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「高脂肪食に応答する脳血管ペリサイトによる 新たな肥満の進展機構の発見」-No.303




高脂肪食に応答する脳血管ペリサイトによる 新たな肥満の進展機構の発見




発表のポイント


1.肥満の早期に脳血管ペリサイト※1が炎症促進因子を放出することで視床下部に慢性炎症

 を促進し、体重増加を誘導する新機構を明らかにしました。


2.ペリサイト機能に重要な増殖因子 PDGF※2の受容体を欠損するマウスではこの機構が働

 かないことから、肥満・栄養過剰の監視機構としての脳血管ペリサイトの重要性が示唆さ

 れます。


3.ペリサイトから分泌される炎症誘導因子 CXCL5※3は、肥満抑制戦略の新たな治療標的

 として期待されます。




概要


 国立大学法人富山大学学術研究部 薬学・和漢系の和田努 講師、富山大学大学院医学薬学教育部薬科学専攻の桶川晃 大学院生、薬学・和漢系の笹岡利安 教授らは、視床下部での神経細胞の機能低下が始まるメカニズムとして、血管を取り巻くように存在する細胞の“ペリサイト(周皮細胞)”の重要性を明らかにしました。


 マウスに脂肪の含有量が高い食餌(高脂肪食)を給餌することで、マウスは肥満を呈します。この時、視床下部の血管周囲に存在するペリサイトは早期から反応し、CXCL5 と呼ばれる炎症伝達因子を放出します。この因子は脳の免疫細胞であるミクログリア※4の炎症活性を高め、視床下部に慢性炎症を誘導します。その結果、神経細胞の機能が障害され、エネルギーの消費に重要な熱産生機能の低下を導き、体重が増加します。しかし、このペリサイトの機能に重要な増殖因子 PDGF の受容体を欠損するマウスでは、高脂肪食を給餌してもCXCL5 は増加せず、視床下部の炎症は抑制され、神経細胞の活性とエネルギー消費量が維持され、体重増加も抑制されました。


本研究で明らかとなった視床下部ペリサイトが媒介する視床下部の慢性炎症進展機構は、新たな肥満の治療標的と考えられます。




研究の背景


 肥満は高血圧、高脂血症、糖尿病などの発症と進展を促進するだけでなく、脳梗塞、心筋梗塞、腎臓病、がんなどの発症にも関わります。一旦肥満になると、食事量はそれほど多くなくとも消費するエネルギー量が低下してしまうため、肥満から脱却するのは困難になります。その原因として、生体のエネルギーのバランスを調節する脳領域の、視床下部での神経機能障害が知られています。特に視床下部に存在する POMC ニューロン※5は、全身のエネルギー状態を感知して摂食量や熱産生によるエネルギー消費量を制御する重要な神経細胞ですが、肥満病態ではその機能が障害されてより太りやすくなります。こうした肥満に伴う視床下部神経系の障害メカニズムの1つとして慢性炎症の進展が知られていますが、その炎症がどのように引き起こされるかについては十分解明されていません。


ペリサイトは近年、抗原提示など様々な免疫に関連する機能も有することが報告されています。血管内皮細胞から産生される増殖因子 PDGF-BB はその受容体 PDGFRβを介してペリサイトに作用し、様々なペリサイトの機能に寄与しています。また、この PDGFRβはペリサイト以外の細胞にはほとんど存在しないことが知られています。しかし、これまで視床下部ペリサイトへの PDGF 作用がその免疫機能におよぼす影響やそのメカニズムは全く知られていませんでした。




研究の内容・成果


 ペリサイトの機能に重要な増殖因子の受容体 PDGFRβを欠損したマウス(KO マウス)と対照マウスに高脂肪食を4週間与えて、その影響を比較しました。その結果、KO マウスは高脂肪食負荷 1 週間後から体重増加が抑制されました。その機序として、4週間の高脂肪食負荷を行った KO マウスは対照マウスと比べ視床下部でのミクログリア炎症が軽度であり、POMC ニューロンの活性化とエネルギー消費量が高く維持されていることがわかりました。

そこで、ヒト脳由来培養ペリサイトと培養ミクログリアのモデル細胞である骨髄由来マクロファージを用いてそのメカニズムを解析しました。その結果、ペリサイトに対し肥満病態を模倣したエンドトキシンと PDGF-BB で共刺激した際に、ミクログリアの炎症活性を高め、生理活性物質を分泌しました。そのペリサイト分泌物を解析した結果、共刺激により最も分泌が高まる因子として炎症誘導因子の CXCL5 を同定しました。ペリサイトにおける CXCL5 の発現誘導は、高脂肪食に多く含まれる飽和脂肪酸と PDGF の共刺激でも誘導され、またこのミクログリアの炎症性極性化は CXCL5 の阻害により抑制されました。


以上より、視床下部ペリサイトは肥満の早期に応答して CXCL5 をはじめとする生理活性因子を分泌し、ミクログリアの炎症極性化を促進することで視床下部の慢性炎症進展に寄与することが明らかになりました。


視床下部ペリサイトが媒介する肥満の進展機構

視床下部の血管周囲に存在するペリサイトは、高脂肪食の摂取による脂肪酸やエンドトキシンを察知し、炎症促進因子の CXCL5 を分泌する。CXCL5 によるミクログリアの活性化は視床下部慢性炎症を誘導し、生体エネルギーバランスを制御する POMC 神経の機能低下によりエネルギー消費量が低下することで肥満が進展する。




今後の展開


 本知見は肥満に伴うエネルギー代謝調節障害機構にペリサイトの関与があることを初めて示した研究成果です。「視床下部ペリサイトが媒介する肥満の進展機構」の存在が明らかとなったため、今後はその機序をさらに解明すると共に、ペリサイト由来炎症促進因子の CXCL5 を標的とした肥満の抑制治療法、ならびに糖尿病など肥満関連疾患の治療法の開発に活用されることが期待されます。




用語解説


※1 ペリサイト

 血管周囲を取り巻くように局在し、血管の安定化や血流量など、血管の機能を調節し安定性を維持する細胞。周皮細胞とも呼ばれる。近年、その免疫を調整する機能が注目されている。

 

※2 PDGF

 血管内皮細胞から分泌され、ペリサイトの細胞表面に存在する PDGF 受容体β(PDGFRβ)に作用することでペリサイトの機能維持に重要な作用を示す血小板由来増殖因子。

 

※3 CXCL5

 ケモカインと呼ばれる、免疫細胞や組織に必要な前駆細胞などへと遊走させる機能を持つサイトカインの1種。特に白血球である好中球を炎症部位に誘導する炎症性ケモカインとして知られてきた。

 

※4 ミクログリア

 脳に常在するマクロファージ系統の免疫細胞。ダメージを受けた細胞や異物の除去を担うことで脳内環境を調整しているが、活性化に伴い炎症性物質を放出する。その過剰な活性化は神経変性疾患などの脳の疾患の病態に深くかかわる。

 

※5 POMC ニューロン

 脳の視床下部の弓状核という部位に局在する神経細胞。エネルギーのバランスを制御する主要な神経系の1つ。全身の各組織からの生体情報を知覚し、摂食量や自律神経系を介したエネルギー消費量の制御を行うことでエネルギー恒常性機能維持に寄与する。

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