top of page
nextmizai

健康を科学で紐解く シリーズ106 「神経-グリア超回路による記憶制御機構の解明」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


オンラインとオフラインの並行学習メカニズム

神経-グリア超回路による記憶制御機構の解明




概 要


 学習過程にはトレーニング中に即座に上達するオンライン学習と、休憩中や翌日にかけてじわじわと身につくオフライン学習があります。

東北大学大学院生命科学研究科の金谷哲平研究員(研究当時、日本学術振興会特別研究員)、松井広教授(大学院医学系研究科兼任)らのグループは、この二つの学習過程が独立・並行して成立することを示しました。


脳内には情報処理を担う神経細胞に加えて、ほぼ同じ容積を占めるグリア細胞があります。マウスのグリア細胞からのグルタミン酸放出を促進・抑制すると、オンライン学習は亢進・阻害されました。一方、訓練後の休憩期間のオフライン学習は、オンライン学習の成果とは関係なく、独立して進行しました。このように、グリア細胞は記憶のしやすさの一面に影響を与えることが解明されました。


本成果は、記憶形成過程におけるグリア細胞の機能を理解することで、効果的な学習やリハビリの手法を開発することに貢献すると期待されます。




研究の背景


 経験を積むことで、私たちは新しい技能や知識を身につけることができます。何万年もかかるランダムな遺伝子の変異と自然淘汰による進化を待つことなく、脳を持つ動物たちは学習機能によって、絶えず変化する環境に柔軟に適応して生き残ってきました。


記憶が成立する過程には、経験を積んでいる最中に即座に上達するオンライン学習と、休憩中や翌日にかけて、知らず知らずのうちにじわじわと身に着くオフライン学習の二つの過程があります。これまで、トレーニング中のオンライン学習での成績が良いほど、その成果は休憩中にも引き継がれて、オフライン学習も良く進むと考えられてきました。しかし、経験的には、トレーニングの最中に上達が実感できなくとも、次の日にはいつの間にか成績が良くなっている場合や、トレーニング中には確かにうまくできるようになったのに、翌日に成果をあまり実感できない場合もあります。今回、オンライン学習とオフライン学習とは、実は、相互に依存しない独立した記憶形成過程なのではないか、という疑問に応えるために研究を進めました。


また、脳の中には、情報処理を担っていると考えられている神経細胞と、ほぼ同じだけの容積を占めるグリア細胞があることが知られています。グリア細胞は神経細胞の隙間を埋めるだけの存在とも捉えられていたこともありますが、近年、神経細胞とは異なるやり方で、脳内情報処理や記憶を形成する過程に関わっていることが報告されています。そこで、今回の研究では、グリア細胞の機能とオンライン学習とオフライン学習との連関も探ることにしました。




今回の取り組み


 東北大学 大学院生命科学研究科超回路脳機能分野の金谷哲平(かなやてっぺい)研究員(研究当時)、松井広(まついこう)教授(大学院医学系研究科兼任)らのグループは、マウスを用いた実験によって、オンライン学習とオフライン学習とは、独立・並行して進行する記憶形成過程であること、ならびに、ふたつの学習過程は、それぞれ、脳内グリア細胞の機能に影響を受けることを示しました。


研究グループは、スポーツや楽器の演奏など、「身体で覚える」運動学習を担う小脳に着目しました。水平視機性眼球運動(HOKR)(注3)の学習は、小脳の片葉領域(注4)が担うことが知られています。動物には、動くモノを自然と眼で追うという習性があるため、縦縞模様がゆっくりと水平方向に行き来すると、その動きを追跡するように左右に眼が動きます。初めてこのような視覚刺激を見せても、眼は、模様を充分に追跡できません。しかし、繰り返し視覚刺激を提示すると、次第に眼の左右への動きの振幅は増えていき、網膜上に映る画像を安定化させることができるようになります。


実験動物のマウスに、水平視機性眼球運動の 15 分のトレーニングを実施し、その後、1時間の休憩をはさんで、再び、眼球運動のテストをしてみました。すると、15 分のトレーニング中にも眼球運動の振幅は次第に大きくなるというオンライン学習が見られました。また、1時間の休憩後にテストすると、さらに眼球運動の振幅が大きくなる場合もあり、オフライン学習の程度を計測することができました。何匹かのマウスで実験をした結果、オンライン学習でとても良い成果は出すものの、オフライン学習では伸び悩む早熟型や、オンライン学習は振るわなくとも、オフライン学習が伸びる晩成型のマウスなど、それぞれのマウスに個性があることが分かりました。


