軟骨変性の初期に修復機転(正常に戻る)が存在することを証明
~早期変形性膝関節症の予兆の発見に期待~
発表のポイント
1.糖鎖が変形性関節症の早期の病因の一つであることを解明。
2.変形性関節症の修復の鍵となる機序を解明。
3.「疾患進行の危険性が高い軟骨」の早期発見に繋がる成果。
概要
北海道大学大学院医学研究院の宝満健太郎博士研究員、小野寺智洋准教授及び岩﨑倫政教授らの研究グループは、名古屋大学糖鎖生命コア研究所の古川潤一特任教授らと共同で、軟骨変性が生じる前に糖鎖が変化する現象に着目し、糖鎖を起点として軟骨が変性する仕組みを明らかにしました。
関節軟骨は、骨の端を覆い、腕や膝を曲げた時などにかかる衝撃を吸収する組織です。正常な関節軟骨は硝子軟骨と呼ばれます。一度、硝子軟骨が線維化(退行変性)すると、元に戻ることはなく、痛みや炎症を伴う変形性関節症(OA)*1 へ進行していきます。これまで OA は軟骨退行変性を主体とする一方向性の病態と考えられてきました。
今回、研究グループは高マンノース型 N 型糖鎖※2 を特異的に認識して分解する酵素であるα-マンノシダーゼを用いると、軟骨組織で変性初期の状態が再現され、その段階において軟骨が可逆的に回復することを発見しました。さらに高マンノース型 N 型糖鎖を欠損した軟骨細胞では、別の糖転移酵素※3 を発現し、活性化させることで軟骨の状態を補う仕組みが働くことが見つかりました。このことは、OA 初期は自然修復可能であることを意味しています。また、OA の軟骨細胞において高マンノース型 N 型糖鎖の減少に伴ってコアフコシル化が活性化していることを見出し、さらにコアフコシル化の責任糖転移酵素遺伝子である FUT8 4(α1,6 fucosyltransferase)が軟骨細胞に発現して、軟骨の恒常性※ 5 維持の主要な経路の一つである TGF-β経路を正に制御していることを明らかにしました。
以上の結果から、軟骨変性初期に生じるコアフコシル化がブレーキのような役割で軟骨変性に抵抗するメカニズムが明らかになりました。
本研究は、糖鎖から OA を引き起こした初めての研究です。
本研究の概要
背景
私たちの身体を構成するほぼ全ての細胞の表面には、糖鎖が毛皮のように生えています。糖鎖は糖が鎖状に連なったもので、その多くは細胞膜に埋め込まれたタンパク質や脂質を修飾して、細胞同士のシグナル伝達やタンパク質の機能調整など、まさに生命活動の最先端で重要な役割を担っています。関節軟骨の表面領域では、静止した細胞がそれらの表現型を恒久的に維持しており、一旦変性が開始すると元には戻れないと考えられてきました。
研究グループは、軟骨細胞が前駆細胞から分化する時に変化する糖鎖と、軟骨変性に先行して変化する糖鎖に類似点を見出し、高マンノース型 N 型糖鎖に着目しました。今回、高マンノース型 N 型糖鎖の特異的分解酵素である α-マンノシダーゼを用いて、「高マンノース型 N 型糖鎖の減少が軟骨変性を引き起こす」という仮説を立て、検証しました。
研究手法
ウサギ膝への α-マンノシダーゼ関節内投与で早期変形性関節症(OA)モデルを確立し、マウス軟骨組織の器官培養で変性評価と網羅的 N 型糖鎖解析を行いました。複合型 N 型糖鎖のコアの N-アセチルグルコサミンにフコースを一つ転移する唯一の酵素標的分子である FUT8 遺伝子の軟骨細胞特異的コンディショナルノックアウト(cKO)マウスを作成し、軟骨の可逆的修復への機能的意義を検討しました。
さらに、ヒト OA 軟骨と健常軟骨の全糖鎖グライコミクスにより、軟骨におけるコアフコシル化の重要性を確認しました。
