要


 京都大学大学院医学研究科 伏屋康寛 特定助教、門場啓一郎 大学院生、岩井一宏 教授、森信暁雄 教授らの研究グループは、理化学研究所 寺尾知可史 チームリーダーの研究グループらと共に、直鎖状ユビキチン鎖(直鎖)を生成することで免疫細胞の活性化に重要な役割を果たす複合体ユビキチンリガーゼLUBAC1)が、全身性エリテマトーデス(SLE) 2)とシェーグレン症候群(SS)3)の発症に関わることを明らかにしました。


 LUBACが特異的に生成する直鎖状ユビキチン鎖は免疫応答に中核的に機能するシグナル伝達系です。我々はLUBACのサブユニットであるHOIL-1Lの酵素活性を阻害することでLUBACの機能が亢進することを発見していました。


本研究では、マウスにおいてHOIL-1L酵素欠損が直鎖状ユビキチン鎖の生成亢進を介してSLE及びSS様症状を発症すること、さらにヒトにおいてLUBAC活性を亢進させるHOIL-1L遺伝子の1塩基変異(SNV) 4)が SLE 患者群に有意に集積するSLEの疾患感受性遺伝子であることを同定しました。


本成果は直鎖状ユビキチン鎖の生成亢進による炎症シグナルの活性化がSLEの発症に繋がる可能性を示す結果であり、今後LUBACを標的としたSLE治療薬の開発を期待します。


LUBACユビキチンリガーゼ複合体は直鎖状ユビキチン鎖を生成することで免疫細胞の活性化に重要なNF-κB 5)の活性化を引き起こします。HOIL-1Lの酵素活性が低下した場合、LUBACによるNF-κB活性化が過剰に亢進することで、Bリンパ球・Tリンパ球・マクロファージを始めとする各種免疫細胞が異常に活性化することがSLEの発症につながることを見出しました。




背景


 全身性エリテマトーデス(SLE)とシェーグレン症候群(SS)は圧倒的に女性に多い代表的な自己免疫疾患であり、免疫細胞の過剰活性化による自己の構成成分に対する免疫応答を特徴とする疾患ですが、両疾患とも病因は未解明です。


我々はこれまでにLUBACユビキチンリガーゼ複合体とLUBACが特異的に生成する直鎖状ユビキチン鎖を発見し、同ユビキチン鎖が免疫細胞の活性化に中核的な役割を果たすNF-κBの活性化を惹起することを明らかにしていました。

さらに近年、我々はLUBACのサブユニットの1つであるHOIL-1Lの酵素活性を阻害することでLUBACによる直鎖状ユビキチン鎖生成が顕著に亢進し、免疫細胞が活性化されることを見出しました。


免疫細胞の活性化は自己免疫疾患の発症に寄与するので、LUBACの機能亢進と自己免疫疾患との関連を解析すべく本研究に着手しました。




研究手法・成果


 まず、HOIL-1Lの酵素活性欠失によってLUBACの機能が亢進したマウスを詳細に観察したところ、メス優位に角膜傷害を呈することを見つけました。さらに検索を進めた結果、免疫細胞の異常集族を伴う涙腺傷害、特徴的な自己抗体が検出され、シェーグレン症候群と診断できる所見を得ました。ヒトではシェーグレン症候群はSLEに併発することも多いのですが、ヒトと同じくHOIL-1L活性欠失マウスでは、メス優位にSLEに特徴的な免疫複合体沈着性腎炎(ループス腎炎)や、SLEに特徴的な自己抗体も検出されました。加えて、両疾患に特徴的な免疫グロブリンの上昇、リンパ節腫脹も認められたことから、LUBACの機能亢進によって直鎖状ユビキチン鎖シグナルが増強することでマウスではSLE及びSS様の疾患が発症することが明確になりました。


我々は1アミノ酸の変異でHOIL-1Lの酵素活性が消失することがあること、酵素活性が低下するHOIL-1Lが1遺伝子座あるだけでマウスにおいて自己免疫疾患類似症状を呈することを見出していたので、ヒトでもHOIL-1Lの1アミノ酸変異がSLEやSSの発症に寄与する可能性を想定して、HOIL-1L/RBCK1遺伝子の1塩基多型/変異 (SNP/SNV)を検索しました。

その結果HOIL-1L R464H変異を惹起するSNV (rs774507518) が、HOIL-1Lの酵素活性が低下させることでLUBACの機能を亢進させることを見出しました。さらに重要なことに、HOIL-1L R464H変異を惹起するSNV (rs774507518)がSLE患者群に有意に集積することを見出し、HOIL-1L/RBCK1がSLEの新規疾患感受性遺伝子であること、LUBACの機能亢進がヒトSLEの発症に寄与することを世界で初めて示しました。




波及効果、今後の予定


 マウス及びヒトの解析を駆使した本研究によって、LUBACの機能亢進による直鎖状ユビキチン鎖生成亢進が、炎症シグナルを活性化させることで、代表的な自己免疫疾患の一つであるSLEの発症に繋がることが明らかとなりました。


 この結果はLUBACの機能を阻害することができればSLEの新規治療に繋がる可能性があると考え、現在LUBAC阻害剤の開発に向けて着手しております。 




研究者のコメント


 我々はLUBACによる直鎖状ユビキチン鎖生成を亢進させる方法を発見し、それを利用してLUBACの機能を亢進したマウスを作出して解析を進め、直鎖状ユビキチン鎖シグナルの亢進が、ヒトと同じくメス優位にシェーグレン症候群及びSLEに類似した症状を自然発症することを発見しました。さらに、1アミノ酸の変異でHOIL-1Lの酵素活性が消失することを見出していた知見をヒト遺伝学に応用し、ヒトにおいてもLUBACの機能亢進がSLEの発症に繋がることを見出しました。我々が基礎研究を通して発見した直鎖状ユビキチン鎖、LUBACが自己免疫疾患の発症に寄与することを明らかにすることができたことは医師免許を持つ我々にとっては望外な喜びです。本研究の成果はLUBAC阻害がヒトSLEの治療法に繋がる可能性を示していますので、我々の研究成果が今後SLEで苦しんでおられる患者さんに少しでも福音をもたらしてくれればと期待しております。




用語解説


1. LUBAC 

Linear Ubiquitin chain Assembly Complexの略語。直鎖状ユビキチン鎖を特異的に生成する唯一のユビキチンリガーゼ複合体。活性中心を有するHOIPとアクセサリー分子であるHOIL-1L、SHARPINからなる。直鎖状ユビキチン鎖を生成することで免疫細胞の活性化に重要な働きを持つ。

 

 2. SLE

全身性エリテマトーデス (Systemic lupus erythematosus)の略。腎臓を始め、全身に炎症性臓器障害を来たす代表的な自己免疫疾患の一つ。男女比は1:9ほどで、女性に多い疾患である。 

 

3. SS

シェーグレン症候群 (Sjögrenʼs syndrome) の略。主に涙腺と唾液腺の障害による乾燥症状を主症状とする自己免疫疾患の一つ。男女比は1:17ほどで女性に多い疾患である。 

 

4. SNV

single nucleotide variation (1塩基バリアント)の略。塩基配列中の1塩基変異のこと。特定の生物種集団について塩基配列を解析したとき、頻度にかかわらず変異が認められた場合、それを1塩基バリアントと呼ぶ。そのうち、1%以上の頻度で変異が認められた場合は、1塩基多型(SNP)とよぶ。 

 

5. NF-κB

転写因子として働くタンパク質複合体であり、免疫応答の中核として機能する。

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