酸化ストレスで傷ついた細胞を細胞死で効率よく排除する機構を発見
-がん細胞の排除やがんを抑制する新規創薬に繋がる研究成果-
発表のポイント
1.酸化ストレス(注1)で傷ついた細胞が細胞死を効率よく引き起こす仕組みを発見しました。
2.今回の発見は、がんなどの関連疾患の病因解明の糸口になると共に、酸化ストレスでダメ
ージが蓄積したがん細胞の排除や、がんを抑制する新規創薬の開発につながることが期待
されます。
概要
私たちの体を構成する細胞では、活性酸素(注 2)や様々なストレスにさらされ、酸化ストレスが生じます。軽度の酸化ストレス時には、抗酸化応答(注 3)を活性化することで細胞の生存を維持します。一方、重度の酸化ストレス時には、積極的に細胞死を起こし、損傷を受けた細胞を排除することで生体の恒常性を維持していますが、その際、抗酸化応答を OFF にして、効率良く細胞死を引き起こす必要があります。しかしながら、その詳細な機構については、不明な点が多く残されています。
東北大学大学院薬学研究科の平田祐介助教、中田悠靖修士、松沢厚教授らの研究グループは、特に重度の酸化ストレス時に、抗酸化応答に重要な転写因子(注 4)Nrf2 の活性化が積極的に抑制されることで、細胞死が効率よく起きる仕組みを発見しました。Nrf2 の活性化を担うキナーゼ分子(注 5)TAK1 は、ユビキチン化酵素(注 6)Roquin-2 によって酸化ストレス依存的にユビキチン化を受け、分解されます。
本機構の破綻は、がんなどの様々な病態の発症・進展への寄与が想定されることから、今回の発見は、がんの病態解明や、がんを抑制する新規創薬の開発に繋がる重要な基礎的知見となります。
研究の背景
私たちの体を構成する細胞では、代謝により恒常的に産生される活性酸素や、紫外線や病原体感染などの様々なストレスに曝されることで、酸化ストレスが生じます。軽度の酸化ストレス時には、抗酸化応答を活性化することで細胞の生存を維持しますが、その際重要な役割を担うのが転写因子 NF-E2-relatedfactor 2 (Nrf2)で、抗酸化応答に必要となる多岐にわたる遺伝子を発現誘導することで、抗酸化システムを作動させることが知られています。
一方、重度の酸化ストレス時には、敢えて積極的に細胞死を起こし、損傷を受けた細胞を排除することで生体の恒常性を維持しています。代表的な細胞死誘導機構の 1 つが、酸化ストレス応答性のキナーゼ分子 Apoptosis signalregulating kinase 1 (ASK1)を介した細胞死誘導経路で、ストレス応答性 MAP キナーゼ(注7)経路の活性化により細胞死(アポトーシス)を引き起こすことが知られています。この時、抗酸化応答の活性化は、細胞死誘導にむしろ邪魔になってしまうことから、抗酸化応答を OFF にすることで、細胞死を効率よく誘導する必要があります。
しかし重度の酸化ストレス時にいかにして抗酸化システムを抑制するのか、その具体的なメカニズムは、現状ではほとんど不明です。
研究の概要
平田祐介助教、中田悠靖修士、松沢厚教授らの研究グループは、Nrf2 の活性化因子として知られているキナーゼ分子 TAK1 の新規結合因子として、ユビキチン化酵素 Roquin-2 を同定しました。Roquin-2 は TAK1 をユビキチン化し、分解に導くことで、Nrf2 活性化を抑制することが明らかになりました。詳細な解析から、両者の結合および TAK1 ユビキチン化には、TAK1 内にある 4 箇所のシステイン残基(Cys96/Cys302/Cys486/Cys500)が、酸化ストレス時に酸化を受けることでジスルフィド結合(注8)を形成し、TAK1 の多量体化を引き起こすことが重要であることが示唆されました。マウス胎児繊維芽細胞などの複数の培養細胞株で、Roquin-2 を欠損したところ、過酸化水素などの酸化ストレスに対する耐性獲得(細胞死の抑制)が認められました。またこの時、野生型細胞では、特に重度の酸化ストレス時に TAK1 タンパク質が分解され、Nrf2 活性化が抑制されていましたが、Roquin-2 欠損細胞では、TAK1 分解の抑制およびNrf2 の活性化の持続が確認されました。
以上の結果から、重度の酸化ストレスに曝露された細胞では、TAK1 が Roquin-2 によるユビキチン化・分解を受け、Nrf2 活性化、および抗酸化応答の活性化が抑制されることで、効率良く細胞死が起きることが示唆されました。