続いて、研究グループでは、オンライン学習やオフライン学習の成立のしやすさを左右するメカニズムを明らかにすることに取り組みました。これまで、松井教授らの研究では、小脳のバーグマングリア細胞(注5)は、興奮性の神経伝達物質のグルタミン酸に応答して、さらに、自らもグルタミン酸を放出することが示されていました。つまり、バーグマングリア細胞には、興奮性神経信号を増幅する機能があるわけです。このグルタミン酸は陰イオンです。グリア細胞に遺伝子発現する陰イオンチャネル(VRAC)(注6)を通して、グリア細胞の中から細胞外に向ってグルタミン酸が放出される経路が考えられていました。


そこで、VRAC を構成する LRRC8A 遺伝子(注7)を、グリア細胞だけから欠損させることで、グリア細胞から神経細胞への作用の一部を阻害した場合、学習や記憶に生まれる変化を調べることにしました。実験の結果、グリア細胞特異的に LRRC8A を遺伝子ノックアウトしたマウスではオンライン学習が全く成立せず、15 分のトレーニングで成績は向上しないどころか、むしろ、低下することが示されました。つまり、グリア細胞から神経細胞への作用は記憶形成の一面に必要不可欠であることになります。さらに、驚くべきことに、このようにオンライン学習が完全に阻害されたマウスでも、トレーニング後の休憩中にオフライン学習は進行し、1時間後のテストでは、対照群のマウス(注8)と同じレベルの成績になることが明らかになりました。


なお、これまでの松井教授らの研究では、小脳バーグマングリア細胞に遺伝子発現させた光感受性のチャネルロドプシン 2(ChR2)(注9)を活性化させると、グリア細胞の VRAC を介してグルタミン酸放出が引き起こされることを示してきました。逆に、別の光感受性アーキオロドプシン(ArchT)(注10)を活性化させると、グリア細胞の VRACは閉じてグルタミン酸放出は抑制されることも明らかになっています。そこで、このようなオプトジェネティクス(光遺伝学)(注11)技術を用いて、オンライン・オフライン学習過程におけるグリア細胞の役割を調べることにしました。まず、グリア細胞に発現させたChR2 を光刺激してグリア細胞からのグルタミン酸放出が起きやすい状態を作ると、オンライン学習が促進されることが明らかになりました。しかし、その効果はオフライン学習には引き継がれず、1時間の休憩後に ChR2 光刺激を受けなかったマウスと同様の成績となりました。逆に、グリア細胞に発現させた ArchT を光刺激してグリア細胞からのグルタミン酸放出を抑制すると、オンライン学習は抑制されました。しかし、グリア細胞特異的 LRRC8A ノックアウトマウスの実験と同様に、オンライン学習が完全に阻害されても、オフライン学習は正常に進み、最終的には対照群のマウスと同様の成績を示すことがわかりました。


以上の結果より、今回調べた HOKR 学習においては、オンライン学習がある程度成立し、その延長上にオフライン学習が成り立つ、というわけでは全くないということが明らかになりました。もちろん、オンライン学習もオフライン学習も、トレーニングがなければ成立しません。オンライン学習過程もオフライン学習過程も、トレーニング時に独立して並行して進行し始めますが、オフライン学習には遅延があり、記憶形成に時間がかかるのだと考えられます。しかし、この遅れてくるオフライン学習に、オンライン学習での成績の良し悪しは、全く影響しないということになります。したがって、オンライン学習とオフライン学習が並列に進行する、独立した学習過程であることが明らかになりました。


最後に、オンライン学習の成立を左右するグリア細胞の作用を明らかにするため、急性脳スライス標本(注12)を作製し、小脳プルキンエ細胞(注13)からのパッチクランプ電気生理学記録(注14)を行うことにしました。小脳の平行線維(注15)を電気刺激すると、プルキンエ細胞からシナプス応答を記録することができます。平行線維への連発刺激とプルキンエ細胞の脱分極を組み合わせた刺激を行うと、その後、平行線維-プルキンエ細胞間のシナプス伝達が長期的に抑圧(LTD)(注16)されることが知られています。このような LTD 現象こそが小脳における運動学習の基盤となっていると考えられています。


今回、平行線維とプルキンエ細胞への同時刺激時、小脳バーグマングリア細胞に発現させた ChR2 を光刺激すると、この LTD 現象が促進されることが示されました。一方、小脳バーグマングリア細胞に発現させた ArchT を光刺激した場合、ならびに、グリア細胞から LRRC8A をノックアウトしたマウスでは、LTD 現象が阻害されました。これらの結果から、グリア細胞からのグルタミン酸放出の多寡が、神経細胞間のシナプス可塑性の成立のしやすさを左右し、オンライン学習による成績の優劣が決まるという細胞メカニズムが示唆されました。




