未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
肝移植以外に有効な治療法が少ない原発性硬化性胆管炎の原因となる
腸内細菌を標的とした治療法を開発
慶應義塾大学医学部内科学教室(消化器)の中本伸宏准教授、金井隆典教授らの研究グループは、肝移植以外に有効な治療法が少ない難治性自己免疫性疾患である原発性硬化性胆管炎(PSC)患者の腸内細菌を解析し、クレブシエラ菌(注 1)とエンテロコッカス菌(注 2)が高率に検出されることを確認しました。
さらに、イスラエルの BiomX 社との共同研究のもと、患者から分離したクレブシエラ菌を特異的に排除するバクテリオファージ(注 3)カクテルの作製に成功し、マウスにこのバクテリオファージを投与するとクレブシエラ菌の腸内への定着が抑制され、クレブシエラ菌により誘導された胆管障害が減弱することが示されました。
本成果は、これまで明らかにされていなかった PSC における腸内細菌が病気を引き起こす仕組みを明らかとし、今後クレブシエラ菌を標的としたファージ治療による臨床応用につながることが期待されます。
【図 1】クレブシエラを標的としたファージ治療の可能性
研究の背景と概要
原発性硬化性胆管炎(PSC)は、肝臓内外に存在する胆汁の流れ道である胆管に炎症がおき、数年から数十年の経過により胆管狭窄に伴って胆汁が滞り、肝硬変へ進展することが多い原因不明の自己免疫性疾患です。国内における推計患者数はそれぞれ約 2,300 名であり今後患者数の増加が予想され、国の難病特定疾患に認定されています。
その病因として多くの遺伝的要因、環境的要因の関与が報告されていますが、病態の解明には至っておらず肝移植以外に有効な治療法が存在しないのが現状です。PSC は高率に潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患(IBD)を合併することを特徴とし、腸管炎症に伴う腸管バリアの低下により腸内細菌やその代謝産物が胆管や血管を通じて肝臓に到達し、病態の発症や進展に関わっていると考えられてきました。
本研究グループは、PSC 患者の便中に肝臓内のインターロイキン 17 (IL-17)を産生する CD4 陽性のヘルパーT 細胞 TH17 細胞(注 4)の活性化を引き起こす 3 種類の腸内細菌が存在することを発見し、2019 年に国際学術誌に報告しました(https://www.nature.com/articles/s41564-018-0333-1)。
しかし、これらの腸内細菌を治療標的とした実臨床への応用性については明らかにされていません。
研究の成果と意義
本研究では IBD を合併していない患者 11 名、IBD を合併している患者 34 名、合計 45 名の PSC 患者便の腸内細菌を解析し、臨床像との関係性を調べました。その結果、IBD の有無や大腸の炎症の部位に関わらず、PSC 患者便にクレブシエラ菌 (Kp)とエンテロコッカス菌 (Eg)の 2 菌が高率に検出されることを確認しました(図 2)。
さらに、患者さんから分離したクレブシエラ菌を肝臓に炎症を起こした肝臓線維化モデルマウスに投与し、フローサイトメトリー(注 5)を用いた解析を行いました。その結果、肝臓内の TH17 細胞が増加し、肝硬変の程度が悪化することからクレブシエラ菌が PSC の治療標的となると考えました。
【図 2】PSC 患者におけるクレブシエラ
菌とエンテロコッカス菌の保菌率
細菌の増殖を抑制し殺菌する手段として抗菌薬が日常診療で広く用いられていますが、長期間の使用による多剤耐性菌の出現や院内感染が大きな問題となっています。本研究グループはこの問題を打破するために、特定の病原細菌のみを選択的に殺菌可能であり、耐性菌の出現頻度が低いバクテリオファージの作製に着手しました。イスラエルの BiomX 社との共同研究のもと、自然環境に存在するクレブシエラ菌を標的とするファージを複数組み合わせることにより、培養液中のクレブシエラ菌の増殖を長期間抑制し続けるファージカクテルの作製に成功しました。