図 1. Roquin-2/TAK1 を介した酸化スト
レス時の細胞応答制御機構
低〜中程度の酸化ストレス時には、TAK1 が Nrf2 を介して抗酸化システムを活性化することで、細胞生存を維持する。
一方、重度の酸化ストレス時には、TAK1 の 4 箇所のシステイン残基が酸化されてジスルフィド結合(-S-S-)を形成し、TAK1 多量体化を引き起こすことで、Roquin-2 の結合およびユビキチン化反応が促進される。ユビキチン化を受けた TAK1 が分解され、抗酸化システムが働かなくなる一方で、ASK1 などの細胞死誘導機構が活性化することで、効率良く細胞死が引き起こされる。
今後の展望
酸化ストレスに伴って積極的に細胞死を起こす機構は、とりわけ、細胞のがん化抑制に重要です。酸化ストレスが蓄積した細胞が適切に細胞死を起こして除去されなくなると、DNA 損傷によるがん化や、転移の促進などのがん悪性化が起きることが知られています。実際に、いくつかの種類のがんで、TAK1 の発現上昇や Nrf2 の活性化促進が、がんの増悪に寄与することを示す報告があることから、今後は、本機構が発症・増悪の抑制に重要な役割を担っているがんの種類の特定を行うことで、実際にその重要性を検証する必要があります。さらに将来的には、本機構を人為的に活性化する手法の開発により、がんの予防・治療などにつながることが期待されます。
用語説明
注1. 酸化ストレス
活性酸素などによって引き起こされる酸化反応により引き起こされる、生体にとって有害な作用のこと。DNA、タンパク質、脂質などの生体分子が酸化されることで、細胞機能障害が生じ、様々な疾患の発症や老化の要因となる。
注2. 活性酸素
ミトコンドリア呼吸の副産物として、あるいは NADPH オキシダーゼなどの酵素的な働きによって、細胞内に生じる反応性の高い酸素分子種の総称。細胞内外からの様々なストレスに曝されることで、さらに産生が亢進することが知られている。DNA やタンパク質などを酸化し、機能障害を引き起こすことで、様々な疾患や老化の原因となる。
注3. 抗酸化応答
活性酸素などの酸化ストレスの要因となる酸化物質の除去、あるいは酸化修飾などに伴う分子機能異常への抵抗や改善といった、酸化ストレスに対する生体の防御反応。
注4. 転写因子
DNA の特定領域に結合し、遺伝子の転写・発現を制御する分子。
注5. キナーゼ分子
基質にアデノシン三リン酸(ATP)の末端リン酸基を導入する反応(リン酸化)を触媒する酵素。細胞内の情報(シグナル)を伝達する重要な働きを持つ。
注6. ユビキチン化酵素
ユビキチンは、76 個のアミノ酸からなる比較的分子量の小さいタンパク質で、酵素的反応によって、単量体(モノユビキチン)あるいは多量体(ポリユビキチン)として、基質タンパク質のリジン残基に結合する。この酵素反応を担うのが、ユビキチン化酵素である。ユビキチンの結合様式の違いによって、基質タンパク質に与える効果や影響が異なり、基質タンパク質の分解や DNA 修復、小胞膜輸送、シグナル伝達など、多様な生理機能の制御に関わっているが、Roquin-2 によるユビキチン化の様式である K48 型ポリユビキチン化修飾は、主にタンパク質分解を誘導するシグナルになることが知られている。
注7. MAP キナーゼ
Mitogen-activated protein kinase(細胞分裂促進因子活性化プロテインキナーゼ)の略で、細胞分裂促進因子で処理した細胞が増殖する際に活性化するキナーゼとして ERK (Extracellular signal-regulated kinase)が同定された経緯から、このような名前が付けられた。狭義には ERK1/2 のみを指すが、広義には、様々なストレスに応答して活性化する JNK (c-Jun N-terminal kinase)や p38 も含まれ、これらはストレス応答性 MAP キナーゼと呼ばれる。細胞内情報(シグナル)伝達において中心的役割を果たし、シグナル伝達を実行するキナーゼである。
注8. ジスルフィド結合
2 組のチオール(-SH)が酸化を受けて共有結合することで形成される結合(-S-S-)。システイン残基にはチオール基が存在するため、酸化反応によってシステイン残基同士がジスルフィド結合を形成することが知られる。
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