今後の展開


 今回の研究では、学習記憶に関する従来の理解を大きく塗り替える重要な発見がありました。オンライン学習とオフライン学習は独立・並行して形成されるプロセスであり、オンライン学習の成立のしやすさは、グリア細胞からの作用で決まることが示されました。一方、オフライン学習の機序は不明です。今回の実験では、トレーニング後の休憩中にグリア細胞の ArchT を光刺激すると、オフライン学習の成果が伸びることが示されました。一方、同時間における ChR2 光刺激では影響がありません。したがって、オフライン学習も、グリア細胞機能に影響されるものの、オンライン学習への修飾作用とメカニズムが全く異なることが推測されました。


オンライン・オフライン学習の成立メカニズム、ならびに、グリア細胞からの修飾作用を正しく理解することで、効果的なリハビリ法や認知症における学習機能の快復法の開発につながることが期待されます。さらに、生来の能力以上の知能を備えた拡張脳(注17)を動物やヒトに実装する方法も見つかるかもしれません。


図1.オンライン学習とオフライン学習の並行仮説。


縦縞模様が左右に振れる画像をマウスに見せると、初めはうまく追随できませんが、トレーニングを重ねると次第に正確に画像を追随できるようになります。今回の研究では、トレーニングの最中に進むオンライン学習とトレーニング後の休憩中にゆっくり進むオフライン学習があり、それぞれの学習過程に脳内グリア細胞の機能が関わることが示されました。




図2.学習と記憶のグリア光制御。


トレーニングの際に脳内グリア細胞の機能を光で制御したところ、オンライン学習の成績が亢進させることも阻害することもできました。興味深いことにオンライン学習の優劣に関わらず、オフライン学習は対照群と同等に進むことが示されました。オンライン学習とオフライン学習は独立・並行して成立する記憶形成過程であることが明らかになりました。




図3.並行学習の細胞メカニズム。


トレーニング中に進むオンライン学習も、休憩中に進むオフライン学習も、トレーニングを契機に始まるのは変わりありません。オフライン学習はオンライン学習とは独立・並行してゆっくりと進むと考えられます。グリア機能をオプトジェネティクス技術で光操作すると、グリア細胞からのグルタミン酸放出の多寡でオンライン学習の優劣が決まることが明らかになりました。また、オフライン休憩中にグリア細胞に発現させた ArchT を光刺激したところ、オフライン学習が亢進することが示されました。オンライン学習とは別のメカニズムでオフライン学習の程度はコントロールされており、オフライン学習にもグリア細胞からの作用が関与することが示唆されました。




発表のポイント


1.マウスを用いた研究で、トレーニング中に進む「オンライン」学習と遅れて成立する

 「オフライン」学習は独立した学習過程であることが示されました。


2.脳内グリア細胞(注1)からのグルタミン酸(注2)放出を抑制すると、オンライン学習は

 完全に阻害されましたが、オフライン学習は支障なく成立しました。


3.オンライン/オフライン学習の二つの並行記憶形成過程のそれぞれに影響を与えるグリア

 細胞の機能を理解することで、効果的な学習・リハビリ法の開発につながることが期待さ

 れます。





用語説明


注 1. グリア細胞:


脳を構成する細胞の種類で、神経細胞とは異なるものは総じてグリア細胞と呼ばれます。従来、グリア細胞は、脳の隙間を埋めるノリのような存在であり、脳内のエネルギー代謝やイオン環境を制御する機能があることが示されてきました。しかし、近年、神経細胞とは異なる方法で、脳内情報処理に関わることも次々と明らかにされてきており、脳と心の機能におけるグリア細胞の役割に大きな注目が集まってきています。なお、グリア細胞は、大きく分けて、アストロサイト、ミクログリア、オリゴデンドロサイトに分類されます。今回は、他のグリア細胞については検討せず、本リリースで、グリア細胞と表記されている箇所は、アストロサイトのことを意味します。なお、小脳バーグマングリア細胞は、小脳におけるアストロサイトの一種として分類されています。


注 2. グルタミン酸:

脳内で使われている主要な興奮性神経伝達物質。ひとつの神経細胞から別の神経細胞の間で形成される興奮性のシナプスでは、シナプス小胞に詰められたグルタミン酸が開口放出され、細胞外にグルタミン酸が拡散し、神経細胞の受容体に結合することで、その神経細胞に興奮性の信号が伝わることが知られています。近年、グルタミン酸がグリア細胞からも放出されており、神経細胞の活動を修飾することが示されています(Beppu et al., Neuron 2014)。


