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「舌の発生メカニズムを解明」-No.433





舌の発生メカニズムを解明

-口-顔-指症候群Ⅰ型における舌異常の発症メカニズムの解明を通して-




 新潟大学大学院医歯学総合研究科口腔解剖学分野の川崎真依子准教授、大峡淳教授らの研究グループは、口-顔-指症候群Ⅰ型(Oral facial digital syndrome TypeⅠ)で認められる舌の形態異常や過誤腫の発症メカニズムの検索を通して、中胚葉細胞注 1 と神経堤細胞注 2 の相互作用が、舌の発生における中胚葉細胞の正しい分化や正確な細胞遊走に必須であること、一次線毛注 3 の機能による Hh シグナルが中胚葉と神経堤細胞の相互作用に関与することを明らかにしました。




研究成果のポイント


1.中胚葉と神経堤細胞間の相互作用が、中胚葉細胞の筋細胞への分化を誘導する。

2.中胚葉と神経堤細胞間の相互作用には、Hh シグナルが関与する。

3.中胚葉と神経堤細胞間の相互作用の不具合は、中胚葉細胞を本来なるべき筋細胞ではな

 く、褐色脂肪細胞へと分化誘導する。

4.舌本体と舌小帯注 4 の形成における細胞遊走の方向が異なる。

5.口-顔-指症候群Ⅰ型においては、細胞の分化や遊走の異常が、X 染色体の不活性化によっ

 てランダムに生じるため、患者における症状の程度や部位に差が生じる。 




研究の背景


 先天異常を有する患者の 1/3 には顎顔面頭蓋領域に異常があるとされており、顎顔面頭蓋領域を形成するメカニズムは、内外の変化に脆弱と考えられているものの、その詳細は不明です。顎顔面頭蓋領域の発生メカニズムの詳細な把握が求められています。




研究の概要・成果


 口-顔-指症候群Ⅰ型は、OFD1 という遺伝子の異常で発症します。口-顔-指症候群Ⅰ型の患者には、分葉舌、舌腫瘤、舌小帯異常などの多様な舌の先天異常が認められます。OFD1 が欠損したマウスを作成したところ、ヒトの患者に認められるものと同様の形態的舌異常が観察されました。

 

 舌腫瘤は、褐色脂肪細胞の異所性の形成によるものであることがわかりました(図 1)。口-顔-指症候群Ⅰ型の患者に認められる舌腫瘤も、褐色脂肪細胞形成されていました。通常は、中胚葉細胞が神経堤細胞との相互作用の後に舌の筋を作るのに対し、神経堤細胞の OFD1 に欠損が生じると、その相互作用が正しく行われず、中胚葉細胞が褐色脂肪細胞へ分化することがわかりました。この相互作用に、Hh シグナルが関与することもわかりました(図 2)。さらに、中胚葉細胞と神経堤細胞の相互作用を、物理的に遮断した場合でも、褐色脂肪細胞の形成につながることを見出しました(図 3)。OFD1 タンパクは、一次線毛内に存在しますが、他の一次線毛内タンパク質の欠損マウスでも、異所性の褐色脂肪細胞による舌腫瘤が認められました(図4)。このことから、OFD1 の舌形成における機能は、一次線毛全体の機能の制御を通していたものであることが示されました。




 褐色脂肪細胞の存在は、他の正常な中胚葉細胞などの遊走も阻害することがわかりました。褐色脂肪細胞が舌予定領域の中央付近に存在すると、本来、後方から前方に形成されるはずの舌本体の形成が、褐色脂肪細胞の存在する部位だけ中胚葉細胞が遊走できず、分葉舌が形成されることがわかりました(図 5)。 




 舌本体は前後方向で形成されるのに対し、舌小帯は左右の外側から正中(真ん中)に向けて細胞が遊走することで形成されることを見出しました(図 6)。その正中への細胞遊走を物理的に遮断すると、正中への遊走が抑制され、舌小帯の短い舌小帯強直症が発症されることを明らかにしました(図 7)。



 OFD1 は性染色体の一つである X 染色体上にあります。口-顔-指症候群Ⅰ型は、2つの染色体のうちの片方の X 染色体の OFD1 が異常な女性にのみ認められる疾患で、男性は胎生致死になると考えられています。女性は、X 染色体を父親からと母親から一つずつ受け継ぎ、男性は母親から一つだけ受け継ぎます。女性の細胞では、父性と母性の X 染色体のうち、どちらか一方のみをランダムに不活性化し、もう片方のみを活性化させます。これを、X 染色体の不活性化(X-inactivation)と呼びます。つまり OFD1 患者の体には、2つの染色体のうち、正常な染色体が活性化した正常細胞と、OFD1 が欠損した染色体が活性化された OFD1 欠損細胞の2種類が存在することになります。口-顔-指症候群Ⅰ型患者における舌の異常の部位や重症度は、患者によって大きく異なりますが、その症状の多様性や重篤性の違いは、ランダムに行われる X染色体の不活性化によって、OFD1 欠損細胞の存在部位が個体間で異なることに起因することを明らかにしました。




今後の展開


 先天異常を出生後に正常な状態に戻す治療は、技術的に困難なことが多いことに加え、患者や家族への肉体的、精神的、経済的負担が大きくなります。そのため、近年、子宮内で正常な形成を促すことにより、出生時における先天異常を軽減させることを目的とした出生前診断や胎児治療が求められています。


今後、本成果のような研究成果を通して、未来の胎児治療の実現につなげていきたいと考えています。




用語解説


(注 1) 中胚葉細胞

発生中の初期胚において、外胚葉と内胚葉の間を埋めるように発達した細胞群の名称。


(注2) 神経堤細胞

脊椎動物の初期発生において表皮外胚葉と神経板の間に一過性に形成される細胞群の名称。様々な細胞種に分化するため第四の胚葉とも言われる。


(注3) 一次線毛

細胞表面から外側に向けて突出している 1 本の不動性の構造体。


(注4) 舌小帯

舌の下面から下顎の歯肉の内側に連続している索状のひだ。

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