新たな神経変性の経路を明らかに
~認知症など神経変性疾患の原因であるタンパク質恒常性の破綻にミトコンドリアの分布異常が関与することを解明~
概要
細胞内でタンパク質は合成や分解を介して適切に制御され維持されています(タンパク質恒常性)。認知症の一つであるアルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経変性疾患の脳では、タンパク質分解系が低下し、タンパク質が異常に蓄積しています。そして、このタンパク質の蓄積、つまりはタンパク質恒常性の破綻が神経変性の原因であると考えられています。しかし、これらの疾患でどうしてタンパク質恒常性の破綻が起こり始めるのか、そのきっかけは不明でした。
神経変性疾患のもう一つの特徴として、ミトコンドリアの分布異常があります。神経細胞は核のある細胞体から長く伸びた軸索と呼ばれる構造を持ち、この軸索の先端から情報を出力します。ミトコンドリアはエネルギー産生をはじめ細胞内の多くの役割を担う細胞小器官で、神経細胞内全体に分布しています。しかし、神経変性疾患では軸索からミトコンドリアが減ってしまう分布異常がみられます。
東京都立大学大学院 理学研究科 生命科学専攻の真野叶子大学院生(当時)、安藤香奈絵准教授、鈴木えみ子客員准教授、東京都長寿医療研究センターの三浦ゆり研究部長らの研究グループは、軸索でのミトコンドリア減少がタンパク質恒常性の破綻を引き起こすことを明らかにしました。ダメージを受けたり必要がなくなったりしたタンパク質はオートファジーなどにより分解されますが、神経細胞特異的に軸索のミトコンドリアを減少させたショウジョウバエの脳内では、オートファジーを含むタンパク質分解系が低下し、不良なタンパク質の蓄積がみられました。さらにこの原因を調べたところ、タンパク質の合成に関わる eIF2 のサブユニットの一つ eIF2β が軸索ミトコンドリア減少により増加し、これがオートファジー低下の原因であることがわかりました。
加えて、軸索ミトコンドリア減少ショウジョウバエにおいて eIF2β を抑制するとオートファジーの低下を阻止し、神経機能も改善することがわかりました。
本研究から、軸索ミトコンドリア減少は eIF2β の増加を介して不良なタンパク質の異常蓄積を引き起こすことがわかり、ミトコンドリアの分布や eIF2β の制御がタンパク質恒常性の破綻を伴う神経変性疾患の治療に役立つ可能性が示されました。
発表のポイント
1.加齢によるミトコンドリア輸送の低下により、不良なタンパクが蓄積する。
2.軸索へのミトコンドリア分布は、オートファジーによるタンパク分解に必要である。
3.軸索でミトコンドリアが減少すると eIF2 シグナリングが変化する。
4.eIF2β の発現を抑制すると、軸索ミトコンドリア減少によるオートファジーと神経機能
の低下が改善できる。
研究の背景
超高齢化社会の現代において、アルツハイマー病などの加齢に伴い発症する神経変性疾患の患者数も増加しています。脳を構成する神経細胞は一度死んでしまう(変性する)と補われないため、記憶障害や運動障害などがみられます。こうした神経細胞が死ぬことで起きる神経変性疾患の多くでは、神経細胞内でタンパク質が異常に蓄積しています。通常、ダメージを受けるなどして不良になったタンパク質は、オートファジーやプロテオソームというタンパク分解系によって分解されるため、加齢に伴ってオートファジーなどの活性が低下すると、神経変性疾患のリスクが増加すると考えられています。しかし、加齢によるどのような変化が神経細胞のオートファジー低下を引き起こすのかはわかっていませんでした。
本研究では、加齢による神経細胞でのオートファジー低下にミトコンドリアという細胞内小器官が関わることを明らかにしました。
ミトコンドリアは、細胞内でエネルギー産生やカルシウム濃度の制御などの多くの役割を持つ細胞小器官です。神経細胞内でミトコンドリアは細胞体で作られ軸索まで運ばれますが、加齢によりこの輸送は減少します。また、軸索でミトコンドリアを減少させると、神経変性が発生します。そこで、軸索ミトコンドリア減少とオートファジー低下の関係を調べました。
研究の詳細
本研究では軸索でミトコンドリアを減少させたショウジョウバエを用いました。ミトコンドリアの軸索輸送にはmiltonというタンパク質が必要であり、神経細胞でのみmiltonの発現を低下(ノックダウン)させることで軸索のミトコンドリアを減少させることができます。miltonをノックダウンしたショウジョウバエではタンパク質分解系のオートファジーとプロテアソームが低下し、脳内では本来分解されるべきユビキチン化タンパク質が蓄積していました。電子顕微鏡を用いた超微細構造観察では、神経細胞の軸索でタンパク質の異常な蓄積がみられ、このことから軸索ミトコンドリア減少によりタンパク質恒常性が破綻することがわかりました。
次に、この原因について調べるためにタンパク質の網羅的解析であるプロテオーム解析を行いました。プロテオーム解析によりmiltonノックダウンショウジョウバエではeIF2βが増加していることがわかりました。eIF2はeIF2α、β、γのサブユニットから構成されており、通常はタンパク質の合成を制御しています。一方で、細胞がストレスにさらされるとeIF2αがリン酸化されます。軸索ミトコンドリア減少により、eIF2βが増加し、軸索ではeIF2αのリン酸化が減少していました。eIF2βの増加がオートファジーの低下の原因であるか調べたところ、神経細胞特異的にeIF2βを過剰発現させたショウジョウバエではmiltonノックダウンと同様にオートファジーの低下が起こり、神経機能も低下していました。
最後にeIF2βを抑制することで、軸索ミトコンドリア減少によるオートファジーの低下を改善できるか検討しました。eIF2βの発現も低下させると、オートファジーが回復し、神経機能にも改善がみられました。これらのことから、軸索ミトコンドリア減少はタンパク質恒常性破綻の原因になること、さらにそれはeIF2βの増加を介していることが明らかになりました。
研究の意義と波及効果
加齢によってタンパク質分解系が低下することは、老化や神経変性疾患の原因の一つと考えられています。
本研究から、加齢によるミトコンドリアの軸索輸送の低下が、オートファジー低下と異常タンパク質の蓄積を引き起こすことがわかりました。さらに、ミトコンドリアとオートファジーをつなぐ分子として、eIF2βを見つけました。これらの発見は、脳の老化や、アルツハイマー病などの加齢依存性神経変性疾患についての、新たな治療法開発につながると期待されます。
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