top of page
nextmizai

健康を科学で紐解く シリーズ102 「パーキンソン病に新たな光明-歩行リハビリテーションの未来への一歩」

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


日本発、歩行リハビリテーションの未来への一歩

パーキンソン病に新たな光明




研究成果の概要


 名古屋市立大学大学院医学研究科の植木美乃教授は、同研究科の野嶌一平教授(研究当時信州大学医学部保健学科理学療法学専攻准教授)、同附属病院リハビリテーション科の堀場充哉技師長、立命館大学大学院先端総合学術研究科の美馬達哉教授、明治大学理工学部電気電子生命学科の小野弓絵教授、京都大学医学研究科の小金丸聡子特定准教授らとの共同研究で、パーキンソン病患者の歩行機能を改善する新しいリハビリテーション手法の開発に成功しました。


 本研究では、これまで有効な介入手段のなかったパーキンソン病患者の歩行障害に対して、脳の外部から微弱な電流を流すことで脳活動を調整し、歩行機能を改善できることを報告しました。

従来、脳への電気刺激は安静状態で実施されていましたが、今回開発したシステムは患者の歩行リズムに合わせた刺激を実現しています。つまり、患者毎の歩行に合わせた最適な刺激が可能となっています(クローズドループ脳電気刺激 1))。

本研究では、週2回の歩行リハビリテーション(以下歩行リハ)を5週間実施し、歩行速度や歩行の左右対称性の改善、またパーキンソン病患者の特徴的な症状であるすくみ足に改善が見られました。


 本システムは非侵襲・非薬物的な介入であり、様々な病態に応用できる可能性があり、今後対象疾患を広げて臨床研究を進めていく予定です。

さらに、超高齢社会を迎える本邦において、歩行機能の維持・向上は高齢者の日常生活の自立に重要であり、地域高齢者を対象とした社会実装にも着手していきたいと考えています。




研究の背景


 パーキンソン病は、運動機能低下を特徴とする神経変性疾患で、体の動きの減少や硬直、振戦、姿勢不安定性、歩行障害などの症状が現れます。

現在、パーキンソン病の治療としては、ドーパミン製剤や深部脳刺激(DBS)2)が広く実施され高い効果が知られていますが、歩行障害に対する効果は限定的です。特に、病状が進行するパーキンソン病後期では、歩行障害により日常生活が大きく制限されます。そのため、歩行障害に対する効果的な介入手法の開発が喫緊の課題となっており、非侵襲かつ非薬物であるリハビリテーション(歩行リハ)が注目されています。


 我々は、一般的な歩行リハの効果を高めるため、経頭蓋電気刺激(tES)3)を基盤とした新たな歩行リハのシステムを開発し、パーキンソン病患者の歩行機能障害の改善に適応しました。tES は、微弱な電流を頭皮上から与える電気刺激療法であり、脳の可塑性 4)を誘発できる可能性が示されています。


 本研究では、患者の歩行リズムに同期した個別化した tES 介入装置(クローズドループ脳電気刺激)を用い、パーキンソン病患者を対象に比較対照試験を実施しました(図1)。





研究の成果


 本研究では、23 人のパーキンソン病患者をランダムに実際の介入(クローズドループ脳電気刺激)群と偽の刺激を行う(対照)群に割り当てました。介入は、4 分間の歩行リハを3回実施する介入を週 2 回、5 週間(計 10 回)外来で実施しました。歩行評価は、歩行速度、遊脚期時間、立脚期時間、歩幅などを介入前後に評価しました。また、すくみ足については質問紙を用いて評価しました。


結果、介入群において、対照群と比較して歩行速度および歩幅が有意な改善を示しました。さらに、歩行中の左右側の遊脚期時間の割合から算出した対称性指数(0.5 が左右対称であることを示す)およびすくみ足症状に対する主観的な感覚についても、介入群で有意に改善しました。





研究のポイント


1.パーキンソン病患者の歩行障害に対する新しい歩行リハとして、個別化されたクローズド

 ループ脳電気刺激法を開発し、その効果を検証しました。


2.介入群では、歩行速度や歩行の対称性、すくみ足の程度などの歩行指標において、対照群

 と比較して有意な改善が示されました。


3.クローズドループ脳電気刺激は、将来的に歩行リハの補完療法となる可能性があります。




今後の展開や社会的意義など


 本研究は、従来の治療では効果が限定的であったパーキンソン病患者の歩行障害に対して、個別の歩行パターンに合わせた(クローズドループ)脳電気刺激が効果的である可能性を示しました。


このシステムは、非侵襲・非薬物で安全性が高く、臨床応用が期待されます。今後の更なる研究の進展により、効果的な歩行リハの開発につながり、パーキンソン病患者の生活の質の向上や自立支援に貢献することが期待されます。この成果は、パーキンソン病患者の歩行リハにおいて、脳内ネットワークを調整する介入手法の可能性を示しており、重要な知見であると考えます。




用語解説


1)クローズドループ脳電気刺激︓


対象者の運動や生体情報をリアルタイムに解析し、その解析結果に基づいて刺激を調整することで、個々人にあった刺激を実施する方法。


2)深部脳刺激(tES: transcranial Electrical Stimulation)︓


パーキンソン病患者に対する治療として一般的に実施され、電極を脳の深部に挿入し、微弱な電気刺激を与える治療法で、脳の活動を調整します。


3)経頭蓋電気刺激︓


頭蓋の外から電気刺激を与える方法で、特定の刺激波形(直流、交流など)により脳の活動を調整します。日本ではまだ医療機器として認可されておらず、取り扱いには医師の管理が必要です。


4)脳の可塑性︓


経験や学習によって、脳の神経回路や興奮性が変化し、再編されることを指し、脳の柔軟性や適応性に関連します。


Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page