注 3. 水平視機性眼球運動:


各種筋肉の働きを調節して、効率的な運動機能が成り立つような適応学習は、小脳において成立すると考えられています。特に、目の前の画像が左右に振れるのを追跡する不随意の眼球運動の学習(Horizontal OptokineticResponse; HOKR)が良く調べられています。繰り返し、画像を提示することで、次第に眼球運動の振幅が大きくなり、網膜上の画像が安定化すると考えられています(Sasaki et al., PNAS 2012)。


注 4. 小脳片葉領域:


上記、HOKR 運動学習は、小脳の中でも片葉(flocculus)という小さな領域が担当していることが知られています。


注 5. 小脳バーグマングリア細胞:


小脳にあるグリア細胞の一種で、情報処理が行われるシナプス(平行線維や登上線維とプルキンエ細胞の間のシナプス)が形成される層に多数の突起を伸ばしており、小脳での情報処理に関与する可能性が指摘されています(Morizawa et al., Nat Neurosci 2022)。脳内血管と神経細胞やシナプスを覆う構造をしているため、分類上は、グリア細胞のうちのアストロサイトに分類されますが、他の脳領域のアストロサイトとも異なる特別の役割を果たしている可能性があります。


注 6. 陰イオンチャネル:


脳細胞には多くの陰イオンチャネルが発現しており、これらのチャネルを介して、陰イオンの伝達物質が、細胞内から細胞外へと放出されている可能性が指摘されています。近年、小脳バーグマングリア細胞に発現している陰イオンチャネルのうち、Volume Regulated Anion Channel(VRAC)に分類されるチャネルからグルタミン酸が放出されることが発見されました(Beppu et al., J Physiol 2021)。


注 7. LRRC8A 遺伝子:


陰イオンチャネル VRAC を構成する遺伝子は長らく見つかっていませんでしたが、近年、LRRC8 という名称の 5 つの遺伝子群から構成されるチャネルが VRAC を形成することが報告されました。このうち、LRRC8A が必須の構成要素であり、この遺伝子が欠損すると、他の LRRC8 遺伝子(LRRC8B~E)が存在しても、細胞膜に VRAC が形成されなくなると考えられています。VRAC は脳内グリア細胞以外にも発現しており、正常な動物の発生・発達にも必須であるため、今回、マウスが充分に成長した後、脳内グリア細胞だけから LRRC8A 遺伝子を欠損させる技術を使いました。このようにして、正常な脳の構造をしていながらも、グリア細胞からのVRAC を介した作用を特異的に欠損させて、グリア細胞の VRAC の機能を探ることにしました。


注 8. 対照群のマウス:


特定の遺伝子操作をしなかったマウスのことを対照群、もしくは、統制群、コントロール群と呼びます。遺伝子操作をした実験群と対照群を比較することで、遺伝子操作の効果を判定します。遺伝子操作をしていない野生型マウスを対照群とする場合も多いですが、ここでは、遺伝子操作はしたものの、肝心の遺伝子をグリア細胞から特異的に欠損させる操作をしなかったマウスを対照群としています。


注 9. チャネルロドプシン 2(ChR2):


クラミドモナスという藻に発現する光感受性の膜タンパク質。ChR2 遺伝子を、マウスの脳の特定の細胞で発現するように組み込むと、その細胞で ChR2 が発現されます。光ファイバーなどを使って、生きているマウスの脳を局所的に光照射すると、ChR2 を発現する細胞だけが刺激されて興奮します。このように、光を使って特定の細胞の機能を操作する手法をオプトジェネティクス(光遺伝学)と呼び、開発当初は ChR2 を神経細胞に発現する方法が主に用いられてきました(Tanaka et al., Cell Rep 2012)。今回の実験では、ChR2 をグリア細胞に発現させています。また、当初、ChR2 は光感受性の非選択的陽イオンチャネルと捉えられてきましたが、この ChR2 は水素イオン(H+)を良く通すため、当研究室では、細胞内を人為的に酸性化するツールとして使っています(Beppu et al., Neuron 2014)。細胞内酸性化が引き金となって、グリア細胞に発現する陰イオンチャネル VRAC が開き、細胞内から細胞外へとグルタミン酸が放出されることが示されています(Beppuet al., J Physiol 2021)。また、人為的に操作をしない場合でも、てんかん病態時やレム睡眠時等において、グリア細胞内の pH は酸性やアルカリに変化することがあることを当研究室では発見しています(Onodera et al., J Neurosci 2021; Ikoma et al.,Brain 2023a, 2023b)。


