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「頭蓋内全体の脳脊髄液の動きをマクロ的に観測する手法を開発」-No.375




 脳脊髄液は、脳に血液がスムーズに流れるように、脳の拍動に合わせて中脳水道や大孔部くも膜下腔を往復運動して圧調整を行っていることが知られている。この脳脊髄液の往復運動は4 次元フローMRI※1とintravoxel incoherent motion (IVIM) MRI※2で定量的に観測(数値化)することができる。


そこで、本研究ではこの2つのMRI で得られた数値データと統合して、頭蓋内全体の脳脊髄液の動態をマクロ的に観測する手法を開発した。

この手法を用いて、ハキム病 (特発性正常圧水頭症:iNPH)※3で脳脊髄液の動きに異常をきたす機序を明らかにした。




研究成果の概要


 本研究は、名古屋市立大学、滋賀医科大学、東京大学、大阪大学、東京工業大学、東京都立大学、東北大学、山形大学、富士フイルム株式会社の共同研究による成果である。

本研究グループは、コンピューターシミュレーションを用いて、ヒトの脳循環と脳脊髄液の動きをモデル化(デジタルツイン)によって、脳の老化現象やハキム病・アルツハイマー病などの認知症、脳卒中などの病態を解明することを目指している。これまでに20 歳以降の健常者とハキム病患者に、高解像度の3 テスラMRI 装置を用いて3 次元MRI で脳と脳脊髄液腔の形態的変化を観測し、4 次元フローMRI で脳血流と脳脊髄液の3 次元的な動きを観測してきた。さらに、2023 年にIVIM MRI で脳脊髄液の微細で複雑な動きを観測する手法を開発した。

今回の研究では、4 次元フローMRI で計測した流速の振幅とIVIM MRI で計測したf値※4を脳脊髄液の拍動・往復運動を表すFluid Oscillation Index (FOI)に統合することで、頭蓋内全体の脳脊髄液の動態をマクロ的に観測する手法を開発した。

主に加齢が原因で脳脊髄液が増加するハキム病において、頭部の中心に位置する脳室が拡大して中脳水道を往復する脳脊髄液の動きは激しくなる一方で、頭頂部の大脳とクモ膜下腔は圧縮されて脳の拍動が抑えられて脳脊髄液の往復運動が小さくなる事象を全頭蓋内環境の変化として捉えることが可能となった。




背景


 ヒトの体内に流れる液体である血液・リンパ液・脳脊髄液を、造影剤等を使用せずに自然の動きを観察する検査として、これまでにPhase-contrast MRI, Cine MRI, Time-SLIP MRI, 4 次元フローMRI, IVIM MRI など様々なMRI 撮像法が開発され、臨床で使われている。このうち、解析によって速度成分を数値化することができるMRI 撮像法は、4 次元フローMRI と IVIM MRI である。我々は、4 次元フローMRI とIVIM MRI を用いて、脳脊髄液の複雑な動態を定量的に観測する方法を開発してきた。これまでの研究成果で、脳脊髄液の速い複雑な往復運動を4 次元フローMRI で観測し(Eur Radiol. 2020, AJNR. 2021)、4 次元フローMRI では捉えきれなかった微細な遅い動きはIVIM MRI で計算したf値で観測できる(Fluids Barriers CNS. 2023)ことを報告してきた。そこで、ヒトの脳脊髄液の動きを全頭蓋内環境でモデル化するためには、4 次元フローMRI とIVIM MRIによって得られた脳脊髄液の往復運動を統合する必要があると考えた。