次にクレブシエラ菌を腸内に定着させたマウスにこのファージカクテルを週 2 回合計 4 回投与し、その体内での菌の増植の抑制効果の有無を 14 日目に検討しました。その結果、便中のクレブシエラ菌はファージの投与後その数が劇的に減少することが示され、この効果が 28 日目まで持続することを確認しました(図 3)。
【図 3】ファージ投与によるクレブシエラ菌の定着抑制効果
ファージカクテルの投与により、速やかにクレブシエラ菌の腸内への定着が抑制された。
最後に今後の臨床応用を考え、クレブシエラ菌を投与した肝線維化モデルマウスにファージカクテルを投与し、肝硬変の改善効果の有無を検討しました。同様に週 2 回の投与により、クレブシエラ菌によって誘導された肝臓内 TH17 細胞の数は減少し、その結果胆管の炎症マーカーである血清 ALP 値が低下し、肝硬変(線維化)の程度も 50%程度に改善しました(図4)。
以上の結果から、クレブシエラ菌を選択的に排除するファージ療法が、PSC に対して有効である可能性が示されました。
【図 4】ファージ投与による肝線維化モデルマウスの肝硬変進展抑制効果
ファージカクテルの投与により、クレブシエラ菌の投与を行った肝線維化モデルマウスの血清ALP 値、肝線維化面積は改善した。
今後の展開
現在世界中で PSC に対して胆汁酸、核内受容体リガンド、抗線維化薬など様々な新薬の臨床試験が行われていますが、未だ長期的な改善効果を示す治療法は報告されていません。本研究では、クレブシエラ菌がこの病気の病態に関係する診断のバイオマーカー、さらには治療標的となることがはじめて示され、クレブシエラ菌を選択的に排除するファージカクテルの投与によりマウスの肝硬変の程度が改善することも初めて示されました。
今後、国内外の多くの患者さんの解析を行うと共に、複数のクレブシエラ菌を網羅的に排除する新たなファージカクテルを用いた治療効果や安全性の検証により、本成果が臨床応用につながることが期待されます。
用語解説
(注 1)クレブシエラ・ニューモニエ(Klebsiella pneumoniae):
ヒトの口腔や腸内に常在している細菌で、通常は病的状態を引き起こすことはない。しかし、免疫系が弱っている人や高齢者、糖尿病患者などでは、肺炎や気管支炎、膀胱炎などの日和見感染症を引き起こすことがある。肺炎桿菌とも呼ばれる。
(注 2)エンテロコッカス・ガリナルム (Enterococcus gallinarum):
腸球菌の一種であり、非常に稀に院内感染の原因となることが知られている。2018 年に本菌がリンパ節、肝臓、脾臓などの他の臓器に広がり、ヒトとマウスで自己免疫反応を誘発することが報告された。
(注 3)バクテリオファージ:
バクテリオファージは、ファージとも呼ばれ、高い宿主特異性で細菌に感染する自己複製ウイルスである。溶菌性ファージは、細菌の受容体を介して細菌細胞に付着し、ウイルスゲノムを宿主細胞内に注入し標的細菌を溶解する。
(注 4)TH17 細胞:
CD4 陽性のヘルパーT 細胞の一種で、主にインターロイキン(IL)-17を産生する。IL-17 は病原体から身を守るための感染防御に重要なだけでなく、自己免疫疾患やアレルギー疾患で見られる過剰な免疫応答によって発症する疾病にも関わっていることが知られており、感染への防御機能を保ちつつ炎症を回避するにはTH17 細胞の適切な制御が必要。
(注 5)フローサイトメトリー:
一つの細胞の複数の分子(主にタンパク質)を同時かつ高速に測定し、複数種類の細胞の分布を解析する装置。細胞表面または内部の分子を蛍光物質で標識した後、細胞一つずつに一定波長のレーザー光を当てた時に生じる蛍光波長を検出することにより、その細胞が何の分子を持っているかを分析する。ある部位に存在する細胞集団の増減や機能分子の発現量の増減を解析するために利用されている。
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