注 10. アーキオロドプシン(ArchT):


本来、古細菌に発現する光感受性の外向き水素イオン(H+)ポンプ。光に反応して、細胞内から細胞外に陽イオンの H+を排出する機能が働くため、細胞を過分極させる作用があり、神経細胞に発現させた場合は、神経活動を光照射で人為的に抑制することができます。しかし、当研究室では、ArchT 活性化にともなう細胞内のアルカリ化に注目。グリア細胞がアルカリ化すると、酸性化によって開く VRAC が閉じることで、グリア細胞からのグルタミン酸放出は抑制されることが示されています(Beppu et al., J Physiol 2021)。


注 11. オプトジェネティクス(光遺伝学):


上記、ChR2 や ArchT 等の光感受性タンパク質を特定の細胞に遺伝子発現させることで、その細胞機能を人為的に光操作する技術のこと(Shimoda et al., Neubiol Dis 2022)。当研究室では、他の多くの研究室とは異なり、この技術を神経細胞ではなく、グリア細胞に適用してきた履歴があります。


注 12. 急性脳スライス標本:


生きているマウスに麻酔をかけて、脳を取り出し、酸素とグルコースが充填し、シャーベット状に冷やした人工脳脊髄液に浸し、200 - 300 ミクロンの薄さに切り出したスライス切片のこと。その後、室温や体温に近い温度に戻して顕微鏡の下に設置すると、ひとつひとつの細胞を観察し、電極を刺して記録を取ることが可能になります。急性スライス標本を作製してから 6 時間程度は、生体内と類似した状態で、標本内の個々の細胞を生かして維持することは可能です。なお、脳を取り出す過程において、実験動物は極力痛みを感じないように最大限の配慮し、全ての動物実験は、生命倫理に則り、所属機関の専門委員会の許可を得て実施しています。


注 13. プルキンエ細胞:


小脳の主要な神経細胞。大脳のいくつかの領域から小脳へ神経入力がありますが、小脳から出ていく神経線維は、プルキンエ細胞の軸索のみです。したがって、小脳内での神経情報処理の結果は、全てプルキンエ細胞の出力として表現されていることになります。プルキンエ細胞への興奮性シナプス入力は、平行線維と登上線維の2種類になりますが、小脳での運動学習の結果は、平行線維とプルキンエ細胞間のシナプス伝達の効率の変化として現れると考えられています。


注 14. パッチクランプ電気生理学:


神経細胞ひとつにガラス製の細い針を当てて、細胞の電気的な記録を計測する方法。


注 15. 平行線維:


ひとつのプルキンエ細胞には多数の平行線維がシナプス入力をしています。平行線維が興奮すると、平行線維のシナプス部位からは、興奮性神経伝達物質グルタミン酸の入ったシナプス小胞が開口放出し、中身のグルタミン酸は、プルキンエ細胞のシナプス後部構造にあるグルタミン酸受容体を活性化し、プルキンエ細胞にイオンが流れ込むことで電気的な応答が発生します。本研究では、細胞外電極を使って平行線維を人為的に電気刺激して、プルキンエ細胞の電気的なシナプス応答をパッチクランプ電気生理学法で記録しました。


注 16. 長期抑圧 :


シナプス入力が長期的に抑圧される現象のことを long-termdepression(LTD)と呼びます。一般的に、シナプス入力が増強されることが記憶につながると考えがちですが、小脳の場合、平行線維とプルキンエ細胞間のシナプス伝達が抑圧されることで、小脳依存性の運動学習が成立すると考えられています。なお、急性スライス標本を用いた場合、長くても 30分程度しか、安定的に記録できないため、生きている動物でのオンライン学習に相当する過程については調べることはできるものの、数時間~1 日以上に渡るオフライン学習やさらに長期的な記憶の形成や維持の過程について、細胞レベルで研究することは簡単ではありません。


注 17. 拡張脳:


脳の機能を人為的に操作することで、生まれつき持っていた能力以上の知能を発揮させる技術を適用した結果として生まれる脳の状態のことを拡張脳、あるいは、超知能と呼ぶことがあります。遺伝子を組み込むことで本来なかった機能を付加する方法や、生体脳とコンピュータ等を接続して、生体脳の柔軟で省エネの思考法とコンピュータの高速で網羅的な情報処理とを組み合わせる方法等が探索されています。ヒトでの拡張脳を実現するには、現時点では、技術上のブレイクスルーがいくつも必要であり、倫理上のハードルも慎重に検討することが必要だと考えられています。

Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page