研究の成果


 20 歳以上の健常ボランティア127 人とハキム病患者44 人の協力を得て、高解像度の3 テスラMRI 装置で、脳脊髄液観測用の4 次元フローMRI (venc: 5 cm/秒)とb 値が0, 50, 100, 250, 500,1000 s/mm2の6 条件でDiffusion(拡散)強調MRI を撮影した。3D ボリュームアナライザーSYNAPSE VINCENT(富士フイルム株式会社)のアプリケーション『4D フロー』と『IVIM 解析』を用いて、脳脊髄液の往復運動を観測した。4 次元フローMRI による流速の振幅(上方向と下方向の流速の和)の観測限界が0.4 cm/秒であることを確認し、流速の振幅が0.4 cm/秒に相当するIVIMMRI のf 値が75%であることを同定した。そこで、全頭蓋内領域で計測したIVIM MRI のf 値を用いて、流速振幅を推定するとともに、両者を組み合わせた新たな指標Fluid Oscillation Index (FOI:下図)を作り、頭蓋内全体の脳脊髄液の動態をマクロ的に観測する手法を開発した。

この手法により、健常者の加齢による脳脊髄液の往復運動の変化と、60 歳以上の高齢者に多いハキム病における脳脊髄液の病的な動きを明らかにした。健常者でも60 歳以上になると脳室が拡大して中脳水道を往復する脳脊髄液の動きは増加してくるが、ハキム病ではさらに往復運動が激しくなる。ハキム病では、脳室とシルビウス裂の拡大により頭頂部の大脳とクモ膜下腔が圧縮されて、脳の拍動が抑えられ、側脳室と広範囲のクモ膜下腔内の脳脊髄液の往復運動は小さくなる。





研究のポイント


1.IVIM MRI で算出されたf値を用いて、4 次元フローMRI では計測困難な0.4 cm/秒未満

 の脳脊髄液の速度振幅を推定した。


2.4 次元フローMRI で計算した速度振幅とIVIM MRI で計算したf値を統合したFluid

 OscillationIndex (FOI)を作り、頭蓋内全体の脳脊髄液の動態をマクロ的に観測する手法

 を開発した。


3.ハキム病では、中脳水道内の脳脊髄液の往復運動は増加するが、側脳室と広範囲のクモ膜

 下腔内の脳脊髄液の往復運動は減少する。




研究の意義と今後の展開や社会的意義など


 本研究によって、4D フローMRI で計算した脳脊髄液の速い往復運動とIVIM MRI で得られた微細で遅い往復運動を統合して、全頭蓋内の脳脊髄液の動態を可視化できるようになった。この方法を用いて、加齢に伴う脳体積の減少、脳血液循環・脳代謝の減少と強く関連した脳脊髄液の動きをシミュレーションし、ハキム病やアルツハイマー病などの認知症における脳脊髄液の動きとの違いを3 次元モデル化して(デジタルツイン)、脳の老化や認知症や脳卒中などの病気のメカニズム解明を目指す我々の医工連携研究に応用していく予定である。




用語解説


※1 4D フローMRI: MRI で一心拍中の体内の液体(血液や脳脊髄液)の流速を前後・上下・

  左右の3 軸方向の位相画像として撮影し、これらを統合して3 次元的な液体の動きを観

  測する方法。


※2 IVIM MRI: Intravoxel incoherent motion MRI は、水分子のランダムな動き

  (incoherentmotion)や自由拡散(diffusion)と微小循環を示す一定方向の動き

  (coherent motion)と灌流(perfusion)を分離して提示する撮影方法。


※3 ハキム病:従来から、特発性正常圧水頭症(idiopathic Normal Pressure

  Hydrocephalus:iNPH)と呼ばれてきた病気と同義。歩行障害、認知障害、切迫性尿失

  禁をもたらす疾患で、くも膜下出血や髄膜炎などに続発する二次性正常圧水頭症と異な

  り、先行する原因疾患はなく、緩徐に発症して徐々に進行する。脳室が拡大するだけで

  なく、シルビウス裂・脳底槽も同時に拡大し、高位円蓋部・正中の脳溝が圧迫されて狭

  くなる特徴的な画像所見DisproportionatelyEnlarged Subarachnoid-space

  Hydrocephalus (DESH)を呈する。


※4 f値:IVIM MRI における微小灌流成分を0~100%の数値で定量的に示す。

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