研究成果
先述のとおり、関節軟骨の変性が始まると元には戻れず、OA へ進行するとされていました。今回、OA の進行には糖鎖の変化が関与していることが判明し、初期段階であれば、病気を防ぐことができる可能性を示しました。本研究は、OA において組織学的変性が起こる前に起こる糖鎖構造変化を調べ、これらの糖鎖構造変化が軟骨変性に影響を及ぼすメカニズムを明らかにしました(図 1)。
図 1.軟骨の可逆的修復の鍵となる N 型糖鎖のコアフコシル化
マンノシダーゼを注射すると、高マンノース型 N 型糖鎖が減少し、軟骨変性が起こりました。この変性は、マンノシダーゼの影響を取り除くと回復するために、変性早期の糖鎖変化は可逆的変化であることが示唆されます。減少した高マンノース型 N 型糖鎖を補うように、N 型糖鎖のフコシル化が増加していました。
次にヒト OA 軟骨のグライコーム*6 を解析したところ、特異的なコアフコシル化 N 型糖鎖の発現パターンが同定されました。マウスで N 型糖鎖のコアフコシル化を阻害(FUT8 cKO)すると、マンノシダーゼの影響を取り除いても回復不可能な軟骨変性が生じました。この FUT8 cKO マウスは、加齢に伴う軟骨変性の早期化が起こり、力学負荷 OA モデルの発症が促進されました。コアフコシル化を司る FUT8は、関節軟骨の変性変化の悪化を防ぐために必要であると結論付けました。
今後への期待
これらの知見は、初期の関節軟骨の新しい定義を提供し、関節軟骨の糖鎖表現型を同定することで、軟骨疾患進行リスクの危険性が高い個人を区別できる可能性を示しました。
未病段階で、適切な指導やリハビリテーションの介入が実現し、要介護者数の減少や健康寿命の延伸に繋がることが期待されます。
用語解説
*1 変形性関節症(OA):
軟骨の恒常性が失われ関節軟骨の変性・破壊が進行する疾病。恒常性が失われる原因は不明であり、慢性炎症や力学的ストレス、老化などが病態を助長し、関節変形を導く。疾患修飾薬は未だ存在せず、対症療法として疼痛緩和を目的とした薬物療法、運動療法、手術療法が行われている。2011 年時点で、日本には 2,400 万人の膝 OA 患者が推定され、現在も増加している。
*2 高マンノース型 N 型糖鎖:
タンパク質の翻訳後修飾のうちアスパラギン残基に付加する糖鎖をN 型糖鎖と呼ぶ。その中でマンノースを中心に構成された(コア構造に 1〜6 分子のマンノース残基が結合した)構造が高マンノース型に分類される。
*3 糖転移酵素:
糖供与体である糖ヌクレオチドから単糖を基質体に転移することで糖鎖を伸長あるいは分岐させる反応を触媒する酵素群。
*4 FUT8:
糖転移酵素の一つで、N 型糖鎖の土台(コア)の N-アセチルグルコサミンの 6 位にフコースを 1 個付加させる。この位置に付いたフコースはコアフコースと呼ばれ、多くの糖タンパク質の機能制御に大きく関わるため、抗腫瘍抗体として上市された医薬品もある。
*5 軟骨の恒常性:
関節を覆う軟骨は硝子軟骨と呼ばれ、成長軟骨と異なり、生涯にわたり「静止している」にもかかわらず代謝的に活性な状態にある機械的に感受性の軟骨細胞のバランスのとれた作用によって維持される。
*6 グライコーム:
細胞や組織、個体が有する糖の総体。糖鎖は、N 型糖鎖、O 型糖鎖、糖脂質、グリコサミノグリカン、遊離オリゴ糖(鎖)に大別され、これら糖鎖の全情報セットを意味する。
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